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148話 急降下

 西から至聖教団が現れたと報告を受けた俺たちは、すぐさま街の西の城壁へと向かった。


 魔物たちが忙しく東から西に移動し、城壁の上に矢筒や投擲用の岩を用意している。


 城壁の上から西を望遠鏡で覗くと、そこには白装束の大軍がいた。

 掲げている旗には魔物滅ぶべしとか、聖なる神のためにとお決まりの文句が書いてある。


 エリシアは望遠鏡を覗きながら言う。


「練度のほどは分かりませんが、皆いい鎧や武器を持っていますね」

「ああ。戦いたくて魔王国へ遠征してきた連中だからな……軍楽隊もいるし、」


 漂流したとはいえ魔物との戦いを前に士気は高まっているだろう。加えて、この白い光を見て聖なる神が味方したとか盛り上がっているはずだ。


 事実、「聖なる神のために!」と大きな叫びも聞こえてきた。


 エリシアは続けて言う。


「数は千名ほど。そしてやはり、天使がいますね」


 その言葉通り、至聖教団の戦列の中心には白い翼を生やした巨人──天使がいる。


「心なしか、アルスで見たものより大きいな」

「この聖なる光の中で、力を増しているのかもしれません」

「一方で俺は闇魔法を使えない……やっかいな相手になりそうだ」


 天使にとって、この聖の魔力で溢れた空間は最高の環境と言っていい。

 今の俺の魔法では倒せないかもしれない。


 そんな中、魔物たちに指示を出していたエルブレスがやってくる。

 俺が貸した望遠鏡を返して言う。


「ありがとよ。便利なもん持ってるな……至聖教団とやらは千人ぐらい。東で待機している第十三軍団もそれぐらいだったな。まあまあの軍勢だ」

「そうか。こちらはどうする?」

「東と西、それぞれ五百名ぐらいに分かれて守る。武器がないやつも、城壁の上から岩ぐらいは投げられる。どっちも倍ぐらいだしなんとかなるだろう!」


 エルブレスは明るい顔で言った。状況を楽観視しているようだ。


 平地で戦うならまだしも街には城壁がある。倍程度の相手なら十分勝機があると考えているのだろう。


 エリシアも頷いて言う。


「アレク様は闇以外でも強力な魔法を使える。マーレアス号も攻撃用の魔導具を備えている。セレーナたちが第十三軍団の後方を突いてくれれば、勝てない相手ではないはずです」

「そこまで手があるなら十分戦えるだろう。ルスタフは俺と精鋭で抑える。勝てるはずだ」


 エルブレスはそう言って深く頷いた。


 しかし俺は頷けなかった。


 確かに戦うには十分な戦力がある。 

 だが、勝ったとしてもこの街にいる魔物たちに多大な被害が出てしまう。


 俺の懸念を察したのか、エルブレスが言う。


「……犠牲が出るのは仕方ねえ。ここを出るのに犠牲は避けられねえことは覚悟の上だ。俺も皆も。戦うだけだ」

「それは俺も分かっている……だが、まだ何か手があるはずだ」


 俺は光に包まれた空を見る。


 本来は暗闇に包まれていたこの場所。

 それが光によって覆われてしまった。


 それなら──光を消せばいいだけだ。


「この光……外からも来ているが、一番大きいのはあのルスタフ像の剣からだ」


 エリシアが頷いて言う。


「あれや外の光を発する装置を破壊すれば……アレク様の闇魔法が使えますね」

「もともと闇の魔力が漂う空間だ。あれがなければ、俺にむしろ分がある」


 エルブレスは自分の胸を叩いて威勢の良い声を響かせる。


「よっしゃ。なら、まずはあの気色悪い像をぶっ壊そう! それから、外の光も消すんだ! おい、力自慢のやつ、何人かついてこい!!」


 さっそくエルブレスはオークを呼びつける。


 俺は頷いて言う。


「そうしよう。像はエルブレスたちに任せていいか? 俺たちは西の装置を破壊してくる」

「それはいいが、二人で大丈夫なのか? それに東はどうする?」

「東はとりあえずは大丈夫と考えていい。ルスタフも今の兵力で城壁を攻めようとはしないはずだ。俺たちと至聖教団を争わせて弱ったところを狙っているはず。それに洞窟のセレーナたちに向かわせている本隊とも合流したいだろう」


 エリシアが答える。


「最初の内は静観してくると見ていいですね」

「ああ。だからまずは至聖教団を何とかする。俺とエリシアで西の外の装置を破壊してくるよ」

「本当に二人だけでか?」


 エルブレスが訊ねると、エリシアが答える。


「エルブレスさん。アレク様と私は過去に天使を倒したことがございます。お任せください」

「ああ。それにいきなり至聖教団や天使と戦うんじゃなくて、まずは装置を壊す。少数のほうがむしろやりやすい」


 エルブレスは深く頷いた。


「そういうことなら……分かった。だが難しそうなら言ってくれ。装置の位置は分かっているから、決死隊を募って俺も破壊しにいく。闇魔法を使えるお前が死ねば、元も子もねえからな」

「肝に銘じておくよ」

「頼むぞ」


 そう言うと、エルブレスは心配そうな顔をエリシアに向ける。


「……何か?」

「いや……その……お前も死ぬんじゃねえぞ」

「あなたに言われなくても当然です。死ぬときはアレク様と一緒と決めていますから。あなたこそ死なないでくださいよ」


 エリシアが言うと、エルブレスは深く頷いた。


「ともかく俺はまず、像をぶち壊してくる!」


 そう言ってエルブレスは城壁を下り、ルスタフ像へと駆けていった。


 それから少し後、空からドラゴンの姿をした龍人が三名ほどやってくる。ラーンたちだ。


 ラーンは俺の前に下りて報告する。


「アレク様、混乱した情勢ですが、とりあえず報告を。オークの洞窟ですが、《転移》の魔導具が使えないため、封鎖を取りやめました。その代わり、メーレさんが十名の部隊が率いて、洞窟に侵入した第十三軍団の後方を攻めています」

「メーレは臨機応変に対応してくれたか……でも、大丈夫だろうか」


 ラーンは頷いて言う。


「メーレさんの魔法で第十三軍団の兵士たちは次々と倒されていました。私たち龍人族や鎧族も何名かついております。ご心配には及びません」

「そうか。マーレアス号に異変は?」


 俺は海へと顔を向けた。

 そこには《隠形》が解けたせいで姿が露見したマーレアス号が停泊していた。


「闇の魔導具は使えませんが、風や火は使えます。遠距離への攻撃も可能です」

「なら、マーレアス号に、街の東に陣取る第十三軍団を攻撃してほしい。俺たちが西の至聖教団に対処している間、やつらを惹きつけてほしいんだ」

「承知いたしました、しかしアレク様、至聖教団はエリシアさんとお二人だけで?」

「そのつもりだ」

「ならば、ぜひ私に乗っていってください」

「ありがたいが……今の俺は闇魔法を使えないし、闇の魔導具も使えない。危険だ」


 《闇壁》、《転移》、《隠形》……強力な闇の魔導具が何一つ使えない。ラーンは姿を現したまま防護もなく敵の頭上を飛ぶことになる。


 しかしラーンは臆する様子もなく言う。


「危険は承知です。ですが、アレク様にもしものことがあれば、外にいる仲間たちに顔向けできません。どうか、私も」


 エリシアもそれを聞いて言う。


「私もラーンに賛成です。私たちが走るよりも、空を飛んでもらうほうが機動力があります。矢や魔法は、私が刀で薙ぎ払います」

「そうです。エリシアさんもいますし大丈夫です。策もあります」


 ラーンは自信ありげな顔で言った。


 もともとドラゴンの血を引くラーンたちだ。彼らの力は俺も見てきた。ここはラーンを頼ろう。


「……分かった。俺たちを乗せてくれ」

「はい! お任せください!」


 ラーンは力強い口調で答えてくれた。


「よし。なら空から西側の光る装置を攻撃しよう。敵の矢や魔法に気を付けてくれ。天使もくるかもしれないが、基本的に交戦は避け装置の破壊を優先する」

「装置さえ破壊すれば、闇の魔導具も使えるしアレク様も闇魔法を使えますね」

「ああ、闇魔法が使えれば何も怖くない。それから天使に挑む。天使を倒せば、至聖教団の士気を大きく挫くことができるはずだ」

「承知いたしました! では、私の背に乗ってください」


 俺はエリシアと共に、ラーンの背へと乗る。

 ラーンはそれを確認すると、城壁から西の空へと飛んでいった。


 他の龍人たちも一緒に空へ上がると、洞窟とマーレアス号へと向かう。


 一方のラーンは空を進むというよりは、ひたすら上を目指して上昇していった。


「上がれるところまで上がります。そして装置の真上から地上へ垂直に急降下します。エリシアさんはその際、聖魔法で周囲を眩い光で包んでください」

「なるほど。この光の中なら、光で姿を隠せる……なかなかの策士ですね、ラーン」

「日ごろから私たち龍人族で色々と空戦の戦術を練っていたのです。空は私たちが主力にならなければいけませんから」


 ラーンは自慢げな顔で言った。


 自分の真上に向かって矢を飛ばせる者はなかなかいない。飛んでもすぐ落ちてきてしまう。

 魔法も狙いを定めるのに苦労するはずだ。


 それに加えて、この眩しい空間の中で光に身を包めば人間の目では判別は難しい。《隠形》は使えずとも、姿を隠せるわけだ。


 敵の矢や魔法に関してはほとんど当たらないと考えていいだろう。


 やがて至聖教団の兵士が豆粒のように見えるぐらいの高さまで上がってきた。

 ラーンが言う。


「──行きます! 二人とも、しっかり掴まっててください! エリシアさんは聖魔法を!」

「はい! アレク様、失礼します!」


 エリシアは周囲に聖魔法を放つと俺の体を後ろから抱え込む。


 それからラーンは地上に向かって垂直に降下した。


 体を突風が吹きつける。ただ落下するよりも速く降下しているかもしれない。ともかく恐怖を感じるほどの急降下だった。


 しかし、狙い通りだ。至聖教団は誰もこちらに気が付いていない。


 やがて彼らの戦列の中から、光る石柱を見つけた。あれが装置だ。


 俺は右手を装置に向けて狙いを定めると、セレーナから教わった炎魔法を放った。


 それを見たラーンはすぐに首を上に向け、再び急上昇した。


 地上へ振り返ると、そこには炎魔法によって粉砕された装置が見える。数は多いが、装置自体は非常に脆いようだ。


 エリシアは俺を抱えながら喜ぶ。


「お見事です、アレク様!」

「ラーンのおかげだよ。真っすぐ飛んでくれるから狙うのが簡単だ。次も頼むぞ、ラーン」

「はい!!」


 俺たちはその後も、聖の光を発する柱を次々と破壊していくのだった。

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