145話 攻城戦
「街を乗っ取るのなら、今が絶好の機会です」
セレーナの言葉にエルブレスが首を傾げる。
「何を言っているんだ? ……いや、そうか」
エルブレスは思い出すような顔で俺を見た。
「さっき俺を街から瞬間移動させた。今度はこっちから街に」
「ああ。一度には無理でも、できるはずだ」
セレーナが続けて提案する。
「入れ替わりに、第十三軍団をこの洞窟に閉じ込めるのがよろしいかと。少しでも多くの兵を閉じ込め、街に戻れる兵を減らすのです」
エルブレスが言う。
「それなら、空洞の奥地への誘導は俺たちに任せてくれ。何人か残して奥で、雄たけびを上げさせる」
「十分惹きつけたところで俺が《転移》で連れ去り、そこで入り口を崩落させるわけか。いい作戦だな」
それを聞いていたエルブレスは一度は頷くが、すぐに不安そうな顔をする。
「ああ。だが……言っておいてなんだが、あいつらがそんな簡単に乗ってくるかは分からんな」
エルブレスの言う通り、いきなり全兵力を洞窟に突入させるほど愚かだと思えない。まず、罠があると疑うはずだ。
するとセレーナが言う。
「しからば、私が一人で敵を惹きつけます。入り口でしばらく戦ったのち、徐々に後退して奥へ誘い込みましょう。自慢ではありませんが、私の魔法は強力。敵も脅威と判断し、乗ってくるかと」
エルブレスが言う。
「ひ、一人でやるつもりか?」
「ああ、オークたちは皆、街に回ってくれ。この狭い洞窟なら、私一人で十分戦える。それに、《転移》の魔導具があれば、船にもいつでも戻れる。何も恐れることはない」
セレーナは毅然とした態度で言った。いつもの頼りない口調とは大違いだ。
するとモノアもセレーナの隣に立つ。
エルブレスがそれを見て言う。
「モーゼル族は洞窟で暮らしていた一族。こういう場所での戦いはお手の物、というわけか」
モノアは深く頷き俺に顔を向けた。
「もともとは、私のせい。お任せ、ください」
「モノアのせいじゃない……それに、戦いは」
もともと戦いが嫌いで魔王に反逆したモノアだ。
戦いに参加してもらうのは気が引ける。
しかしモノアは首を横に振って答える。
「子や仲間のためなら、戦う。大丈夫」
「分かった……助かるよ。セレーナとモノアはここで敵を惹きつけてくれ。敵が奥まで来たら、俺が洞窟の入り口を破壊する」
「はっ! モノア、よろしく頼む」
セレーナとモノアは深く頷き合った。
「船にいるラーンとメーレにも伝えてこよう。まずは、街をすぐに攻略するんだ」
そうして俺たちは、街を攻略することにした。
作戦も決まった。
まず、洞窟にはセレーナとモノアが残り、第十三軍団の主力を惹きつける。ラーンが洞窟の上空を飛び、どれだけの兵士を洞窟に閉じ込められたか確認してくれるという。その報告を受けた俺が洞窟を破壊すれば、主力の閉じ込め作戦はひとまず成功だ。
それと並行して俺がオークたちを街のすぐ東の浜へと《転移》させる。それからは俺とエリシア、エルブレスの少数で街に潜入し、兵士を倒しながら捕らえられた魔物たちを街の一か所に集める。仕上げに外のオークたちを街に《転移》させて街を占領するというわけだ。
とはいえ、不測の事態もあり得る。
それに備え、メーレには船で待機してもらい、臨機応変に対応してもらう。一番難しい役回りだが、メーレは任せてと言ってくれた。
作戦を確認した俺たちは、早速行動を開始した。
オークたちはすぐに武器を持ち、大空洞へと集まり始める。
そんな中、エリシアがいつにも増して真剣な表情で言う。
「アレク様。街の敵は私にお任せください」
「うん? それはもちろんだが……ああ」
エリシアの言わんとしていることは分かる。
これから戦う第十三軍団は、人間。
千年以上生きているが、確かに人間だ。
俺は今まで人間を殺したことはない。
だが、すでに悪魔も魔物も多数を葬ってきた。殺意を受けてくる者なら、人間でも容赦しない。悪魔だってもともとは人間だった者たちだ。
それに、ルスタフ……あいつは、絶対にこの暗闇から出してはいけない。
「エリシア、心配しないでくれ。俺も戦う。エリシアこそ、大丈夫か? エリシアも人間は……」
「私も問題ございません。私もアレク様と同じ気持ちです。敵に、種族は関係ありません」
「そう、だな」
俺はエリシアと頷き合った。
そんな中、エルブレスがこちらにやってくる。
「こちらは準備が整った。第十三軍団もこちらに向かっているみてえだ。いつでも行ける」
「そうか。それなら、始めよう」
「ああ」
エルブレスはそう言うと、大空洞に集まったオークたちに顔を向け叫んだ。
「うぉおおおおおお!」
オークたちは武器を掲げ雄たけびを上げる。セレーナもそれに負けじと大きな歓声を上げた。
エリシアはそれを見て不安そうな顔で言う。
「ちょっ、エルブレスさん。街の外では静かに頼みますよ……セレーナも声を上げるんじゃありません」
「私は惹きつけるのが役目だから、これでいいんだ! それより、エリシア……アレク様を頼んだぞ」
セレーナは力強い口調で言うと、エリシアの肩を掴んだ。
「あなたに言われなくても分かっています。あなたもお気をつけて」
「ああ……それじゃあ、モノア、行くぞ!」
セレーナとモノアは洞窟の入り口へと歩いていった。
俺もオークたちを街の東の浜へと《転移》で連れていく。まずは浜に敵がいないことを確認し、五百名を五回ほどに分けて移送した。特に見つかることもなく、また一分足らずで終わった。
「い、一瞬で!?」
「し、静かにしろ!」
オークたちは必死に声を殺すが、俺の《転移》に驚いた様子だった。
エルブレスもさすがに驚愕しているが、今は魔法を説明している時ではない。
俺はエルブレスに言う。
「よし、作戦の第一段階は成功だな」
「あ、ああ。それで、次は街だな」
「ああ。だが一度戻ってセレーナの様子を見てくる。それから、街に入ろう」
エリシアとエルブレスが頷くのを見て、俺は洞窟の近くの山腹へと《転移》した。
ここなら洞窟の入り口と周囲を見渡せる。
まず眼下に映ったのは大量の松明の灯り。
すでに第十三軍団は洞窟の位置を探り当てたのか、すでに洞窟へ向かっている。
千以上の灯りが一斉に同じ方向へ集まる光景は圧巻だった。
そんな中、洞窟の入り口から声が威勢の良い声が響く。
「私はセレーナ! 第六軍団長のセレーナ・テレシア・フラプスだ!!」
その言葉に第十三軍団の者たちは一度行進を止めた。それからすぐに罵声や歓声を響かせる。
セレーナはその声に負けない大きな叫びを響かせた。
「同じ帝国の軍人として、これ以上、お前たちの暴走を許すわけにはいかない! ──《炎獄》!!」
《炎獄》──炎の最高位魔法だ。
セレーナの剣から放たれた小さな火は、第十三軍団の兵士たちの頭上で止まる。すると周囲一帯を包み込む巨大な爆発を起こした。それからすぐに、巨大な炎の竜巻が現れる。
第十三軍団の兵士はすぐに盾を構え身を低くするが、数十名の兵士がこの攻撃で火だるまとなったようだ。
しかし兵士たちはそんな炎の嵐の中でも誰一人後退することなく、セレーナへと突撃を始めた。
セレーナはそれを見ても臆せず叫ぶ。
「これで少しは明るくなっただろう!! さあ、私はここだ!! 来い!!」
兵士たちは皆、洞窟へと向かって行く。
それを追って、兵士たちが洞窟へと雪崩れ込んだ。
セレーナとモノアは数発魔法を兵士たちへ放ち数を減らすと、そのまま洞窟の中へと後退していく。
セレーナはオークとは名乗らなかったが、陽動は上手くいった。
いや、オーク以外の存在がいることは、エルブレスが突然消えたことで織り込み済みだったのかもしれない。兵士たちはそれを全力で叩き潰すよう、命じられていたのだろう。
ともかく、ここはセレーナとモノアに任せて大丈夫そうだ。
「……二人とも頼むぞ」
俺はそうしてオークたちが集まる浜へと戻り、エリシアとエルブレスに報告する。
「セレーナが上手く惹きつけてくれた。全ての兵が洞窟に向かっているようだ。ラーンの報告が来たら、入り口を封鎖する」
エルブレスが頷いて言う。
「よし。どのみち、あの洞窟と街までは馬でも十分以上かかる。外に兵士が残っていても、すぐには戻ってこれない。始めよう」
「ああ。まずは姿を隠して入ろう。仲間がいたら、姿を現して魔物たちに一か所に集まるよう言うんだ」
「分かった」
俺はエルブレスに《隠形》を付与したネックレスを渡す。
「うお、本当に消えるんだな……」
「姿も消せるし、音もある程度はかき消してくれる。しかしルスタフがどんな魔導具を持っているか分からない。過信は禁物だ」
「了解。最初は隠密行動ってわけだな」
「邪魔な見張りの兵士や、一か所に集まる魔物を妨害する兵士を倒していく。なるべく静かにな。最初は反乱に思わせよう」
「了解だ」
エルブレスは頷く。
エリシアは不安そうに言う。
「さっきみたいな雄叫びは勘弁願いますよ」
「大丈夫だって言ってんだろ! 俺のことはいちいち心配しなくていい」
なんというか言い争いが多い二人だ。
仲が悪いというよりは、互いを意識しているようにも思える。
やっぱりこの二人は……いや、今は作戦に集中しよう。
「……よし、それじゃあ街へ向かおう」
「はい!」
「おう!」
そうして俺は、エリシアとエルブレスと共に街へと《転移》するのだった。