142話 敗者の行進
俺は深傷を負ったエルブレスと共に、街の外へと《転移》した。周囲は暗闇に包まれているが、魔力でエルブレスがいるのは分かる。
振り返ると、街と暗闇の間を矢が飛び交っている。
当然、エルブレスは困惑した様子だ。
「な、なんだ……急に街の外に?」
周囲を見渡すエルブレスだが、やがてすぐに街を睨んだ。
「あの野郎……こんな技も使えたのか? 俺を泳がせて、また戦わせるつもりか?」
エルブレスは顔に怒りを滲ませると、立ち上がる。
「……ルスタフ!! 俺はお前のオモチャじゃねえ!!」
それから雄叫びを上げ、ルスタフは城門へと走ろうとした。
しかしすぐに後ろから仲間のオークらしき者たちが現れ、肩や腕を掴み必死に引き留める。
仲間たちは魔物の言葉を話していたが、言いたいことは察せる。今は退くべきだ、そう言っているのだろう。
だがエルブレスの力は健在で、オークたちは三体で引っ張っても止められない。
エルブレスは一歩ずつ城門へと近づいていく。
しかし、エルブレスが叫んだせいで居場所がバレたのか、城壁から矢が無数に飛んできた。
俺はそれを《闇壁》で防ぎ、エルブレスたちを守った。
それから少しすると、エルブレスが歩みを止める。
不可解そうな顔で周囲を見渡したのだ。
こちらの存在に気づいたのだろうか。
ともかくエルブレスはそれ以上の前進をやめ、仲間たちにされるがままに引き下げられた。俺たちもそのあとを追う。
エルブレスが十分に街から離れると、暗闇の中からの射撃が止んでくる。
魔力を探知すると、オークらしき者たちが後退していくのが見えた。撤退するようだ。
街の第十三軍団は追撃に出てくると思ったが──エルブレスたちを追ってくることはなかった。
エルブレスは悔しそうな顔をしながら、仲間に支えられ後退していく。エルブレスの出血は凄まじく、倒れないのが不思議なぐらいだ。
エリシアはそれを心配そうに見つめていた。
「エリシア……少しの回復魔法なら、かけても問題ないんじゃないか」
「ありがとうご──承知いたしました」
エリシアはそう言って、エルブレスに微弱な回復魔法をかけた。
今、エリシアはお礼を言いかけた。
エリシアは元々人とオークの魔族。似た外見のオークの怪我を見て思うところがあったのだろう。
エルブレスは出血が止まったせいか一度腹部に視線を落とすが、すぐに前を向き後退していった。
やがて続々と武器を手にしたオークたちが集まりだす。
どうやら雄叫びをあげて、互いの位置を報せながら合流しているらしい。
集結したオークたちは小さな山を越えると、蝋燭や松明で明かりをとる。
街からは十分離れているし、すでに小さな山を挟んでいるので、街の第十三軍団に見つかることはないだろう。
オークたちは絶望するような顔で行進を再開した。皆、心身ともに疲れ切った様子だ。傷だらけの者も多い。あまりにひどい傷の者はエリシアが癒した。
エルブレスはだいぶ回復したようだが、もう街に向かうことはなく他の者たちと共に歩いている。先ほどまでは悔しそうな顔をしていたが、今は深刻そうな表情をしている。
静かな行進を続けて三十分ほどが経った。オークたちは島の中央にある大きな山の麓へと向かう。
その先では、明かりがぶらんぶらんと揺れていた。
見えてきたのは、人が二人ぐらいは通れそうな洞穴だった。
山の洞窟を拠点としているのか。
しかし中の魔力は探知できない……山自体が濃い魔力の包まれている。何かしらの魔鉱石でこの山は構成されているようだ。
そこにオークたちは列をなして入っていく。
洞穴の手前でオークの子供たちがエルブレスたちを出迎えるが、誰もそれに笑顔を返すことはない。
たまに聞こえてくる会話は、俺たちの知らない言葉だった。
しかし内容は容易に想像できる。負けたとか、ダメだったとか、ともかく仲間を救えなかったと話しているのだろう。
エリシアが言う。
「エルブレスも中に入るようです。いかがしますか?」
「追ってみよう」
俺たちもエルブレスを追い、洞穴の中へと入った。
中は天然の洞窟ではなく、坑道となっていた。
入り口からの広い道から、幾つもの小さな坑道へと枝分かれしている。まずは皆、入り口近くの空洞に行き、そこに武器を置きにいくようだ。
帰ってくるオークと出迎えるオークで坑道は混雑している。ぶつからないように進んでいくのに苦労した。
行き交うオークたちは傷だらけだった。
食料の心配はしなくていいはずだが、その表情は暗い。第十三軍団との戦いで損耗しているのだろう。
そんな中、エルブレスが小さな坑道へと入る。仲間にはここまででいいと言ったのか、その小さな坑道の入り口で待機させた。
一人で小さな坑道を進むエルブレス。
その先は、それなりに広い空洞だった。神殿ぐらいの広さはあるだろうか。
だが、俺たちがそこに足を踏み入れると、突如後ろから音が響く。
振り返ると、小さな坑道は岩に阻まれていた。
……閉じ込められた?
視線を前に戻すと、エルブレスがこちらに斧を向けている。
「やっぱり魔法で隠れていやがったか。気づかねえと思ったか」
いつの間にか《隠形》が解けている。
すぐにまた姿を隠すか《転移》しようとするも、うまく魔力が集まらなかった。
ここは魔力の集めにくい空洞……俺たちをここに誘い込んだか。
エリシアとセレーナは剣の柄に手をかけるが、俺が止める。
「二人とも、待ってくれ。 ──エルブレス、でいいんだな?」
俺が訊ねると、エルブレスは斧をこちらにまっすぐ向けたまま答える。
「そうだ。俺の名をどこで知った?」
「さっきの街だ。ルスタフを調べていたら戦いが始まって、お前を見た」
「なるほど。それが本当かどうかは知るよしもねえが、何故俺を街から出した? 傷を癒したのもお前だろう?」
「回復魔法をかけたのは、このエリシアだ」
俺が言うと、エルブレスはゆっくり顔をエリシアに向けた。
それから少しすると、目を見開き固まる。
「……エリシア?」
すぐにエルブレスは首を横に振ると、再び俺を見て訊ねてきた。
「……何故、俺を助けた?」
「外の世界に出るのに協力できないか、と思っただけだ」
「はっ。人間が、魔物と? お前、変わったやつだな」
「こんな場所に入ってまで争うほうが、俺はおかしいと思うけどな」
「まだここに来たばかりだな? 皆で協力なんて、最初だけだ。ここは魔物同士でも互いに争い合う、地獄のような場所だ」
「ここに来て長いのか?」
「もう半年もここにいる。だが、仲間は半分以上も減った。主に、あの第十三軍団とかいうやつらのせいでな」
斧は手放さないが、割と質問に答えてくれる。
こいつは話ができそうだ。協力を呼びかけてみよう。
「俺たちも早く外の世界に戻りたい。互いに協力して、外に出る方法を探さないか?」
「断る」
エルブレスは即答した。
「何故だ?」
「何故って、お前たちは人間だ。第十三軍団の手先と疑わねえほうがおかしい。さしずめ、俺を助けて、俺たちの住処を炙り出そうとしてたんだろう? 戦いをなるべく長引かせてえ、あいつの考えそうなことだ」
「ルスタフは、お前を間違いなく殺そうとしていた。お前も分かるだろう?」
「どうだろうな? あいつは気分でコロコロ変わる男だ。俺をおちょくるために、直前で移動させたのかもしれねえ」
エルブレスが言うと、エリシアが不機嫌そうに言う。
「……体の割に、心配性なオークですね。まあ、用心深いのはセレーナに見習ってもらいたいぐらいですが」
「わ、私だって用心深いぞ!!」
セレーナが不服そうに言う中、エルブレスが怒りを露わにする。
「……ああん? お前、俺が小せえ男だって言うのか?」
「ええ。負けて命を救ってもらったことを認めたくないのでしょう。こんな可愛らしいお方に。だから色々と理由をつけているんです」
「てめえ……!」
エルブレスはそう言うと、斧をぎゅっと握った。
「どのみち、お前たちを返すつもりはねえ。俺がここで仕留めてやる!」
そう言ってエルブレスは、俺たちに襲いかかってくるのだった。