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141話 暗中の攻防戦

 玉座のルスタフは、闇の紋章を神官に見せつけた。


 ルスタフは闇の紋章の持ち主だった。世界の王という名の紋章の。


 しかし、俺の目には、あの紋章の名前は違って映っている。【暴風】と読めた。


 闇魔法には当然恩恵があるが、名前から期待する風魔法の恩恵はない。一番の恩恵は、あらゆる戦いの卓越した力をもたらす力のようだ。


 いずれにせよ、世界の王、など大それた名前ではない。

 本人にはそう読める可能性もあるが……勝手に名付けただけに思える。


 とはいえ、神官には名前などどうでもいい。


 至聖教団の者にとっては、闇の紋章の持ち主であるということだけで憎悪の対象だ。


 神官は天を仰ぎ嘆いた。


「まさか、闇の紋章の持ち主とは!! ああ、聖なる神よ!! かような悪き者と交渉しようとした愚かな私をどうかお許しください!!」


 それから神官はルスタフを憎らしそうに睨みつけた。


「──我らはお前のような者とは組まぬ!! 汚れたゴミクズめ!!」

「俺も組む気はないと言っただろう。俺の配下になるか、ならないか。どっちかだ」


 ルスタフが言うと、神官は怒鳴り声を上げる、


「死んでもありえぬ! ──え」


 神官の胸が槍に貫かれる。

 ルスタフの兵士が神官の背中に槍を投げたのだ。


 早すぎて俺も気がつくのに遅れた……兵士でこれほどの腕か。


「ふはは、地獄に帰れ、汚れし者よ……いや、ここはすでに地獄か」


 神官は不気味な笑みを浮かべ倒れた。


 ルスタフはそれを見て苛立つように言う


「地獄、か。小物の癖に、癪なことを言う……仲間に送り返せ。従わぬのなら、皆殺しにすると伝えろ」

「はっ!!」


 兵士たちは神官の死体を外へと引きずり出す。


 ルスタフの隣に控えていた副官が言う。


「随分とあっさりと殺しましたな」

「昔はああいうやつを力任せに殴るのが面白かったが、流石に飽きた。至聖教団だかなんだか知らぬが、軟弱者ばかりでなんの面白みもない」

「配下にもできぬ取るに足らぬ者たち。帝国人も随分と腑抜けになったようです」

「そうだ。口だけ達者な、本当につまらぬ者たちよ。だが、今は退屈はしておらん」


 不敵な笑みをルスタフが浮かべる。


 それからすぐに、遠方から大きな衝突音が響いた。


「話をしていれば来たか。本当に楽しませてくれる」


 ルスタフは愉快そうに笑うと、玉座を立ち神殿を出る。副官と兵士もそれに続いた。


 神殿を出ると、ルスタフは俺たちが最初に見た城門のほうへ視線を向けた。


 その城門の向こうからは、火球のようなものが二、三個飛んできている。

 何者かが投石機で城門を攻撃しているようだ。


「来たな、エルブレスよ」

「いかがしますか?」

「この宮殿を守る第一大隊と、休ませている第二大隊を向かわせろ。城門はすぐに破られるだろうから、中で迎撃する」

「はっ!!」


 その言葉に周囲の兵士たちが城門へと向かっていく。


 ルスタフが言う。


「予想通り……しかし、彼らの臭いではないな。軟弱者たちの臭いでもない」

「また、別の魔物が紛れ込んだのやもしれませんな」

「魔物……どうだろうか。まあ良い、楽しくなることに違いはない」


 ルスタフは顔に喜色を浮かべると、ゆっくりと城門へと歩いていった。


 セレーナが呟く。


「ルスタフが闇の紋章の持ち主だとは……」

「口伝で伝わっていなかったのか?」

「魔法が使えない、ということは知られていました。あるいはあの時代の皇帝は……」

「闇の紋章の持ち主であるルスタフの功績を消したかったのかもしれないな」


 ルスタフの非道ぶりが目に余るだけでなく、政治的な僻みもあったのかもしれない。


 エリシアが言う。


「ともかく、いかがされますか? 何者かがこの街を攻めているようですが」

「至聖教団が攻撃してきたにしては早すぎる……城壁まで《転移》して、様子を見よう」


 俺はそう言ってまずは大通りへと《転移》した。

 通りは先ほどとは違って、物々しい雰囲気となっていた。酒に酔っていた兵士たちはすでに武装を整え、城門へと向かっている。


 その後、城門とは少し離れた城壁の上へと出た。


 《転移》すると城壁の上にいた兵士が、暗闇に弓を放っている。

 一方で暗闇からは火球や矢が飛んできていた。


 俺は《闇壁》で防ぎながら、暗闇のほうへと目を凝らす。


 しかし攻城側は消灯を徹底しているようで、全く姿が見えない。

 いくら腕のいい第十三軍団の兵士でも、これでは苦戦するだろう。


 暗所からの攻撃か……相手も手練の者たちなのかもしれない。


 また、攻撃しているのは人間か、人間のように武器を扱う者たちだというのは分かった。


 だが、そこまでの大軍ではなさそうだ。

 火球の数からして、投石機は恐らく三台ほど。兵士も多くて数百名だろう。


 対して、ルスタフの軍勢は千人以上いることは確実。


 しかもルスタフはドラゴンや悪魔を一人で殺せるという。とても落とせるとは思えないが……


 そんな中、兵士の一人が叫ぶ。


「この音……あそこだ! 何かが近づいてくるぞ!!」


 兵士は暗闇の中を指差した。


 目では何も見えない。しかし魔力の反応から、人型の何かが近づいてきているのがわかった。


「撃て!! 近づけるな!!」


 近くにいた十名ほどの兵士たちはその方向へと一斉に矢を放つ。


 しかし人型が足を止めることはなかった。

 そんな中、暗闇から鉤縄が飛んできて、城壁の胸壁へと引っ掛ける。


「っ!? 上ってくるぞ! ──あっ」


 兵士が叫んだ時には遅かった。

 暗闇からは、巨大な斧を振り上げる大男がいた。


 緑色の肌のその立派な体格の男は、叫んだ兵士に斧を振り下ろしながら城壁に着地する。


 先ほども見た種族と同じ──彼は、オークだ。


「一人で来るとは! 愚かな奴め!!」


 兵士たちは連携し、四方からオークへと襲いかかる。


 しかしオークは大斧を巧みに振るい、兵士の槍や剣を弾き落とすと、盾をも粉砕した。それから兵士の体に容赦なくその大斧を振るっていく。


「なんて馬鹿力だ!? ぐっ!?」


 兵士たちはたった一人のオークに次々と倒されていく。


 しかし兵士たちも全く怖気付かない。

 そればかりかオークを歓迎するかのように歓喜していた。


「エルブレスだ!! エルブレスが来たぞ!」

「やつを倒せば、百人隊長に昇進だ!!」


 兵士たちは嬉々としてオークに挑んでいく。


 オークはエルブレスという名のようだ。

 先ほどルスタフも口にしていた名だ。


 一方のエルブレスは顔に怒りを滲ませ、舌打ちを響かせ大斧を振るう。


 エルブレスを前に善戦する兵士たちだが、エルブレスの大斧の前に気味の悪い笑顔を浮かべたまま倒されていった。


 やがてエルブレスの近くにいた兵士は皆倒れてしまう。十名ほどの兵士が一瞬でやられてしまった。


 すぐに城壁の上から増援がやってくるが、エルブレスはその隙に市街地へと飛び降りた。


 セレーナは感嘆の声を漏らす。


「なんという腕だ……それに、エリシアに負けないほどの馬鹿力」

「腕力はともかく、凄まじいまでの戦い振りですね……」


 エリシアも驚くような顔で言った。

 戦い慣れている二人が言うのだから、相当な腕なのだろう。


「ああ。だが、一人でどうするつもりだろうか。城壁を開けるにも、あっちは兵士が多すぎる。撹乱するつもりか、あるいは」

「捕虜となった魔物たちを解放するつもりかもしれませんね。追ってみますか?」


 セレーナの言う通り、魔物と共に内から攻撃するのかもしれない。


「戦いに関わるつもりはないが、追ってみよう」

「はい」


 俺たちはすぐに城壁の下へと《転移》し、エルブレスを追う。


 市街にも兵士がいて、次々とエルブレスに襲いかかる。


 しかしエルブレスは難なく兵士たちを大斧で斬り捨てた。


 エルブレスはそのまま市街地の中心へと向かい、大通りへと出た。


 だがそこで、四方から現れた兵士に包囲されてしまう。


 エルブレスはそれでも動じることなく大斧を構える。徹底して戦うつもりのようだ。


 包囲する兵士たちはそんなエルブレスをニヤニヤと見つめていた。誰もが、自分が殺すと口にしている。


 それから兵士たちは一斉にエルブレスに襲い掛かろうとした。

 しかしよく通る声が響くと、皆ぴたりと動きを止める。


「やめろ──」


 それほど大きな声ではなかった。

 だが兵士たちの誰もがその声に反応し、武器を下ろして整列した。


 兵士が包囲の中に一つの道を空けると、そこから先ほどのルスタフと副官がやってくる。


 ルスタフはエルブレスの前で足を止める。


「エルブレス、来たな!! 待っていたぞ!!」


 ルスタフはまるで友人を迎えるかのように両腕を広げ、満面の笑みで言った。


 一方のエルブレスは少しも緊張を解くこともなく応じる。


「気色悪いやろうだ……お前も部下もいかれてやがる。さっさと仲間を解放しろ。そうすれば、このまま帰ってやる」

「馬鹿を言うな、エルブレス。ここに来たからには、お前に残された選択肢は二つだ。俺の部下になるか、俺と朝が来るまでやるか。どっちかだ」

「どっちも、死んでもごめんだ」

「ならば、やろう」


 ルスタフは剣を抜いた。


 二人の会話に違和感がなく気づけなかったが、エルブレスは流暢な人間の言葉を話した。


 魔物でありながら人間の言葉を使う……セスターたちを見てきたので、別に変なことではない。


 しかし習得した経緯は気になる。彼らも帝国へ向かう工作員だったのだろうか。


 そんな疑問が生じるが、二人は互いにジリジリと距離を詰め合う。


 ルスタフの部下は手は出さず、「ルスタフ!!」とただ連呼した。


 異様な盛り上がりの中、先に仕掛けたのはルスタフだった。


 幅広の短めの剣を片手に、エルブレスへと一気に距離を詰める。


 武器の力では、とても大斧には勝てない。


 だが、ルスタフは非常に素早かった。


「楽しませてくれよ!! エルブレス!!」


 エルブレスはすぐに受けの構えを取り、ルスタフが突いてきた剣を受ける。


 それからルスタフは、目にも留まらぬ速さで剣を振り回した。


 エルブレスはその剣撃を後退りしながら防いでいく。たまに反撃しようと大斧を振るうが、ルスタフに弾かれるとすぐに受けの体勢に戻った。


「どうした、エルブレス? そんなものか?」


 煽るルスタフ。



 エルブレスがなかなか反撃できないのには訳がある。


 常にルスタフは前進し、エルブレスの懐に入り込もうとしているのだ。

 しかも、エルブレスは長柄の大斧。取り回しが難しく、攻撃後の隙が多い。そのために攻撃も慎重にならざるを得ない。


 しかしエルブレスもそれを見越していたのだろうか。大斧の柄を地面と垂直に構え、ルスタフの縦の振り下ろしを受ける。


 大斧は真っ二つになるが、エルブレスは斧の付いたほうと石突をついた方を両手で持ち、二刀流でルスタフに挑んだ。


「こっからだ! 気色悪いやろう!」


 武器が短くなり、また手数が増えたことにより、今度はエルブレスが優勢となる。


 だが防ぐルスタフの顔には余裕が窺えた。


「素晴らしい攻撃だ、エルブレス!! この千年、お前のような豪傑はそうそういなかったぞ!!」

「お前に褒められても何も嬉しくねえ! 頼むから、さっさとペしゃんこになって死んでくれ!!」


 エルブレスは力一杯斧を振るった。


 ルスタフは両手で剣の柄を握り、その振り下ろしを受ける。


 鍔迫り合いのような形で武器を押し合う二人。


「うぉおおおおお!」


 エルブレスは声を振り絞ると、石突の柄を放し両手で斧を握る。そして一気にルスタフの剣を割った。


 割れた剣を見て、すぐにエルブレスは斧を振り上げる。


 だが──ルスタフは折れた剣先を素手で掴むと、それをエルブレスの胸に突き刺した。


「──ぐっ!?」


 慌てて距離を取ろうとするエルブレス。

 しかしルスタフはその隙を突いて、エルブレスの腹に蹴りを見舞った。


 蹴り飛ばされたエルブレスはなんとか受け身を取り、片膝を突く。


「ちっ……やりやがったな、クソやろう」


 悪態をつくエルブレスだが、その胸からは大量の血が滴り落ちていた。

 蹴りも相当な威力だったようで、腹にも大きなあざができている。口からも血を流していた。


 痛みのためか、エルブレスはなんとか立ち上がるだけで精一杯だった。


 ルスタフは部下が投げた剣を受け取ると、それをエルブレスに向ける。


「うむ。今までやり合った傷も影響してそうだな。こんな場所で斬るには惜しい男だ……もう一度言う、俺の男になれ。ここを出た暁には、欲しいものをなんでもくれてやろう」

「断る。俺は欲しいものを自分で手に入れる男だ。それに俺は、すぐにここから出なきゃいけないんだ。じゃなきゃ、あいつらを取り戻せねえ」

「あいつら……家族か」


 エルブレスは何も答えず、斧を構えた。


 ルスタフも剣を構えて言う。


「承知した。俺は逆らう者に容赦しない。しかしその意思はいつも尊重している。俺が直々に斬ってやろう」

「へっ。勝負はまだ終わってねえよ。俺は死なねえ」


 エルブレスは死を覚悟しているようだが、同時に生への未練も窺えた。


 ルスタフの目的や手法は分かった。


 一方でエルブレスについてはまだよく分かっていない。


 外の世界にいる誰かを救おうとしているようだが……ただ、帝国に向かう工作員ではなさそうだ。


 エルブレスはただ仲間を救い出そうとしているだけ。そして早くこの嵐から出て行き、誰かを救いたいという。


 戦いたいと口にするルスタフよりも、話ができるかもしれない──


 俺はエリシアとセレーナに言う。


「二人とも聞いてくれ。彼を……エルブレスを助ける」

「アレク様の言うことであれば、反対致しません」

「承知いたしました!」


 二人とも深く頷いてくれた。俺の決定を尊重してくれるようだ。


 気がつけば、ルスタフがエルブレスに剣を振り下ろそうとしていた。


 俺たちはすぐにエルブレスと共に、街の外へと《転移》するのだった。

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