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136話 未知の海域

 帝都にいた魔王国の工作員を送り返すべく、俺たちは魔王国への航海に出ることにした。


 まずはドッペルゲンガーたちの視界を隠しマーレアス号の檻へと《転移》させる。それから帝都の港湾区を出港し、南西へ船を進ませた。


 途中まではミレスへ向かう航路と一緒。今回はそのミレスからさらに南西に向かう。


 普通の船であれば、魔王国までは十日ぐらいはかかる航路。

 しかし魔導具を積んだこのマーレアス号なら、四、五日あれば到着するだろう。


 事実、帝都からミレスまでの航路は、特に何事もなく進めた。


 もう邪龍もいなければクラーケンもいない。この海域は安全だ。


 無数の小さな漁船が漁をする間を、大型の商船や軍船がひっきりなしに通り過ぎている。


 海賊船のような小さな船も見えたが、見た目からして頑丈そうなマーレアス号を襲う者はいなかった。


 その間、俺はミレスの拠点構築を手伝った。


 以前も拠点の候補地を探したが、いい空き物件がなく、拠点作りを保留していた。


 大きな転移柱が置けることは拠点の最低条件。帝都とアルスへは確実に皆が行き来できるようにしておきたい。

 理想は広い中庭があり、それを三階建てほどの高さの建物が囲んでいるのがベスト。


 しかし今回も条件に合う物件がなかなか見つからない。


 これ以上は探しても無駄と、俺たちは別の方法を模索することにした。

 

 それは地下に転移柱を埋める方法。中庭が小さく建物が小さくても、それなら大きな転移柱を設置できる。ゴーレムもいるから、掘削は容易だ。


 早速ユーリはミレスの大通りに面した二階建ての建物を購入してくれた。小さいが中庭もついている。そこに穴を掘り俺がアルスから転移柱を持ってきて埋めた。これで他の拠点とも行き来できる。


 建物自体は、一階が小さな商店や倉庫となっていて、二階部分が住居となっている。拠点としては正直手狭だが、大学へは歩いて五分の距離。ひとまずは十分な物件と言っていいはずだ。


 ティカとネイトはその拠点を中心に、ミレスでの諜報網を整えてくれることとなった。


 ミレスには色々な国から、多様な種族が集まっている。俺たちの知らない魔法を使う者も多いし、帝都の狼人のように鼻のいい者もいる。今まで以上に、ティカたち諜報部の負担は重くなりそうだ。


 俺ももちろん手伝うつもりでいるが、ティアたち鼠人が帝都やミレスのネズミをスカウトしてくれることになった。俺の眷属になれば、大きくなれていい食事が食べられる──そう喧伝し、仲間を集めてくれているようだ。


 ネズミは様々な場所を知っている。俺としても歓迎だった。さらにうるさくはなるが……


 そうこうしている内に、マーレアス号はミレス沿岸へと到着する。

 帝都から出てまだ二日。転移柱で補給の必要はないのでそのまま魔王国へと船を進ませた。


 ミレス近海はまだ船も多く、穏やかな雰囲気。しかしミレスが北に見えなくなったぐらいで、周辺の海は急に静かになる。


 俺は船の甲板からその様子を眺めていた。

 エリシアは望遠鏡で遠くのほうまで見て言う。


「全く船が見えなくなりましたね」

「ここらへんが人間世界と魔王国の境目なんだろうな。そろそろ魔王国の哨戒船や海棲の魔物が現れるかもしれない。ラーン。船を隠してくれ」

「はい!」


 ラーンがそう言うと、船の周囲が《隠形》で隠される。これなら目視で見つかることはない。


 とはいえ、魔力の反応はそのままだし、船が通り過ぎた後に残る航跡波も残る。近づかれれば見つかるだろう。


 だから、基本的には何かが見えたら、それから距離を取って進むつもりだ。


 また、海中の魔物に対しては、周囲を龍人に泳いでもらい警戒してもらう。彼等には《転移》を付与した小さな魔導具を持たせているので、すぐに船に退避できるようになっている。


 俺は近くに立つセレーナに訊ねる。


「ドッペルゲンガーたちの様子は?」

「帝都の時と変わらず大人しくしております。特に変わった様子はないかと!」

「そうか。とりあえずは、魔王国まで静かにしてくれるみたいだな」


 しかし隙を見せれば、彼らとて見逃さないだろう。

 特に上陸の際は、細心の注意を払わなければ。


 そんな中、船が小さく揺れる。転移柱のあるほうへ顔を向けると、そこにはリンドブルムのモノアがいた。


 モノアは船をなるべく揺らさぬようこちらへゆっくりと近寄り話しかけてくる。


 メーレはそれを訳して言う。


「ここからは私が案内役を務める」

「そうか、それは助かる。航路はこのままで問題はないか?」

「一緒に立てた計画で問題ない。どの航路を通っても、警備の者たちはいる。避けていくしかない」

「分かった。俺もしばらくは船にいるよ」


 これから何が起こるか分からない。すぐに対応できるよう、これからは船で主に過ごすことにする。


 しかしミレスを通り過ぎて一日目は、特に何も起きなかった。

 たまに魔物の乗る船や海棲の魔物が見えたが、こちらには気が付かなかったようだ。


 日が暮れると、俺は船長室でミレスや帝都からの報告を受ける。


 いずれの場所でも特に異常は発生していない。


 ミレスの拠点づくりは順調に進んでいる。


 帝都ではごろつきに脅迫されている魔族を守るなど、鼠の王の活動も順調のようだ。


 その後、俺はリュセル伯爵に関する報告書を読み始めた。


 ティカとネイトがその日のリュセル伯爵の行動を記した報告書だ。野良猫を撫でたとか、その野良猫を鼠人が追ったなんて些細なことも書かれている。


 大きな出来事としては、リュセル伯爵がルイベル護衛のための計画を練り始めた。


 まずは、ルイベルと共にミレスへ入学させる生徒を、帝都内外から大量に募るようだ。リュセル伯爵自らが選考を行い、予定では少なくとも百人以上の生徒を集めるのだという。


 選考の日取りも決めたらしい。

 最初に、二か月かけて選考を受ける者を募集する。

 それから二週間ほど選考試験を実施し、合否判定に二週間ほど。

 さらに合格者を招集するまで、一か月ほどをかけるという。


 つまりは、ルイベルがミレスに実際に行くまでは今から少なくとも四か月はかかる。

 ミレスへの入学試験のことも考えると、結局入学まで半年近くはかかりそうだ。


 俺のような闇の紋章の持ち主は違ったが、ミレスのほとんどの学科の正式な入学試験は五か月後ぐらいに実施される。

 それに合わせて計画を組むのは合理的だな……


 リュセル伯爵が帝都からの脱出を試みているのなら、焦りが見えるはず。

 しかしその行動からは焦燥感は窺えない。


 これだけ警戒しているが、実は普通の人物かもしれない……そう考えたくもなる男だ。


 ともかく、リュセル伯爵はしばらく帝都にいることは確定した。

 選考を行う四カ月ほどは確実に。


 つまり、こちらには十分な時間があるというわけだ。


「……まずは、この魔王国の捕虜返還に集中できそうだな」


 俺は報告書を机の上に置きふうと息を吐いた。


 外の空気にあたろうと船室の外に出ると、ランタンの灯に眩しさを覚える。

 《隠形》のおかげで外からは見えないようになっているが、少し不安だ。


 空を見上げると満天の星空……などではなく、月も見えないほどの黒い雲が空一面を覆っていた。


 そんな中、船の中央に置かれた転移柱のまわりで眷属たちが首を傾げている。


「チュー? アルスに行けないっす」

「帝都もローブリオンも、ミレスにも行けないぞ!?」

「転移柱が使えなくなっている……!」


 俺は転移柱を介さず自力で帝都などの他の場所に《転移》できないか試すが、駄目だった。


 船の他の場所には《転移》できる……魔法は使えるし、魔力は集められるわけだ。


 だが、何かがマーレアス号の周囲を覆っている。


 俺たちが乗るマーレアス号は孤立してしまうのだった。

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