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135話 それぞれの脱出

 宮殿の自室に戻った俺はため息を吐いた。


 ルイベルがミレスにやってくる……それは、正直もうどうでもいい。


 しかし──


「リュセル伯爵が、ミレスに」


 俺が言うとエリシアも額に汗を浮かべて言う。


「自分の片割れも殺され、次々と魔王国の拠点が落とされている。このまま帝都にいては危険と判断し、脱出しようとした。そこであの時、皇帝のもとに……」

「可能性はあるな……だが、ルイベルがあの場に帰ってきたのは、俺たちの行動によるものだ。最初から狙っていたとは思えない」


 ティカも頷く。


「私も、計画的ではないと思います。ずっと彼を監視していましたが、特に動きはありませんでした。宮殿周辺も、帝都内でも特に何も」

「俺も魔力の動きがあればと思ったが、魔法を使った気配もない。そもそも、皇帝が最も大事にするルイベルに、リュセル伯爵を付けるのは何らおかしくない……」


 ではとエリシアが言う。


「偶然、ということでしょうか」

「……今のところは分からない。だが、どのみちあいつはミレスに行く。俺たちの警戒網が薄いミレスに」


 俺が言うとユーリが思い出すように言う。


「間が悪すぎますね。実質的なミレスの拠点だったマーレアス号は、魔王国の捕虜の送還のために帝都へ戻している」


 エリシアが頷いて言う。


「拠点もなければ、帝都のように警戒網もありません。ミレスには様々な魔法を使う者も多いですし、ティカたちも苦労するでしょう」

「そうだな。聖魔法を使う者の前では、闇の魔法を付与した魔導具の効果を打ち消される。だいぶ厄介なことになりそうだ」


 それを聞いたメーレはが言う。


「帝国の外に追い出したからいいというわけじゃないんだね」

「ミレスは世界でも珍しい、魔族や闇の紋章持ちを歓迎してくれる場所だ。もしそこでリュセル伯爵が力を蓄えようとしているなら……」


 ミレスで惨事が起きるかもしれない。


 ミレスには、知り合ったマレンがいる。

 そして一応だが、俺が学籍を置いている大学でもある。


 そんな中ティカが呟く。


「幸い、奴は海に出るしかない……海の上なら」

「私たちが暗殺して、そのまま海にドボンにする」


 ネイトもそう答えた。


 しかしセレーナが腕を組んで言う。


「暗殺は好かないが、相手が相手だけに闇討ちも仕方ないだろう。 ……だが、そもそもそのリュセル伯爵が本当に悪者かどうかは分からないのだろう? もし地上のリュセル伯爵がシロなら」

「それが一番の問題だな。地下のリュセル伯爵が、ただ地上のリュセルを騙っていた可能性もある。だが──」


 あまりにもリュセル伯爵は潔白すぎる。だからこそ、地下のあの悪魔はリュセル伯爵を化ける相手に選んだのかもしれないが……


「いや、結局は憶測の域を出ないな」


 エリシアがそれを聞いて頷く。


「とはいえ、やはり彼を野放しにはできない。ミレスの諜報網も整えるべきでしょう。拠点もあったほうがよろしいかと」

「そうだな。幸い、ルイベルがミレスに実際に行くまで、まだだいぶかかると思う。同行する生徒の選定に時間がかかるはずだ。全国から募るとしたら、一ヶ月や二ヶ月で済む話じゃないだろう。まあ、リュセル伯爵だけ先行にミレスに行く可能性もあるが」

「ですが、アレク様なら、今すぐにでもミレスへ【転移】できます」

「そうだ。奴らが到着する前に十分に態勢を整えられる」


 ラーンも口を開く。


「帝都では拝夜教団の動きを完全に封じ込められていました。裏を返せば、彼らも追い詰められているのかもしれませんね」

「ええ。いい方向に捉えましょう。そして帝都と同じようにミレスからも追い出してやりましょう」


 エリシアの言葉に俺は深く頷いた。


「そうだな。難しく考える必要はない」


 俺たちはあの地下闘技場で行われようとした惨事を止めた。

 ミレスでも上手くやるだけだ。


 セレーナがこくこくと頷いて言う。


「結局のところ、最後は腕っぷしでねじ伏せればいいわけですしね!」

「セレーナ、今までの話を聞いてました? そんな簡単な相手じゃありませんよ……まあ、最終的には戦いになるかもしれませんが」


 エリシアは呆れながらもそう言った。


 そんな中、ラーンが訊ねてくる。


「予想外の事態は起きましたが、魔王国へ捕虜を送り届ける計画は、そのままでよろしいですね?」

「ああ。ミレスに《転移》して拠点を確保して、そこに転移柱を置くなら片手間でできる。同時に進めて問題ないだろう」

「承知いたしました。魔王国への航海は、私たち龍人族が中心となって行います。私たちの中には、魔王国近海まで泳いだ者もおりますので。また、甲羅族の方も同行していただけることとなりました」


 龍人族はルクス湾に面した村に住み、漁業を営んでいた。

 航海に関しては彼らの力を頼るのが一番だ。


 だが、ラーンはこうも言った。


「……ですが、私たちも甲羅族も魔王国に上陸したことはない。そこで、魔王国をよく知るモノアさんたちリンドブルムの方々に、協力を仰ぎたいと思っています」

「そうだな。特に捕虜を上陸させる際が一番危険だ。モノアたちの意見を聞いた方がいい。俺から頼んでみるよ」


 そうして俺はメーレと一緒に、宮殿の自室を後にしてアルスの海岸へと向かった。そこはモノアをはじめとするリンドブルムたちのひとまずの住処となっていた。


 海岸に着くと、鼠人が数名、海に向かって手を振っていた。


「チュー! こっちす! こっちに水揚げ頼むっす!!」


 声が向けられた先には、海を泳ぐリンドブルムたちの姿があった。

 彼等はロープのようなものを腕で引っ張っていた。


 そのリンドブルムたちが陸地に上がると、後ろから魚が一杯となった網も上がってくる。


 網に入った大きな魚を見て鼠人たちは感嘆の声を上げた。


「チュー! 大漁っす! しかも見たことのない魚がいるっす! どこまで遠くに行ったんすか!?」


 リンドンブルムたちは自慢げな顔をする。


 モノアたちが仲間に加わって数日が経ったが、アルスの皆と仲良くやっているようだ。

 漁や物資の運搬など、島の作業に加わってくれているらしい。


 そんな中、後ろから声がかかる。


「あれ、く様。ごよう、ですか」


 たどたどしい言葉に振り返ると、リンドブルムのモノアがいた。


 どうやら帝国語を少し喋れるようになったようだ。


 メーレが言う。


「すごい上達ぶり。だけど無理しないで。私が訳すから」

「ありが、とう。メーレ」


 頭を下げるモノアに俺は言う。


「アルスの暮らしはどうだ? 気に入ってくれたか?」


 モノアは魔王国の言葉で返事する。それをメーレが訳してくれた。


「とても気に入った。もし許してくれるなら、ずっとここに私たちを住ませてほしい」

「もちろん大歓迎だ。俺たちも仲間が増えるのは嬉しい」

「ありがとう。私たちがやれることは、なんでもやらせてほしい」


 モノアはそう言って頭を下げた。


 リンドブルムに協力を仰ぐためにきたが、この話の流れで頼むのは少し悪いな……


 俺が少し沈黙すると、モノアはこちらの顔を覗き込んで言う。


「遠慮しないで。私たちを助けたように、あなたたちはいつも難しいことをやっているようだ。私たちも協力したい」

「モノア……ありがとう。確かに頼みたいことがあった。だが無理そうなら断ってもらっていい」

「分かった」


 モノアが頷くのを見て、俺はドッペルゲンガーたちを送り返すことを説明した。


 すでに魔王国へ帰すことは、モノアも聞いている。だからその手法についてだ。


「そこで、モノアたちには魔王国への航海に同行してほしいんだ。魔王国沿岸に着いたとき、このアルスから船に《転移》してもらう形で構わない」

「つまり、魔王国の内情を知る私たちに案内してほしい、と。もちろん、やらせてほしい。私たちの知識が役に立つかもしれない」

「いいのか? お前たちは魔王の反逆者。もし見つかれば」

「アレク様がいるなら大丈夫、だって」


 モノアは少しも不安な顔を見せることなく頷いた。


「……俺を信頼してくれるんだな」

「確かに私たちは会ってまだ日は浅いけど、アレク様たちは私たちを助けてくれた。そしてこのアルスでは皆が仲良く暮らしている。それは統治者が優しく優れているから。だからアレク様は、信頼に足るお方、だって」

「ありがとう……」


 俺が頭を下げると、モノアも深く頷いてくれた。


 だがモノアは少し言いづらそうにこちらを見る。


「モノア? 何か言いたいことがあるのか?」

「遠慮しなくても大丈夫」


 メーレがそうモノアに言ってくれた。


 するとモノアが口を開くので、メーレが訳してくれる。


「……私からも、頼みがある。無理ならもちろん断ってもらっていい」

「言ってくれ。俺たちでできることなら、助けたい」

「反魔王派の者たち……魔王国には、アシュテルに逆らい奴隷にされている者がいる。その中で、人間と争いたくなかった者たちはどうか受け入れてほしい」


 モノアは深く頭を下げた。


「俺たちからすれば大歓迎だ。モノアたちみたいな平和主義者であることが条件だが、仲間が増えるのはありがたい」

「そんな簡単に許可していいのか? アシュテルの怒りを買うことになるかもしれない」

「やつの眷属を殺した以上、怒りを買うのはどのみち避けられないだろう。……ともかく、そこは気にしなくていい。そもそも魔王には、鼠の王の存在は知られていたとしても、このアルスについては何もわかっていないはずだ」

「なるほど……とにかく、受け入れてくれてありがとう。もちろん呼ぶときは慎重に呼ぶ」

「分かった。計画ができたら俺たちに言ってくれ。可能な限り手伝う」


 俺が言うと、モノアは帝国語で「ありがとうございます」と伝えてきた。


 そうして俺たちは、魔王国への航海に向けて準備を整えていくのだった。

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