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134話 ひとまずの平穏

 リンドブルムを仲間に加えてから五日。

 俺たちは、ドッペルゲンガーから教えてもらった魔王国の拠点を無力化していった。


 魔王国の拠点は帝都に集中しており、帝都だけで十数か所もあった。


 とはいえ、拠点といえるほど大きな場所は少なく、地下闘技場とリンドブルムのいた洞窟のような場所はなく、ほとんどが倉庫や家の一室ばかり。破壊工作よりは諜報の任務にあたっていた者が多かったようだ。


 もちろんドッペルゲンガーが隠した拠点もあるかもしれない。そう考え、捕らえた他の魔物からも話を聞いたが、嘘を吐いている様子はなかった。


 また、拠点の制圧の際、魔王国の者たちは特に抵抗することもなく降伏した。


 ドッペルゲンガーが降伏を促す手紙を書いてくれたのが大きい。また、特に強力な魔物がいなかったのもあるだろう。俺も何回か立ち会ったが、セスターやリンドブルムほど強力な魔物はいなかった。


 魔王国の工作員のトップは実質的にセスターだったと見て間違いない。ドッペルゲンガーは、自分とセスターが同格だと言って譲らなかったが。


 また、ローブリオンからも三名ほどの魔物が潜んでいる拠点を制圧できた。


 他の都市にも向かって占領しようとしたが、俺は一度行った場所でなければ《転移》できない。


 すでに帝都との連絡が途絶えたことで異変に気付いていたら、もうその場にはいない可能性が高い。

 とはいえ、帝国内の別の場所に行ったとしても、帝都との連絡が途絶えたことで動きも慎重になるはず。


 だから拠点の制圧については、とりあえずは打ち切ることにした。


 そして悪魔崇拝者との接触だが……ドッペルゲンガーが教えてくれた接触できる場所をもう何日も張っているが、いまだに悪魔崇拝者は現れない。


 ドッペルゲンガーが嘘を吐いているか、あるいは異変に気が付きその場所を使わなくなったか。ともかく、その場所に現れることはもうないだろう。


 俺は宮殿の自室で、それらの報告を受けていた。


 魔王国からの連絡が途絶えたことで、リュセル伯爵がいよいよ動くかもしれない。それに対応できるよう、ここ数日はなるべく宮殿の自室によくいるようにしていた。


 しかしリュセル伯爵はいつもと変わらず、宮殿とその周辺で優雅な日々を送っていた。


 俺は椅子にかけ、窓の外に目を向ける。

 見えている中庭では、他の貴族たちと談笑するリュセル伯爵の姿があった。



「魔王国の拠点は潰せたが、悪魔崇拝者──拝夜教団については結局、ほとんど情報を得られないままだったな」


 エリシアは俺の言葉に頷く。


「色々な勢力がいますが、一番慎重に動いている組織だと思います。帝国人の誰もが、悪魔崇拝者や拝夜教団について知らないほど、彼らは足跡を残さない」

「ああ。俺もやりなおし前、彼らの存在については欠片も知らなかった。彼らに言及する者も聞いたことがないし、書かれている本もなかった。相当な防諜能力だ」

「やはり、厄介な相手ですね」


 俺は頷いて答える。


「……とはいえ、共闘相手である魔王国の工作員に大打撃を与えられた。拝夜教団も今まで以上に慎重になるだろう」

「仰る通り、場所が地下であっても目立ったことはできないでしょう……鼠の王がいる限りは」

「ああ。それに、鼠の王が釣り餌になるかもしれない」

「つまり、向こうから接触してくるかもしれないと?」

「そういうことだ。もっと鼠の王の名が広まれば、やつらをおびき出せるかも」


 そのための準備もしておく必要があるだろう。おびき出し、彼らを捕らえるための魔導具や施設を用意しておきたい。


 そんな中、転移柱を通ってセレーナがやってきた。


「アレク様。ミレスにいたマーレアス号ですが、《闇檻》を備えた檻の設置が終わりました! また、明日には、帝都へと帰港します!」

「そうか」


 ドッペルゲンガーをはじめとする捕虜たちは、海路で送り届けることに決めた。


 魔王国と帝国は海で隔たれている。

 俺が未知の場所へ《転移》できない以上、船でいくしかない。


 もちろん、俺が先に船で魔王領まで行き、《転移》で連れていく手もあった。


 しかし、そこまでの距離を飛ぶ《転移》をドッペルゲンガーたちに見せてしまうと、魔王を刺激する可能性がある。ある程度は手の内を隠しておきたかった。


 だから船にした。


 マーレアス号は速いから、一週間もあれば魔王国に到着するだろう。


 そもそもマーレアス号は転移柱を積んでいるので、何カ月かかろうと補給の不安はない。怖いのは魔王国の艦隊と戦いになることだが、《隠形》の魔導具で船は隠せるからそれも心配無用だ。


「明後日には帝都から出航しよう──うん、なんか外が騒がしいな?」


 俺は宮殿の外から声が上がるのに気が付く。貴族たちが騒ぎながら、どこかへと向かっているらしい。


「何事でしょうか?」

「ここまで騒ぎになるのは、どこかの街が落ちたとか……」


 それなりの一大事が起きているはずだ。


 そんな中、転移柱からティカがやってくる。


「アレク様」

「ティアか。この騒動のことか?」

「はい。ずっと宮殿近くで塞ぎこんでいたルイベル皇子が、今しがた宮殿の正門に向かわれまして」

「なるほど……それは騒ぎになるな」


 ルイベルは俺が助けた後、ずっと宮殿に帰らず帝都のあちこちをふらついていたようだ。

 青髪族に通行人を装ってもらい、パンなどの食事は渡していたが……


 今の自分では何もできないと悟って宮殿に戻ったか。


「帰ってこられましたか。発言が心配ですね」


 エリシアが言っているのは、ルイベルがリンドブルムがいた洞窟のことを話さないかということだ。あそこには今、ドッペルゲンガーたちが捕らえられている。


 ティカが言う。


「ご心配なく。洞窟の入り口は岩で封鎖しています。倉庫にあった洞窟への入り口も、ユーリさんたちが隠してくれました」

「そうか。もしもの時は俺が《転移》でエネトア商会へ連れていくし、大丈夫だろう」


 エリシアは頷いて答える。


「では、特にルイベル皇子は心配しなくてもよろしそうですね」

「そう、だな。だが……」


 まず皇帝と最初に話すことになるだろう。

 そこで何を語るかは個人的に気になるところだ。


「見にいこう……ただ、姿は見られたくない。《隠形》をかけていこう」


 そうして俺は、正門から宮殿に向かうルイベルを見にいくことにした。


 宮殿の外に出ると、正門への道に人だかりができていた。


 百人ほどの王族と貴族がいるだろうか。結構な騒音だ。


「ルイベル殿下だ! やはり外においでだったのか」

「よかった! 数日姿を見ないと思っていたら……!」


 安堵と歓喜の声が入り混じる中、ルイベルはとぼとぼと道を歩いている。

 食事は取っていたので顔色は悪くないが、晴れない様子だ。


 そんな中、近衛兵の声が響く。


「道を開けよ!! 陛下がお通りになられる!!」


 その言葉に、集まっていた貴族たちは一斉に道の脇へと控える。


「ルイベル!!」


 皇帝はそう声を上げ、ルイベルへと駆け寄った。

 そうしてルイベルをぎゅっと抱きしめる。


「ルイベル、ワシが悪かった……! お前の気持ちを理解できなかったワシを許してくれ!! 行きたいところがあるなら、ワシがどこにでも連れていってやる!! ちょうど、お前のために魔物を一掃する遠征計画を立てていたところだ!! すぐにでも帝都から出陣しよう!!」


 皇帝は涙を流しながらそう言った。よくみると、髪はぼさぼさとなり、目の下に大きなクマができている。


 【聖神】を持つルイベルは皇帝にとって何よりも大事な存在だ。その身に何かあればと寝ることもできなかったのだろう。


 ルイベルは皇帝の腕を解いて言う。


「父上……勝手な真似をして申し訳ございませんでした」

「ルイベルが謝る必要などない!! 悪いのは全てワシだ!! この馬鹿なワシめ!」


 皇帝はそう言って、自分の頬を叩いた。

 相変わらずの溺愛っぷりだ。


 しかし子のために遠征計画まで立てるとは。

 時期が時期だけに、魔王国への侵攻はやめてもらいたいが……


 一方のルイベルはいつもと様子が違った。

 真剣な顔のまま答える。 


「父上に非はございません。私は愚かで未熟で……そしてあまりにも弱かった。今後は父上の言葉に従い、全力で勉学と魔法の修練に励みます。ですので、どうか、遠征はお考え直しください」

「──そ、そうか!! ルイベルがそう言うのならそうしよう!! おい、遠征は中止だ!」


 近くの侍従はそれを聞き、急ぎ宮殿へと走る。


 以前なら反省の言葉など口にしなかっただろう。


 その上、自分のせいで起きそうだった遠征もやめさせた。ルイベルは自分の影響の大きさに気づいたのかもしれない。


 皇帝はルイベルを撫でながら言う。


「ともかく、本当に良かった……お前はこの帝国の、ワシの、宝ぞ。必要なものなら何でも与えてやる。 ……腹は減っていないか? すぐに食事を用意させよう!」


 ルイベルは首を横に振る。


「食事はいりません、ですが一つお願いが」

「お願い? おお、何でも言うがよい!! 何でも叶えてやろう!」


 皇帝が言うと、ルイベルは小さく頷く。


「僕を……ミレスの大学に入れてください」


 その言葉に皇帝はすぐに困ったような顔をする。


「み、ミレスか」


 俺も困惑している。俺も行きたいと願った場所だ。


 いや、最高の魔法を学びたいのなら、やはりミレスに行くのが一番。もしルイベルがより強い魔法を覚えたいと願ったのなら、不思議なことではない。


 しかし皇帝からすれば困ったものだ。

 ミレスでは、ルイベルは特別扱いされない。皇子も、魔族の子でも等しく一学生と扱われる。


 そしてミレスには自分の目が届きにくい。


「確かに、ミレスには優秀な者は集まると聞くが……ルイベルほどの男なら、そのような場所に行かなくても十分強くなれる。この帝都の学校でよいではないか」


 ルイベルは悔しそうな顔で言う。


「僕はただ強くなりたいわけじゃない……最強の魔法を使えるようになりたい!!  あの男みたいに……」


 あの男……地下で見た鼠の王のことだろうか。


 皇帝が訊ねる。


「あの男? 誰だそいつは?」

「最強の男です! 僕はあの男に勝ちたい! だから僕をミレスに行かせてください!」


 ルイベルは地下で起きたことと男の詳細は語らず、ミレスへ行かせるよう訴えた。


 皇帝は顔を曇らせ、言葉に詰まる。

 また家を出て行かれては困る──そう判断したのだろう。


 ルイベルの失踪は伏せられていたはずだが、すでにこうして貴族たちの知るところとなっていた。


 これ以上自分とルイベルの不仲は晒したくないし、先程のように自分の言葉を撤回し続けていては皇帝の権威にもかかわる。

 もしまたルイベルの願いを断り宮殿を勝手に出ていかれでもしたら、皇帝の面目は丸つぶれだ。


 かといってルイベルをどこかへと押し込めておくこともできない。


 皇帝は少し目を瞑ると、ふうと息を吐いた。


「分かった。ミレスには行かせてやる……しかし、少し時間をくれ。そなたは、ワシの子。帝国の皇子だ。その身の安全は絶対に守らなければならぬ。それは分かってくれるな?」

「感謝いたします、父上」


 頭を下げるルイベルに、皇帝は微笑みかける。


「この数日で大人になったようだな、ルイベルよ! ルイベルも帝国の男。ワシもこれぐらいの年の時はそうであったが、冒険への好奇心を抑えられなくことは多々ある! 多少の冒険は、やはり男に必要なものだ!!」


 皇帝は笑いを響かせると、ルイベルの背中を優しく叩く。


「ともかく疲れているであろう。今日のところは部屋で休め。ルイベルを部屋に!」


 侍従たちはすぐにルイベルを部屋へと促す。


 周囲の貴族からはぱちぱちと拍手が上がった。


「陛下のお心は大海のように広く、深くあらせられる……!」

「ルイベル殿下はさぞや立派なお世継ぎになられるだろう!」


 皇帝はその言葉を聞いて笑顔を作ると、お付きの者たちと宮殿へ歩いていった。


 本当にミレスに送るつもりだろうか? 少し追跡してみるか。


 頭を下げる貴族たちの人混みを抜けると、皇帝はすぐに不機嫌そうな顔となる。


 そしてお付きの者に聞こえるように話した。


「ちっ……あやつら、心にもないことをぺらぺらと」

「何を仰せになられますか。お見事なご聖断であられました。陛下の威厳に傷はつかぬかと」


 侍従の一人が言うと、皇帝はふうと息を吐く。


「そう願いたいものだよ。とはいえ、まだルイベルが幼いからよかったようなものだ。しかし、ミレスとは……ミレスと言えば、あやつが向かったのだったな」

「アレク、殿下でしたな……アレク殿下におかれましては、先日宮殿にご帰還なされたとか」

「やつのことなどどうでもいいわ! しかし……ルイベルはアレクに影響されたか? あやつはやけにアレクのことを気にかけておったからな……ミレスに行きたいと申したのもそのせいか?」


 皇帝は思い出すように言った。


 そうでないことを願いたい……単に強い魔法を学びたいためだろう。


 侍従が失笑する。


「お戯れを。【聖神】を持つルイベル殿下が、闇の紋章を持つアレク殿下なぞを意識されるなど……いや、だがローブリオンやルクス湾の活躍からすれば──」

「アレクが強いからなどとワシは申しておらぬ! ワシは、ルイベルがその優しさからミレスに行きたいと考えたと申しているのだ! 異国で学ぼうとするアレクを思ってな」

「も、申し訳ございません!」


 頭を下げる侍従を見ると、皇帝は怒り顔のまま再び前を見て歩く。


「まことに困ったものよ……ルイベルが考えを曲げるとは思えぬ」

「ミレス行きをお認めになるので?」

「さきほど王族と貴族の前で認めたことだ。認めぬわけにはいかぬ。しかし、ルイベルの身が心配でならぬのだ」

「ミレスには帝国人もおります。貴族から庶民まで。当地に留学している者に呼びかけ、ルイベル殿下の護衛にあたらせましょう」


 侍従の提案に皇帝は首を横に振る。


「ミレスに行く者など信用できぬ……ルイベルの身を預けることなど到底できぬわ」

「しかし、よもや兵を連れていくわけにはいきますまい。かの地に認められた自治を脅かすこととなります」

「分かっておる……」


 皇帝はそれから少し考え込むような顔をすると、何かひらめいたような顔をする。


「……そうだ。優秀な貴族の子らを大量に集め、ミレスへと行かせよう」

「なるほど。生徒であれば何人送っても問題はありませぬな」

「うむ。この案でいこう! すぐに選定をはじめさせよう! ワシとルイベルに忠実で、強き者を選りすぐるのだ!」

「はっ。しかしそれとは別に、ミレスの市街にも大人の者を置くとよろしいかと。あるいは、大学の職員として送り込めないか模索すべきです」

「そう、だな。子供だけでは何かあった際に不安だ。強く、優秀で、信用のおける者を送りたい」

「まずは……ビュリオス殿に頼み、ミレスの神殿に帝国の者を送りましょうか?」

「うむ。しかし、それだけでは足りぬ……やはり強い紋章を持つ者が欲しい」


 皇帝は周囲に目を向ける。先ほど集まっていた王族や貴族をしばらく見ていたが、首を横に振った。

 

「駄目だ。野次馬とおべっか使いなど、とても信用できぬ──うん?」


 皇帝は、宮殿の前で頭を下げる男に気が付く。


 頭を下げたまま片膝を突いている壮年の男。

 身なりの良い服に身を包んだこの男を、俺はこのところずっと見てきた。


「リュセル伯爵──」


 俺と皇帝の口から、同じ名が漏れた。


 皇帝は顔に喜色を浮かべる。


「──皇帝に忠実な男がいたぞ。それに皇帝の不利益と判断すれば、あのビュリオスにすら意見することを躊躇わない……そして【聖神】に次ぐ強力な聖の紋章、【聖者】の持ち主!」


 皇帝は早歩きでリュセル伯爵へと近づく。


「リュセル伯爵、顔を上げてくれ! ワシの頼みを聞いてほしい! 望みのものは何でも取らせる!」

「陛下。私は陛下にこの身を捧げられれば、それに勝る栄誉はございません。なんなりとお命じくださいませ」

「そうか、そうか! やはりお前以外は信用できぬ! ──リュセル伯爵よ。ルイベルを守るため、ミレスに行ってくれ!!」


 そう言うとリュセル伯爵は深く頭を下げた。


「ははあ──謹んで、お受けいたします」


 異国に送る皇子の護衛としては妥当な人選……いや、それ以上にないほど適任な人物だ。リュセル伯爵は皇帝に忠実な高潔な男。


 だがそれは、このリュセル伯爵が拝夜教団と関係なければの話だ。


 ……まさか、このリュセル伯爵が帝都から出ていくことになろうとは。

 自分から狙ってここに現れたわけじゃないよな?


 ともかく、やはり気が抜けない男だ……


 こうしてルイベルとリュセル伯爵は、ミレスへ行くことになった。

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