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130話 魔王国の者たち

「何者だ!? 僕をこんな場所に閉じ込めて!! お前なんて、父上に言いつけてやる!!」


 ルイベルは鉄柵越しに現れた商人らしき男に吠えた。


 先ほどの男たちはルイベルの魔法で焼かれた──のではなく、この商人に刺されたようだ。商人の手には、血濡れた短刀が見える。


 男たちとは仲間ではなかったのか? いや、いくらでも替えの効く男たちと思って殺したか。


 悪徳商人がやりそうなことだ。


 ……しかし、リンドブルムを閉じ込めるような男が、ただの悪徳商人だろうか?



「いや、しかし驚きましたよ。一人と思いきや、まさか二人とは。どうやって入ったんです?」


 商人はルイベルを無視し、俺に笑顔を向けた。


 ルイベルは俺が元々洞窟にいたと考えたかもしれないが、この商人は洞窟の出入りを監視していたのだろう。

 突然俺が現れたのを見れば、驚くのも無理はない。


 しかし、それにしては落ち着いている気もする。


 ルイベルは怒りを露わにする。


「おい、無視するな!! 早く出せ! 出さなければお前も焼き殺すぞ!」

「本当にどういう技を使ったんです? 姿を隠した? それとも、悪魔のように瞬間移動でもしましたか?」


 商人はルイベルには見向きもせず、俺に矢継ぎ早に質問を重ねた。


 こいつ、やはりただの悪徳商人ではなさそうだ。


 悪魔の戦い方を知っている。それだけならまだしも、リンドブルムをこのような場所に閉じ込めた。しかもあの頑丈な鉄柵も、明らかに人間のものではない。


 前のセスターのように人間に化けた者の可能性はありそうだ。


 俺は単刀直入に訊ねてみることにした。


「……お前、魔王の手の者だな?」


 悪徳商人は、それを聞くと一瞬無表情になった。


 だがすぐにニヤリと笑う。


「──奴から連絡が途絶えたのは、お前の仕業か? 愚鈍な人間にも頭の回るやつがいるのだなあ」


 名こそ口にしていなかったが、奴とはセスターかリュセル伯爵のことだろう。


 俺は言う。


「随分と素直に白状してくれるんだな」

「──おっと、失言でしたかね。私も、ここにいる日々が長過ぎましたか。随分とおしゃべりになってしまったようです。まあ、別に構いませんがね」


 俺たちを出さなければ問題ないということか。


 商人はすっと姿を消した。

 と思うと、数秒後にリンドブルムの前へと姿を現す。


 《転移》……ではない。

 魔力が鉄柵をすり抜けたのを見た。そういう魔法を使えるか、そもそも魔力だけで実体がないのかもしれない。


 セスターと同じ、コボルトか?


 商人はリンドブルムを見ると、呆れるような顔をする。


 相変わらずリンドブルムは警戒した様子だが、睨みつける対象は商人に変わっていた。


「しかし、ヒナたちのために、せっかく子供の肉を用意してやったのに興味も示さないとは……あなたも頑固ですねえ。なぜ、そうまでして人の肉を拒否するのです?」


 リンドブルムは口を開き、俺の知らない言葉を発した。


 一方の商人も、似たような不明な言葉でリンドブルムと会話する。


 姿を隠したままのメーレが俺に近寄り、耳打ちする。


「魔王国の言葉みたい。大雑把だけど、何を言っているか分かる。リンドブルムは、お前たちには手を貸さないって言っている。故郷に帰せって。商人は、故郷はもうなくなったでしょう、魔王様の慈悲で贖罪の機会を与えてもらったのだから逆らうな、だって」


 つまり、あの商人は魔王国の者で確定というわけだ。


 そしてあのリンドブルムは、慈悲という言葉から察するに魔王に一度逆らったのかもしれない。


 そうして人間の国に連れてこられたのだろうか。


 メーレは続けて会話を訳してくれた。


「リンドブルムは絶対に従わないって。商人は、遅かれ早かれ人の肉の味を知れば、あなたの子供は魔王様の忠実な戦士となる……ほら、ヒナたちの中には物欲しそうに子供を見る者もおるようですよ?」


 商人は数体のヒナに目を向けた。


 そのヒナたちは、俺とルイベルを見てよだれを垂らしている。


 親のリンドブルムはそんなヒナたちに大きな鳴き声を発した。


 しゅんとするヒナたちを見て商人は不敵な笑みを浮かべる。


「あらあら、可哀そうに。 ……育ち盛りの子供には、腐った獣と魚の肉はあまりに酷。素直に食べさせればいいものを。ヒナたちは、魔王様とあなたの争いを知らない。どこまで持ちますかね」


 メーレが訳のおかげで、状況がだいたい読めてきた。


 商人はリンドブルムの子供を、魔王国の戦士として育成したいようだ。人の肉を食べれば、自ずからまた人を食べたくなる。そうして帝都の人間を……というところか。


 セスターやリュセル伯爵と呼応して、帝都を内から攻撃するつもりだったのかもしれない。


 しかしあのリンドブルムの親は、それを拒んでいる。


 よく見ると、洞窟には人骨と、腐り始めた人の遺体が隅に置かれていた。どれも人のものだったと分かる形で安置されている。

 あのリンドブルムは人を食べさせないようにしていたのかもしれない。


 それから商人は魔王の偉大さについて語り始めた。

 話を鵜呑みにしていいかは分からないが、今の魔王は内紛状態だった魔王国の秩序を取り戻したらしい。それゆえに、多くの国民から慕われているようだ。


 内乱を収めた、か。このリンドブルムはその内乱で敗れた者でこうして帝都に……納得がいく話だ。


 一方のルイベルは顔を真っ赤にしていた。


「ああ……なんでどいつもこいつも、僕を無視する!! 宮廷ではいつもアレク、アレクばかり……僕はこんなにすごい紋章を授かったのに!!」


 ルイベル……

 紋章を授かる前、ルイベルはいつも俺と比べられていた。俺としてはいい迷惑だが、意識されるのも仕方がない。


 とはいえ、このまま執着されるのも面倒だ。説教できる立場にはないが、助言はできる。


 ルイベルが手に光を宿し始めるのを見て俺は言う。


「落ち着け。よい紋章を授かったのなら、それに見合うだけの判断力と冷静さを持ち合わせろ。あの男はお前を無視し、お前を怒らせようとしていることが分からないか?」

「ど、どういうことだ?」

「お前を暴走させ、リンドブルムたちを攻撃させる。あれだけのリンドブルムがいれば、数体は反撃するだろう。そして我々を争わせようとしているんだ。人の行動には必ず意味がある。その意図を汲み取れ」


 まあ、あの商人は人間ではないだろうが……


「今もこの空洞を煌々と照らしている魔法を見れば、その魔法を使った者を無視できるはずがない。あいつは、意図的にお前を利用しようとして無視しているだけだ」


 俺がそう言うと、ルイベルははっとしたような顔になり魔法を放つのを止める。


 それから商人はようやくルイベルに顔を向けた。


「……おやおや、そういうつもりはなかったのです。あなたは、帝国人なら誰もが知るルイベル皇子ですからねえ」


 ルイベルは一瞬肩を震わせた。

 商人は皇子であることを見抜いていたか。あの聖魔法を見れば、すぐに察しがつくはずだ。


「もし気を害されたのなら、謝りましょう。だが、あなたの魔法を気に入ったのは事実です」


 商人はにっと笑うと、リンドブルムに顔を向ける。メーレが再びその言葉を訳してくれた。


「……もう一度言います。あの人間の肉を食しなさい」


 しかしリンドブルムは首を横に振った。そして口を開くのを見て、メーレが解説する。


「……お前の魔法は分かっている。ろくな攻撃もできない魔王の腰巾着──いや、飽きられたくせに、偉そうなことを言うなだって」


 商人はそれを聞くと無表情になった。


「飽きられた? 馬鹿を言うんじゃない。栄えある大事をなすために、このような肥溜めのような場所に志願したのだ。全ては魔王様の偉業をお支えするため。お前みたいな反逆者と一緒にするな」


 無表情は怒りの表れか。

 だが商人はすぐに笑顔を作ると、胸元から札のようなものを取り出した。魔法陣が描かれた札だ。 


「そう、私は魔王様の信任を受けた、名誉ある戦士……故に私は、魔王様の名のもとに命を下せるのです。これがあればね」


 気が付けば、リンドブルムは商人に雷撃を放っていた。


 商人はその雷撃を受け、簡単に霧散する。


 しかしリンドブルムの顔は晴れない。間に合わなかったという様子だ。


 すぐに商人の声が空洞に響いた。


 メーレが訳す。


「セスターとの連絡が途絶え、底知れない魔法を使う人間に嗅ぎつけられた……事ここに至っては仕方あるまい。魔王様、お許しください──勅命である。目の前の人間を喰らえ……骨一つ残さずにな!!」


 その言葉が響くと、リンドブルムの首元に禍々しく赤黒い魔法陣が光るのだった。


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