128話 洞窟に潜む者
俺たちは《隠形》で姿を隠し、ルイベルを追うことにした。
帝都の西門をくぐると、港湾が見えてくる。
帝都は大陸から西に突出した大きな半島の上にある。大陸と陸続きの東側にはそれなりに広い陸地があるが、北側、南側、西側の外は陸地が狭くすぐに海となっていた。
特に西門は出るとすぐに港湾区の埠頭となっている。ほとんどが石材で舗装された桟橋となっていて、自然の陸地は少ない。
だからここに魔物がいたとしても、それは海に住む魔物だ。しかも衛兵にすぐに倒されるので、滅多に見かけない。
「狭いからぶつかりそう……」
「こんな場所に魔物がいるとは思えませんね」
メーレとエリシアは人を避けながら言った。
「人目も多いから、外では目立つことはできないはずだ。ルイベルを連れ込むとしたら、建物か船の中だろう」
「大きい倉庫や船も多い。犯罪にうってつけの場所ですね──あっ。倉庫に入っていきますね」
エリシアの言う通り、男とルイベルたちは城壁際にある倉庫の前で止まった。
流石のルイベルもおかしいと気がついたのか怒りを露わにする。
「ここに魔物がいるだと!? 馬鹿にしているのか!?」
「兄貴、落ち着いてくだせえ。この倉庫の奥に洞窟があるんですよ。そこには、魔物もたくさんおりやすので」
男たちは不敵な笑みを浮かべ、倉庫の扉を開いた。
ルイベルが不服そうながらも倉庫へと入っていくと、男たちはゆっくりと扉を閉め始める。
閉まりきる前に俺たちも倉庫内へと入った。
ここで拘束するか?
しかし男たちは態度を変えず、ルイベルを倉庫の奥へと案内する。
「さあさあ、こちらです」
雑に積まれた木箱や樽の間を通っていく。
「結構な臭いね……」
メーレの言う通り、倉庫は異臭で充満していた。
箱や樽には、腐った魚や肉が雑に入っていた。とても食べられそうにはない。当然、売り物にもならないだろう。
それから倉庫の奥へと出ると──
「おお!」
ルイベルは声を上げた。
倉庫の奥には、地下へと続く天然の洞窟のような場所があったのだ。
「これは!?」
「いや、最近発掘された洞窟でしてね。奥にわんさか魔物がおります」
「本当か? 何の魔物がいるんだ?」
「そりゃ、見てのお楽しみです。まあ、結構骨のあるやつなんで、楽しんでもらえると思いますぜ」
そう話すと、ルイベルは少し不安そうな顔をする。
男は笑って言う。
「そんなに怖がらねえでくだせえ。俺たちもついてますから、俺たちも」
「こ、怖がってなんていない! それよりもさっさといくぞ!」
そう言ってルイベルは洞窟へと足を踏み入れた。
エリシアが言う。
「こんな場所に洞窟があるとは」
「最近掘り当てられたのは本当のようだな」
周囲には砕けた岩を乗せた荷車や、ツルハシなどが見える。
「とにかく、追ってみよう」
俺たちはルイベルを追って洞窟へと入る。
入り口部分こそ道がまっすぐで床も均されていたが、少しすると曲がりくねった道になった。
床や壁も凹凸が出てきて、天井には鍾乳石が見えるようになってきた。
「ここからが元々洞窟だった部分か」
メーレが言う。
「方角的には地下水道側?」
「いや、曲がり道のことを考えると、今は西側に向かっている。地下水道ではないかもな……それに地下水道なら、すでに鼠人たちが網羅してくれているはずだ」
「未知の場所ってことか。でも、やりなおし前の記憶にないってことは、そんなに重要な場所じゃないのかもね」
「どうだろうか……あの地下闘技場のことは知らなかった。ここも油断できない」
やりなおし前、俺はそれなりに帝都の犯罪組織に詳しかった。俺自身は合法な賭博しかやらなかったが、周囲には危ない賭博に誘ってくる奴もいたのだ。まあそういやつは、大体すぐに消息不明となってしまったが。
そんな俺でも地下闘技場のことやこの洞窟のことは知らなかった。
やりなおし前とただ異なる歴史を辿っている可能性もある。
だが、単に公にならないのにも理由はあるだろう。地下のリュセル伯爵のように、徹底的に隠蔽していれば地上には分からない。
そう考えると……ここから向かう場所は相当に危険な場所の気もするな。
俺が警戒していると、やがてルイベルたちは明かりが差し込む場所へと出た。
俺たちもそこに出ると、目の前に広大な洞窟が広がった。
天井の鍾乳石からは水がポタポタと滴り落ち、床にはところどころ水溜りが見える。蝋燭や松明などで十分明るいが、奥のほうは薄暗く見通せなかった。
「おお! こんな場所があるなんて!」
ルイベルは目を輝かせて言った。
男が満足そうな顔で言う。
「すごいでしょう? ここには、腹を空かせた魔物がいましてねえ」
男の言葉は──嘘ではなかった。
洞窟の奥のほうには、無数の小さな魔力の反応があった。
いや、よく見ると大きな反応も一つある。
龍眼で目を凝らすと、そこにいたのはトカゲのような見た目の生き物が大量にいた──蒼白い鱗を持ち、長いひげを生やしている。
「リンドブルム、か」
男たちは、確かにルイベルを魔物へと導くのだった。