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125話 変わらぬもの

 ユリスは食事を終えると、食堂にいた他の仲間へ声をかけ始めた。


 話を聞くと、どの仲間も訳ありの者が多く、ユリスに助けられて仲間になったようだ。


 そうしてしばらくすると、ユリスは自室へ向かい風呂へと向かった。


 その間にユリスの自室を調べることもできたが、それはしなかった。ユリスは悪人ではない。とても私物まで漁る気にはならなかった。


 もっと情報が欲しかったというのは本音だが、重要なことはもう判明した。


 ユリスは俺と同じく、魔族や闇の紋章を持つ者を助けようとしている。そして俺をも守りたいと言ってくれた。最後の戦いとやらが何かは判明しないが、そのために準備をしているのだろう。


 最後の戦い……拝夜教団のいうその日には天使と悪魔の決戦が起こるということだった。それに関連しているのだろうか。


 ユリスは未来に起こることが分かっている。最後の戦いとその日の決戦は、本当に起こるのかもしれない。


 ともかく、ユリスの目的と立ち位置がはっきりした今、個人的なことまで調べる必要はない。


 まあ、ユリスが俺の知らない“アレク“との思い出を持っているのは、やはり不気味ではあるが……


 色々とはっきりさせるためにも、一度堂々と姿を現してユリスと話したほうがいいかもしれない。


 だが、あそこまで愛を語られると、俺も尻込みしてしまう。やりなおし前、俺はほとんどユリスと話した記憶がないのだから。


 もちろん、ユリスとは今後も協力していきたい。


 アリュシアの話では“鼠の王”の存在にも気付いており、好意的に見ていた。共闘もできるだろう。


 エネトア商会の投書箱についても知っているのなら、向こうから接触があるかもしれない。


 ともかく、ユリスとこの基地のことはあらかた掴めた。


 俺たちは基地の構造と出入り口を調べると、最初に通った隠し扉を通って宮廷の敷地に戻ることにした。隠し扉はもとの閉まった状態に戻しておく。


 地上に出ると、すでに空が色づき始めていた。エリシアは岩で地下水道の出入り口の階段を塞いでくれた。


「これでよし、と……いやあ、しかしアレク様とユリスさんにあんな過去があったとは! アレク様も隅に置けない方ですね!」


 エリシアはいつもの調子で言った。


 しかしメーレは納得のいかないような顔をしている。


 メーレの言いたいことは分かる。


 エリシアもユリスの話を聞いて明らかにおかしいと感じたはずだ。だが、俺を困らせないようにいつもの調子で振舞ってくれているのだろう。


 俺も正直、ユリスの話の意味を全て理解できているわけではない。


 しかし俺の知っていることを黙っているのは、よくないと思った。

 エリシアやメーレは俺に命を預けてくれているのだから。


 そもそも俺は、やりなおし前の自分を知られたくないと思ったことはない。単に信じてもらえるはずがないと考えて言わなかっただけだ。


 エリシアは俺が苦悩しているように見えたのか、優しい表情で語りかけてくる。


「アレク様。もうじき日も暮れます。宮殿巡りは明日にして、今日はお休みに」

「いや、エリシア……この後、話したいことがある。アルスに帰ったら、噴水近くに皆を集めてくれるか? あまり大勢でも聞こえないだろうから」


 エリシアは真剣な表情になると、深く頷いた。


「各部門の長たちを呼んでまいります。すぐに集まるようにと」

「ありがとう」


 そうして俺たちはアルスへ《転移》した。


 エリシアの呼びかけで、ユーリ、セレーナ、ラーン、メーレが噴水に集まってくれた。ティカとネイトはリュセル伯爵の件もあり手が離せず、あとで話すことになった。


 皆、ただごとではないと真面目な顔でこちらを見てくれている。


 俺は深呼吸をしてから皆に打ち明けた。


「皆、聞いてくれ。俺は……おそらく、前世の記憶を持っている」


 それから俺は、やりなおしの直前に起こったことから知っている限りのことを話した。闇魔法を使ったことも悪魔のこともだ。


 エリシアとメーレは困惑することもなく、俺の話に耳を傾けてくれた。

 他の者たちも驚きを隠せない様子ではあったが、最後まで真剣に話を聞いてくれた。


「これが今まで起きたことだ……しかし、今日ユリスが話したことと俺の記憶はどこかすれ違っている。だから俺は混乱しているんだ」


 俺以上に皆、混乱すると思った。それだけではなく、何故隠していたのか怒る者もいると思った。


 しかし皆、やけに晴れ晴れとした顔だ。


 エリシアが言う。


「ユリス様についてはたしかに不明なことが多いですが……アレク様の今のお話なら、アレク様の今までの行動と振舞いは納得できます」

「どう考えても、子供のできることじゃないもんね……なんかすっごく安心した」


 ユーリが言うと、セレーナとラーンも頷く。


「ああ。アレク様が大人であったなら、すべて合点がいく」

「時が巻き戻った……普通であれば考えられませんが、アレク様のお力を見れば信じられない話ではありませんね」


 先程まで納得のいかないような顔をしていたメーレも、今はうんうんと頷いている。


「私みたいに特殊な状況でもなければ、あんな戦いはできない……ずっと不思議だったけど、ようやく疑問が晴れたよ」


 皆が納得した様子を見せる中、エリシアが俺に顔を向けて言う。


「アレク様、お話しくださりありがとうございます」

「いや、むしろ今まで黙っていてすまない……とても信じてくれるとは思えなくて」

「私がアレク様の立場なら、私も信じてもらえるはずがないと思います……皆もそうでは?」


 エリシアが問いかけると、他の皆も即座に首を縦に振った。


 ユーリが苦笑いを浮かべる。


「変な目で見られるかもって思うよね普通……今から起こることを予言されて、ほら当たったでしょと言われても、怖いだけだもん……」

「私なら、何で信じてくれないんだ! と暴れてしまうかもな……」


 セレーナが言うと、ラーンも頷く。


「前世の記憶がある、しかも時が巻き戻っている……東方の伝承も少しは知っていますが、そんな話聞いたこともないですし普通なら誰も信じないでしょうね」


 メーレがそれに答える。


「私の知る古代の時代でも、聞いたことがなかった。アレクの闇魔法を見たり、さっきのユリスという子の話でも聞かなければ、とても信じられなかったでしょうね」


 俺は皆に訊ねる。


「俺自身、どうしてそうなったかも分からないし、そもそも前世の記憶が本物なのかの確証もない……それでも信じてくれるか?」


 皆、迷わず首を縦に振ってくれた。


「もちろんです! アレク様はアレク様ですから!」

「そうです! 私たち青髪族はもちろん、他の皆もアレク様のおかげで助かったんです! 今までもこれからも、ずっとアレク様を信じます」


 ユーリが言うと、他の皆も同調してくれた。


 そんな中、エリシアはすぐに不安そうな顔をする。


「というより、アレク様がやりなおし前の記憶を持っておられなかったら今頃、私はまだ墓守として……少し恐ろしくなります」

「私たち青髪族も魔王軍に捨て駒にされてたよ……生きていたとしても、今みたいに自由に物を作るのは絶対できなかったと思う」

「私は今もあの政庁の鎧として、暗闇の中をずっと……ぞっとするな」

「私たち龍人は、もうこの世にはいなかったでしょう。祖龍に別れを告げることもできなかったはず」

「私もあの墓地に閉じ込められていたままで……あるいはお姉ちゃんが私を悪魔に……」


 皆、俺がやりなおし前の記憶を持っていなかったときのことを考えているようだ。


 メーレは真剣な表情で言う。


「さっきは疑うような顔をしてごめんなさい。ただ、私たちはアレクの眷属。あなたの秘密は、私たちの秘密でもある」

「そうです。もしこれからも悩むようなことがあれば、どうか私たちに遠慮なくお話しください!」


 エリシアが言うと皆も頷いてくれた。


 話してよかった……肩の荷が下りた感じだ。


 やりなおし前の俺のことは、もう俺だけの記憶じゃない。今後何が起こるかをエリシアたちに堂々と話せる。


 俺は皆に頭を下げる。


「……皆、ありがとう。もちろん、俺は今までと何も変えるつもりはない。ティアルスを魔族や闇の紋章を持つ者たちにとっての安住の地にする目的は変わらない。それに、“鼠の王”として帝都の魔族や困っている人々を助けていくつもりだ」

「承知しました。私たちも今までと変わらず、アレク様をお支えしてまいります!」


 エリシアの言葉に、他の者たちも同調してくれた。


 俺の勝手な思い込みかもしれないが、秘密を共有したことでより皆と結束できた気がする。


 今後、俺は皆に何か隠し事をする必要がなくなった。

 これから何が起こるかを気軽に話せるし、皆の意見を求めることもできる。


 もっと早く話せていれば……もっと気が楽だったかもな。


 そんな中、エリシアはどこかうっとりした表情でこちらを見る。


「しかし、よもやアレク様が大人の殿方とは……もう、何も遠慮する必要はありませんね。ふひっ」


 エリシアは得物を見るような目でこちらを見てきた。


 ユーリも頬を染めて横目で俺を見る。


「一緒にお風呂も入ったしね……私たちより年上なら、これからは思う存分甘えさせてもらわないと」

「まだまだそういうお話は早いと思っていましたが……これは面白くなってきましたね」


 ラーンも俺に見せたことのない不敵な笑みを浮かべて言った。


 一方、セレーナはエリシアたちの視線から俺を守るように立ってくれる。


「……お前たち浅はかだぞ。今までのアレク様の行動を顧みろ。節制を心掛け、私たちになんら手を出さなかった。アレク様の崇高なお心が理解できないのか?」


 そんなセレーナを、エリシア、ユーリ、ラーンは白い目で見る。


「なんか、アレク様が大人と知ってから急にアプローチを変えてきましたね」

「大人っぽい落ち着いた女を演じて、アレク様の心を掴むつもりよ。セレーナって結構計算高いところあるから」

「セレーナさん……隠しているつもりかもしれませんが、鼻息荒いですよ」

「そ、そんなことはない! 私はいつもどおりだ!」


 セレーナはエリシアたちに必死に反論する。


 いつもどおり……確かに皆、いつもどおりだ。


 俺のやってきたことを見て、これからも信じてくれる──これ以上に心強いことはない。


 今後は、ユリスと同じく、俺の知る未来の出来事に介入していくつもりだ。


 これから魔王国や諸外国の侵攻や諸侯の反乱が激化し、帝国は荒れに荒れる。そういう状況では、立場の弱い魔族や闇の紋章を持つ者が真っ先に割りを食う。そんな彼らを救い、ティアルスへ迎え入れたい。


 一方でユリスとは共闘関係を結び、至聖教団と拝夜教団に対峙していく。ユリスとも、どこかで話し合いの場を持つつもりだ。


 ……壮大な話になってきたな。闇魔法を使える以外能のない俺に、そんなことができるのだろうか。


 やりなおし前の俺は無力で、誰かのために戦おうなどと考えることもなかった。いや、考える余裕もなかった。


 しかし、俺には今、心強い仲間が数多いる。

 必ずやれるはずだ。


 俺は決意を新たにするのだった。

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