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124話 知らない思い出

 俺はアリュシアとセルナを追って湖から続く地下道を歩いていた。


 他の地下水道と同じく、水路と歩廊の道。しかし綺麗に整備されており、壁にはいくつか新しく見える扉が見えた。


 加えて、多くの人間がこの水道を行き交っている。


「こんなに人が……危ない」


 メーレは人にぶつからないように避けながら歩く。《隠形》の効果で見えないようにはなっているが、ぶつかればばれてしまう。


 しかし、多いな……

 今まで見ただけで、この通路に十名以上はいただろうか。恐らく皆、ユリスの仲間なのだろう。


 皆、宮殿の貴族や使用人たちではない。大半は街で見かけるような、普通の服の人であった。


 煌びやかなコートを着た貴族階級らしき服の者もいるが、他の平民階級らしき者と仲良く話している。


 また、決して多くはないが魔族や闇の紋章の持ち主もいた。ここでは、階級や種族などは関係ないらしい。


 ユリスはやはり、至聖教団とは違う。その点は安心して良さそうだ。


 分かれ道も多く、そこにも人影や扉が見えた。相当、大きな施設となっているようだ。


 倉庫らしい場所には多くの食料や衣料などの物資が置かれていた。武器庫には所狭しと武具が置かれている。


 あとは居住用らしき部屋も見えた。ここで暮らしている者もいるのだろう。


 人員も物資も豊富。おまけに宮殿の地下に基地を造る……ユリスはやはり子供とは思えないな。


 そんなことを考えていると、アリュシアとセルナが両開きの扉を開き、中へと入った。


 そこは先ほどの湖ほどの大きな空間だった。しかし水路はなく、全体にテーブルと椅子が並べられている。


 魔導具らしいシャンデリアが天井から吊り下げられ非常に明るい。

 ここは恐らく、基地の食堂なのだろう。


 ここでも十名以上の者が食事を取っていた。


 そんな中、奥の厨房らしき場所からユリスが小さめの鍋を持って出てくる。


「ユリス様!」


 アリュシアとセルナはそんなユリスへと駆け足で近づく。


 一方のユリスは近くのテーブルに置かれた木製の鍋敷きに鍋を置いた。

 すでに卓上には食器と他の料理が並べられている。


「ちょうどよかった。今できたところなの。さあ、座って」


 ユリスは椅子を二つ引いて、アリュシアとセルナに座るよう促した。


 アリュシアとセルナは申し訳なさそうな顔で頭を下げる。


「ユリス様、申し訳ありません。しかし、わざわざ自分でお作りになられなくても……」

「そうです。私やアリュシアは草の根をかじっていれば生きていますから」


 ユリスは首を横に振る。


「二人とも、食事をただ腹を満たす行為と思ってはダメよ。食べた物は、人のあらゆる行動に影響するの……可能な限り、新鮮で滋養があるものを取るべきよ。いついかなる時もね」

「は、はい!」


 アリュシアとセルナが姿勢を正す一方で、ユリスは鍋蓋を開けて中のどろりとした褐色のスープを皿へとよそい始める。

 よく見ると、一口大に切られた肉や野菜がゴロゴロと入っていた。肉の煮込み料理のようだ。


 ユリスは配膳をしながら言う。


「しかし、二人が草の根が好きなんて初めて知ったわ。今度、美味しい草の根を見つけたらそれでリゾットを作ってあげる」

「じょ、冗談ですって!」


 セルナは慌てて答えるが、アリュシアは少し考え込むようにして言う。


「草の根は食べたことはないが……ユリス様の作るものなら食べてみたいな」

「この二人、冗談が通じてない……」


 セルナが困ったような顔をすると、ユリスがくすっと笑う。


「ちゃんと冗談だって分かっているわ。 ……でも、美味しい草の根があるのも本当よ。今日の牛煮込みだって、前に西国で摘んだ香草を使っているの」

「ああ、あれでしたか。フルブの邪竜を討伐した帰りの山々で集めたものですね。薬にもなるという。とてもいい香りでしたね」

「言われてみるといい匂い……!」


 アリュシアとセルナもそう言って席に着いた。


 姿を隠す俺たちの鼻にも煮込みの香りが漂ってくる。

 食欲をそそる匂い……これは間違いなく美味しい。


 ユリスも自分の分を配膳し終えると、椅子へとかけた。


「さあ、召し上がれ」

「い、いただきます!」


 アリュシアとセルナは早速スプーンとフォークで煮込みの肉を切り分け、それを口に運んでいった。


 二人とも口にした瞬間、目を見開く。


「なんと美味な……!」

「肉が溶けた!?」


 アリュシアとセルナはすぐに二口目、三口目と煮込み料理を口に運んでいった。

 相当、味がいいのだろう。


 ユリスはそれを見て満足そうに笑う。


「気に入ってくれた?」


 セルナは慌てて手を止めて言う。


「は、はい! なんというか……今まで食べた中で一番の料理かもしれません!」

「セルナ、それはユリス様の他の料理を……いやでも、確かにユリス様が作られたもののなかでも圧倒的な味……! ああ、いや、申し訳ありません!」


 アリュシアは焦るように謝ると、ユリスは首を横に振る。


「気にしないで。これは、私も一番自信のある料理だから。牛肉の香草煮込みの山小屋風……」


 ユリスが遠くを見るような目をすると、アリュシアとセルナは牛肉の煮込みを再びぱくぱくと口に運んでいった。


 一方のユリスはしみじみとした顔で口を開く。


「あいつも一番、気に入ってくれた料理だった……初めて作ったのはいつだったかしら。あれはそう、一緒に西部に行ったとき、西国への山越えの道中だったわ」


 ユリスはそう言って自分も煮込み料理を口にした。


 西国へ行ったときの話? 先程の香草の話では、帝都へ戻る前は西部に行ったと言っていたから、その時の話か?


 いや、初めて作ったなんて口にしている。もっと昔の話だ。

 ユリスは、西国へ行ったことがあったのだろうか?


 しかし、ユリスは俺が物心ついたころ──四歳ぐらいから、帝都にずっといたはずだ。


 俺自身、ずっと帝都にいたのだから間違いない。紋章を授かる前は、毎日のように宮殿とその敷地でユリスの姿を見ていた。


 いや、こんな拠点を作るぐらいだ。俺が見ていたユリスが影武者だった可能性もあるが……


 頭が混乱する中、ユリスはさらに言葉を紡ぐ。


「空が暗くなるのを見て、私たちは山小屋の中で一夜を過ごすことにした。寒い中、私は香草と干し肉を使って、これを作った。あいつはあっという間に食べ終えて、おかわりを──ああ、おかわりあるわよ」


 ユリスが言うと、アリュシアとセルナはなくなった煮込み料理を鍋から補充する。


「ユリスの料理はやっぱり世界で一番おいしいって言ってくれた。その中でもこれは別格だって。あの時は本当に嬉しかったなあ。ふふ……」


 目を輝かせて言うユリス。

 いつもの寡黙なユリスからは考えられない、うっとりとした顔をしていた。


 メーレが思わず呟く。


「うーん……のろけ話?」

「お年の割には、ずいぶんな熱愛っぷりですね……」


 エリシアも困惑するような顔で言った。


 二人とも、もうたいした情報は得られないのではといった顔だ。


 俺も頭の整理が追い付かないが、ユリスが何か重要なことを言っているようには思えなかった。


 そんな中、ユリスはまた口を開いた。


「……それから少し外で横になって、星を見ていた。そしたらあいつは手を繋いできて……ユリス、愛しているって。私も愛しているわ、アレクって返したの」


 俺は思わず「え?」と声を漏らした。

 エリシアもメーレも驚いた様子だ。


「……ユリスさん、今、アレクと口にしましたか?」

「間違いなく、愛しているわアレク、って言ったね」


 俺も耳にした。

 ユリスは確かに、アレクと言った。


 ユリスは思い出すように言う。


「それから小屋に戻って寒いからと身を寄せ合って……ああ、アレク。私の最愛のアレク──」


 ユリスは恥ずかしいのか顔を真っ赤にした。


 一体俺は何を聞かされているんだ……


 のろけ話に退屈しているわけではない。そうではなくて、本当に理解が追い付かないのだ。


 ユリスはその後も他の料理を紹介しながら、”アレク”との思い出を一人で語っていた。


 アリュシアとセルナはたまに相槌を打ちながらも、料理を食べることに熱中している。


 この二人のように、本来は聞き流すような話なのだが、俺は真剣に聞くしかなかった。


 ユリスは、“アレク”とミレス大学へ一緒に船に行ったとか、東部で美食巡りをしたと次々と料理にまつわる思い出を語ったのだ。


 俺が見ていたユリスが影武者で、目の前のユリスが自由に動けていたとしても、とてもじゃないが六歳までに経験できる旅行ではなかった。

 しかも言葉を包んではいるが、ユリスは“アレク”と何度も夜を過ごしているようだった。


 ユリスが何者かについて整理しよう……


 俺が見てきたユリスと目の前のユリスは別人という可能性がある。どちらが本物か偽物かは分からない。しかし目の前のユリスは明らかに、大人の人格と知識を持っている。


 例えば、地下で会ったセスターがツレンに化けていたように誰かがユリスの姿を騙っているのかもしれない。そうなると、本物のユリスはもう……

 しかしこのユリスは、魔王国やリュセル伯爵の仲間とは思えない。仲間なら、邪竜と悪魔を倒す必要はない。


 また、地上と目の前のユリスが同一人物の可能性も捨てきれない。俺と同じやりなおし前の記憶を持っているのかもしれない。ユリスの予知と大人びた行動が、やりなおし前の記憶によるものなら説明がつく。


 ……とはいえ、やりなおし前、俺は紋章を授かった後にユリスとどっかに行ったことなどない。


 だから、ユリスの語る“アレク”は俺ではないのだろう。ユリスは俺と同名の人物を強く慕って──


「一緒に宮殿を駆け落ちしたり、宮殿の狩猟林に秘密基地を造ったり……皇帝や他の皇子を一緒に罵倒して逃げたこともあったわ。私がルイベルを平手打ちしたら、アレクが一緒に逃げようと言ってくれたり……”アレク”はいつでも、私を守ろうとしてくれたの」


 ユリスはそんなことを呟いた。


 話からすると、“アレク”は宮殿にいるらしい。他の皇子と言うからには、その“アレク”は皇子なのだろう。

 この帝国に、アレクという名の皇子は俺しかいない。そして宮殿に出入りする貴族で、アレクという名の者はいなかった。


「闇の紋を持つ皇子アレク……私のもっとも大事な人」


 極めつけに、ユリスはそう言った。


 俺は思わず天を仰ぐ。


 理解が、追い付かない。


 ユリスは帝国の皇子“アレク”を愛している。世界を旅したり、帝都から駆け落ちしたり、ルイベルや皇帝に反抗したこともあったらしい。


 しかしその皇子“アレク”は、俺ではない。紋章を授かる前までも、やりなおし前までも俺はユリスとそんな思い出を作った記憶はないのだ。


 単に俺たちの侵入に気が付き、俺をからかっている可能性もあるよな……


 だが、演技とは考えられない。

 “アレク”との日々を嬉々として語り、時より切なそうに、悲しそうに語る様は、芝居とはとても思えなかった。


 ユリスの精神状態がおかしく、妄想を騙っているだけとか……


 色々な可能性が頭をよぎるが、でも確かなことは言えない。俺は苦悩するしかなかった。


 アリュシアは口に肉を入れたまま言う


「アレク様……アレク様は今どこにおられるのでしょうね? ローブリオンで店を開いたと思えば、帝都にエネトア商会も世話になっているとは」

「私も気になってたんだ! ユリス様ほどではないですが、アレク皇子も色々な場所で活躍しているみたいですね」


 ユリスは二人が口を開くのに気が付くと、うんと頷く。


「きっと、誰かのために動いていると思う。アレクは無力でも理不尽なことに立ち向かう勇気がある……今頃、友達ができているかもしれないわね」


 今の俺のことを、ユリスはそう語った。


 やはり、今まで語っていた“アレク”は、俺のことなのだろう。


「アレクが自分で動いたことで、状況は好転するかもしれない……いや、すでに好転しているように思えるわ。最後の戦いも、今のアレクならきっと……」


 ユリスはそう言うと、アリュシアとセルナに視線を送る。


「二人とも。これからも私の知っている世界とはずれが生じるかもしれない。それはつまり、予想外のことが起こってくるということ」


 私の知っている世界……ユリスがやりなおし前の記憶を保持しているか、予知する力があるのは確定した。


 やりなおしだとしたら、やはり俺の記憶とはとても合致しないが……


 アリュシアとセルナは口に食べかすを付けたまま真面目な顔に戻る。


「ご安心を、ユリス様。そのために我らを仲間にしたのでしょう」

「美味しいものを食べたからか、なんでも来いって感じです! 私たちがユリス様をお守りします!」


 二人は力強い口調でそう答えた。


「アリュシア、セルナ……ありがとう。いつか、あなたたちのこともゆっくり語りたいわ。 ──あら」


 ユリスは中身のなくなった鍋に気が付く。


 アリュシアとセルナもそれに気づくと、慌てて頭を下げた。


「も、申し訳ございません! むさぼってしまうとは、なんともはしたない……」

「お言葉ですけど、美味しすぎますよ……これ」


 ユリスはそんな二人に笑顔を返す。


「気にしないで。まだ厨房にいっぱいあるから、どんどん食べて」


 アリュシアとセルナは一瞬嬉しそうな顔をした。

 しかしアリュシアはすぐに首を横に振って言う。


「まだ、帰還していない者もおります。私たちだけでは……」

「足りなくなったらまた作るわ。出来立てが一番だからね。さあ、遠慮しないで補充してきて。さっそく、帰ってきた子もいるしね」


 食堂には新しく入ってきた者たちがいた。


「しょ、承知しました! 行くぞ、セルナ」

「了解!」


 そう言って、アリュシアとセルナは厨房へ鍋を持って向かった。


 ユリスはそれを見送ると正面に顔を向ける。


「本当に心強い子たち……今度こそは必ずあの子たちも皆も──アレクも、私が守る」


 誓うように言うと、ユリスは食事に口をつけた。


 正直言って、今の俺はかつてないほどの混乱状態にある。


 しかし今ユリスが口にした言葉が、なにより俺の頭に響いた。


 ユリスは──俺のことを守ろうとしてくれている。

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