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123話 予知

 俺はしばらく、アリュシアとセルナの話に耳を傾けることにした。


 二人ともすでに湯に肩まで沈めているので、目を向けても問題はない……


 しばらくは思い思いの姿勢で湯に浸かる二人だったが、セルナが恐る恐るアリュシアに話しかける。



「……ねえねえ、アリュシア」

「どうした、セルナ?」

「何食べたら、そんなにでっかくなるの? 腹筋もあって痩せているのに、ずるいなあ」


 セルナはそう言って、アリュシアの体へと手を伸ばそうとする。

 しかしアリュシアは体を背け、淡々と答えた。


「何も特別なことはしていない。毎日剣の素振りと運動をして、魔法の練習をする。それだけだ」

「持って生まれたものってことかあ」


 セルナの言葉のあとに、アリュシアは何も答えない。

 少しの沈黙が続くと、再びセルナは口を開いた。


「お父さんはファルディニ家の当主。お母さんはエルリヒト家の出身……どっちも剣術の名家で、代々、珍しい聖の紋章を持っている者を輩出している家系だもんね。私とは何もかも違うなあ」


 アリュシアの両親は、帝国貴族のようだ。ファルディニ家は西部に所領を持つ伯爵で、エスリヒト家は東部に城塞を所有する男爵。どちらも剣術の名家として帝国中に知られている。


 セルナにはその気はなかったかもしれないが、聞く者によっては皮肉っぽく聞こえるかもしれない……


 アリュシアはやはりというか、少し不機嫌そうに答える。


「父も母も、もう関係ない……その話はもうしないでくれと言っただろ」

「ご、ごめん。た、ただ本当にすごいなって」


 慌てて謝るセルナ。


 メーレが呟く。


「なんというか、あの二人、会話がぎこちないね」

「まだ、あまり親密ではないのかもしれませんね」


 エリシアの言う通り、互いに距離感が掴めていないような雰囲気だ。


 セルナは仲良くなりたくて声をかけているのかもしれないが、空回りしているように見える。

 アリュシアのほうも口が上手くないのか話すネタがないのか、気まずそうにしているのが窺えた。


 少なくとも数カ月は一緒にいるはずだが、ユリスの前ではあまり二人で話さなかったのかな?


 再び沈黙が流れるが、やがてアリュシアが口を開く。


「……お前こそ、強力な魔法をいくつも使えるじゃないか。相当な練習をしたんだろ?」

「練習はもちろんしたけど、紋章のおかげよ……この【火精】のね」


 どうやら、あのセルナは【火精】の紋章の持ち主らしい。火と炎の魔法に恩恵がある紋章。

 火の紋章の中でも最強クラスの紋章で、セレーナの【熱血】と同じぐらい希少で強力な紋章だ。


 しかし自分の手に浮かぶ【火精】を見るセルナは、どことなく寂しげだった。


 アリュシアはそれを見て、セルナに身を寄せた。


「前も言ったが……お前のせいではない。お父上は、お前を守るために悪魔となったのだろう。ユリスさまも、そう仰っていただろう?」

「分かっている……でも、私がこんな紋章を授からなければって」

「それは私も同じだ。こんなもの……この【聖剣士】がなければ、母上と生き別れることもなかっただろう。一緒に、平和に暮らせていたはずだ」


 アリュシアの紋章は、【聖剣士】か。聖属性の魔法と、剣術に多大な恩恵を与える紋章だ。


 ユリスの【聖女】には希少さと能力で及ばないが、エリシアの【聖騎士】、リュセル伯爵の【聖者】には匹敵する。


「【聖剣士】……」


 エリシアは、見た目だけでなく紋章も似ていることに驚いているようだ。聖魔法とあらゆる武器の扱いに恩恵のある【聖騎士】は、アリュシアの【聖剣士】とよく似ている。


 メーレが言う。


「私も詳しいわけじゃないけど、二人とも強力な紋章の持ち主みたいね」

「ああ。アリュシアとセルナとも、帝国に十人いるかどうかの珍しい紋章の持ち主だ。だが」


 エリシアが頷いて呟く。


「二人とも、自分の紋章を快く思ってなさそうですね……」

「ああ。持っている紋章が希少なせいで、何か悪いことが起きたんだろう」


 セルナの父は悪魔となった……父が闇の紋章の持ち主で、何かしらの理由で悪魔となったのかもしれない。

 

 一方のアリュシアはいまいち話が見えてこない。


 母と生き別れ……何か悲劇的なことが起きたのだろうか? 


 しかし、やりなおし前に父であるはずのファルディニ伯を見た時、妻はいた。再婚したという話は聞いたことがない。

 それに先程、アリュシアは父も母も関係ないと言っていた。母親を探しているのなら、そんな言い方をするだろうか?


 いずれにせよ、悲しい過去があったんだろうな……


 メーレは顔を曇らせて言う。


「なんか、重苦しい話……」

「風呂は癒しの時間なのに……まあ、それだけ二人とも辛かったのでしょうが」


 エリシアも頷いて言った。


 セルナとアリュシアの間にしばらく沈黙が流れる。


 しかしアリュシアが再び口を開く。


「大丈夫だ……私たちにはユリス様がいる。先の先まで見通すお方。あの方なら必ず、我らをお救いくださるはずだ」

「そうね。今までも、ユリス様のおかげで多くの人を救えた。邪竜や悪魔も順調に倒せている。そうしていれば、私の父も、アリュシアの母もきっと」

「きっとじゃなくて必ずだ。必ず、我らの手に戻せる」


 アリュシアが力強い口調で言うと、セルナも深く頷いた。


 先の先まで見通す……

 ユリスは何か予知をする力でもあるのだろうか。

 しかしその力は、悪魔や邪竜を倒すことに使われているらしい。


 一体、何のためだろうか?


 至聖教団のように悪魔や闇の紋章持ちが憎いからとは思えない。


 純粋に人々のためにやっていると信じたいが……


 セルナはしかしと言う。


「もちろん、ほとんどユリス様の言う通りで間違いないけど、何度か違うことがあったよね」

「ああ。ローブリオンの戦いは起きず、邪龍も見立てより強かった。ユリス様も間違えることがあるらしい」


 アリュシアが今上げた二つの例は、いずれも俺と眷属たちが関与した出来事だ。


 俺の行動が、ユリスの予知を狂わせている……?


 その結果によっては、あの邪龍との戦いのようにユリスの命にも関わってくる。


 自分のしたことがユリスを危機に陥れているとしたら……

 俺は自由に行動してきたことが急に恐ろしくなった。


 だが、セルナはこうも言った。


「それだけじゃなくて、いい結果に変わったこともあったでしょ? 大きい出来事で言うと……ローブリオンの工房で優秀な武器を作ってもらったし、半年後に神殿で悪魔になるはずだったトーレアスは誰も殺さずヴィルタス皇子の仲間によって倒された。しかも、ルクス湾の邪龍との戦いの後は助けてもらった商人から普通じゃ手に入らないような魔導具も得られた」


 どれも、俺と眷属が関与した問題だ。

 

 アリュシアは頷いて言う。


「そうだな。今回も地下のどこかで邪竜が召喚されるはずだったのに、ヴィルタス皇子によって未然に防がれ魔族たちが救われた。話によれば、本当は鼠の王が狼人たちを助けたという話だが……」


 これも俺たちが関与したこと。


 邪竜の召喚……セスターはケルベロスではなく、邪竜を召喚する予定だったということか。恐らく、生贄が足りなかったのだろう。


 もし邪竜が現れていたら大変なことになっていたな……しかしユリスはそれに対応しようとしていたようだ。


 陥落するはずだったローブリオンや、悪魔化するトーレアスもユリスは予知していたんだな。


 予知にも驚きだが、もう鼠の王の噂を掴んでいるとは……


 セルナが答える。


「まあ、どちらにしろ私たちが帝都に戻ったのは無駄足になったけど……でも、何も起きなかったのならそれが一番だからね。ともかく、全部いい方向に進んでいる。私たちは、ユリス様を信じてついていきましょう」

「そう、だな。ユリス様はまだ幼い……計画通りにいかないときは、それこそ私たちの出番だ」

「そうそう。じゃなきゃ、私たちがいる意味がないもの。仲間もどんどん増えていくし、何も心配いらないわ。何より、私たちには天下のアリュシア様もいるし!」


 そう言ってセルナはアリュシアを肘で小突いた。


 慣れないノリなのか、アリュシアは少し照れながら答える。


「任せておけ……お前こそ頼りにしているぞ、セルナ」

「ええ。これからもユリス様を頑張って支えましょ!」

「ああ」


 アリュシアは頷くとゆっくりと立ち上がる。


 目を逸らすとアリュシアの声が響いてきた。


「……さて、体も温まったところだ。そろそろ上がるか。ユリス様も来るかと思ったが、お忙しいのかな」


 セルナも立ち上がったのか、湖面に水が落ちる音が響く。


「なんか、食事を用意して待ってくれているらしいよ」

「なんと、またか……ありがたいが、コックも仲間にしたのに自ら料理されるとは」

「洗濯とかの家事はもちろん、調薬までできちゃう。魔物の解体をてきぱきしているのは、何の冗談かと思ったわ……本当、七歳とは思えない多才っぷりよね。私なんて、魚すら焼けないのに」

「笛もお上手だし、歴史にも通じている。我々では考えられないような教育を受けられてきたのだろうな」

「私も見習わないと……」


 そう言ってアリュシアとセルナは先ほど出てきた扉へと向かった。

 着替えて食事を取りにいくのだろう。


 料理や音楽は分かるが、まさか調薬や魔物の解体までできるとは……


 ユリスは気が付けば本を読んでいるほど勉強熱心だった。だから知識が豊かなのは何もおかしくはない。


 その年齢に似合わないのは、やはり邪竜や悪魔を倒せるほどの腕を持っていることと、こうした組織を作り上げたことだ。それは、予知の力によって可能になっているのかもしれない。


 ユリスが何かしら超常的な力を持っていて強力な組織を率いているのは、ほぼ確定だな……


 しかしそれを人々のために使っていることは間違いない。邪竜や悪魔がいなくなれば、人間の被害は減っていく。至聖教団のように、闇の紋を持つ者を悪魔化させているわけでもない。


 ……だが、ユリスの目的は人を助けることだけなのか?


 エリシアが訊ねてくる。


「アレク様。ユリスさんもおられるようですね。いかがしますか?」

「そう、だな……」


 ユリスの真の狙いをやはり知りたい。

 もし俺たちと目的が合致するなら、協力もできるはずだ。


「……彼女たちを追ってみよう」


 俺たちはセルナとアリュシアが着替え終わるのを待ち、その後を追うことにした。

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