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121話 見えてきた場所

 岩をどけた俺たちは宮殿近くの林から、地下水道へと降りることにした。


 エリシアは聖魔法で光を灯し、階段を下っていく。


「うわ……これはだいぶ、通りにくそうね」


 階段を下りきると、メーレはそう呟いた。


 目に入ってきたのは荒廃した水路。カビの匂いが強く、大きく崩落した場所が目に付く。今まで見てきた地下水道よりもひと際荒れていた。


 とはいえ、俺にとっては見慣れた光景であり、安心感すら覚える……普通の人間はこんな場所を通ろうとも思わないだろう。


 メーレは不安そうな顔で言う。


「こんな場所、本当に通って大丈夫? 昔よく通っていたと言っていたけど、よくこんな道を……」

「すごい道ですね……アレク様が大人びているのは、すでにこういう場所を冒険されてきたからなのですね」


 エリシアは納得したような顔で言った。


 やりなおし前で通ったとは言えない。まあ、やりなおし前で冒険した場所といえば、本当にこの地下水道ぐらいだ。


「……ここだけだよ、知っている場所で危険なのは。ともかく、街側の出口を見てこよう。向こうは特に施錠されてもいないはずだ」

「承知しました! この際ですから、邪魔な岩は私に除かせてください!」


 そう言ってエリシアは岩を壁際にどかしながら、地下水道を進んでいく。


「エリシア……すごい」

「これぐらい、墓守には楽な仕事です。よく墓石を運んでましたから」


 息一つ上げずに岩を次々と壁にどけるエリシアを見て、メーレは驚いた様子だった。

 俺も改めてエリシアの腕力に感心しながらも、周囲の様子を注意深く探っていく。


 入り口が岩で塞がれているのには驚いたが、それ以外に異変はない。

 ネズミもスライムもこちらを見るなり、波が引くように去っていく。


 やがて地下水道の先に、人の入れない鉄柵で塞がれた場所が目に入ってきた。


 鉄柵は錆びており、しばらく誰も手を付けていないのが窺えた。


「これは……これ以上は進めそうもないけど。街側の出口は、ここらへんの壁に隠されているの?」


 そう問われた俺は少し焦る。


 やりなおし前はあの鉄柵をのこぎりで少しずつ切断し、開いたのだ。

 切断されていない今、俺がこの鉄柵の向こうへ行ったとなれば流石に不自然だ。


 エリシアは手袋をはめて鉄柵を握って言う。


「でも、子供ならなんとか通れそうな幅ですね」

「まあ、できなくもないとは思うけど……」


 メーレは少し納得のいかないような顔をして言った。


 俺が本当にここを通っていたのかと不思議に思うのも無理はない。


 たしかに、鉄柵の隙間は、子供ならなんとか通れなくもないように見えた。

 だが全体が錆びており棘のようなものも見える。普通はこのまま通ろうとは思わないだろう。


 一方のエリシアは気にしていない様子だ。

 すぐに深く呼吸をして言う。


「このまままでは、私はどのみち通れません。しばしお待ちを……ふんっ!」


 エリシアは力むように言うと、鉄柵を捻じ曲げ通れるようにした。


 メーレはそれを見て、言葉もないようだ。


「人が作ったものなら、だいたいのものは曲げられそう……」

「そうですか? 私よりもアレク様やメーレの魔法のほうが強力だと思いますが」


 エリシアはそう言うと笑顔を見せ、俺に振り返る。


「アレク様。先へ向かいましょう」

「あ、ああ。ありがとう」


 俺はそう言って、鉄柵の向こうへ出た。


 そこからは数歩で、壁に扉のような場所が見えてくる。


「あったあった。ここを開けて階段を上がると、地上の小さい水路の脇に出る。そこから梯子を上がれば帝都の街だ。ここだけじゃなく、この先にも地上への入り口がたくさんある」

「なるほど。でも、誰かがこの水道から宮廷に入ってきそうね」

「基本的にスライムや蝙蝠がいるから誰も近寄らないけど……それでも鍵を」


 やりなおし前は鍵を付けていた、と言おうとしたがすぐに訂正する。


「鍵をしておいたほうがいいかもな」


 エリシアも頷いて言う。


「入り口の穴や鉄柵もユーリたちに手直ししてもらいましょう。ゴーレムたちにはもっと通りやすいように整備してもらおうかと」

「ああ、そうしてくれると助かる」


 メーレはしかしと呟く。


「地下水道を通れば、本当にどこにでも行けそうね。まだまだ知らない水道もありそう」

「そうだな。俺が知る限り、宮廷と外を繋ぐ水道はここだけだが」


 俺はそう言うと、もと来た入り口のほうへ振り返る。


「ともかく、この水道が使えることは分かった。宮殿に戻ろう」


 俺はそう言って、水道を戻ることにした。

 鉄柵は誰かが入らないように、エリシアが再び曲げて元の状態に戻す。


 それから入り口近くに戻ると、メーレが前方を見て呟いた。


「そういえば、あっち側はどこへ繋がっているの? ちょうど、宮殿の建物の下のほうだよね?」

「ああ、そっちは行き止まりだ。壁になっていて、その壁に水が出る噴水が付いている」

「言い方が正しいかは分からないけど、この水路の水源なのかな」

「そういうことだ。まあ、せっかくだし見てみようか。数十秒で着く」


 そう言って俺は、市街とは反対方向へ地下水道を歩いていった。


 次第にじゃぶじゃぶと水が勢いよく注がれる音が響いてくる。


 エリシアの聖魔法の光は、やがて行き止まりである壁と噴水を照らした。


「本当に行き止まり……うん?」


 メーレは噴水を見て何かに気付いたようだ。


 俺もすぐに異変に気が付く。やりなおし前は気が付けなかったが、噴水周りの彫刻に魔力が宿っているのだ。


「以前は魔法が使えなくて気が付けなかったが……魔力が宿っているな」

「もしかして、何かの装置なんじゃ」


 メーレの言うように装置の可能性が高い。

 噴水の上の彫刻は取っ手付きの扉のような意匠になっている。


「何をすればいいかは分からないが……この取っ手の魔力を引っ張るとか──っ!?」


 取っ手の魔力を引き寄せると、噴水の水が止まり壁が動き始めた。


 壁は横側へと動いていくと、歩廊側の壁に収納されていく。


 そうして壁が取り除かれると、俺たちの前に再び新たな水路が現れた。


「まさか、さらに隠し通路があるとは!」


 エリシアが驚いた様子で言った。


 俺もまさか、この地下水道にこんな仕掛けがあるとは思わなかった。


 メーレは少し笑みを浮かべて言う。


「行く、しかないよね?」

「ああ、興味がわかないわけがない」


 この先は、宮殿の建物のちょうど地下にあたる。

 他の隠し通路が見つかるかもしれない。


 そうして俺たちは、新たに現れた水路の脇を進み始めた。


 こちらは崩落した箇所もなく、床や壁が綺麗だ。また、ネズミやスライムもいなかった。


 非常に歩きやすい……しかし、俺の足取りは重くなっていった。


「綺麗、すぎる……定期的に修繕されているだけじゃなく、日ごろから掃除されているみたいだ」

「じゃあ、ここは」


 俺は足を止めてメーレに頷いて言う。


「誰かが、ここを整備している……」


 エリシアは難しい顔をして言う。


「宮殿の地下へ続くとなると、お父上たちだけが知る隠し通路でしょうか? それで整備されているのかもしれませんね」

「皇帝だけに伝わる秘密の抜け道……それはありえそうだな」


 今の帝国の技術で先程の魔法の隠し扉を作れるとはとても思えないが、昔作られたものを使い続けてきた可能性はある。


 メーレが答える。


「どうする? この先に見張りがいるかもしれないよね?」

「相手が人間なら特に問題はないだろう。俺たちは姿を隠せるからな」

「じゃあ、このままいく?」


 その問いかけに俺はすぐに頷けなかった。


 これが本当に皇帝の隠し通路である保証はない。


 別の誰か……強力な技術力を持った者が占有している可能性がある。

 もっと言うと、リュセル伯爵の秘密の拠点があるのでは。

 そんな懸念もあった。


 とはいえ、今の時点では判断材料が少なすぎる。

 それにリュセル伯爵の拠点であるなら、すぐにでも潰しておくべきだ。


「進もう……何であっても、重要な場所のはずだ」


 そう言って俺は再び水路を歩き始めた。


 だが慎重に──闇魔法で姿を隠し音を消し、魔力の反応を警戒しながら進む。


 やがて、水路の先に魔力の濃い反応が広がっていることに気が付く。


 地下闘技場の時と一緒……いや、その時より強力な魔力の反応が広大な空間を覆っていた。龍眼で覗こうにも覗けないし、あの魔力の反応の中に誰がいるか何があるかは分からなかった。


 これはやはり、リュセル伯爵の隠し拠点だろうか?


 さらに進むと、やがて壁に蝋燭がかけられているのが目に見えてきた。


 やはり誰かがここを使っている……


 しかし水路には、魔力の反応との境界を遮る扉や壁はなかった。


 つまりは、歩いて魔力の中へ侵入できる。


 俺はそのまま水路から魔力の反応の広がる区域へと侵入した。

 魔力で他者を判別できないため、慎重に進んだ。


 やがて水路の先に開けた場所が見えてきた。


「あれは……」


 エリシアは思わず声を漏らした。


 水路の先は、広い湖のような場所になっていた。

 そしてその中央には──葉がわずかについた大木が生えている。


「あれは……聖木?」


 アルス島の地下にもあった聖なる木。

 湧水を浄化してくれる木だが、アルス島のは最初闇の魔力に蝕まれていて俺たちが元の状態に戻した。


 ここの聖木は闇の魔力に蝕まれているわけではない。また、アルス島のと比べ、幹も髙さも倍以上はあった。


 だが、幹に比べ枝はやせ細り、さらに枝についた葉は僅か。弱っているようにも見えた。


 エリシアが呟く。

 

「こんな場所にもあるなんて……」

「アルスも帝都も、もとは古代の帝国人が築いた都市だ。アルスを創った人たちは、この帝都の湖をモデルに同じものを作ったんだな」


 ドーム状の天井と、円形の空間。アルス島のものと構造はほぼ同じと言っていい。


 違うのは広さぐらいか。


 メーレが整理するように言う。


「じゃあ、この湖自体はあって特別おかしいものじゃないってことだね」

「ああ。だから、ここを管理している者……その正体が問題だ」


 単に皇帝の秘密の通路か、あるいはあのリュセル伯爵の拠点か……


 俺が注意深く周囲を眺めていると、エリシアが何かに気が付くような顔をする。


「……アレク様。あちらの壁の出入り口が見えますか? あそこから今、足音が」


 エリシアの言う出入り口を探すと、そこからはたしかに足音のようなものが響いてきた。


 しかも一人のものではなく、複数人の足音だ。


「近づいてくるな……」


 注意深く魔力を探るも、この濃い魔力の中では足音の正体を判別することはできない。


「……危険だが、ここは隠れたまま目視で足音の正体を確認しよう」

「かしこまりました」

「わかった」


 エリシアは刀の柄に手をかけ、メーレもいつでも魔法を使えるようにして待機する。


 そうして俺たちは足音の正体が来るを息をひそめて待つのだった。

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