12話 冒険の支度!
「見た、あの人?」
商業区を歩いていると、すれ違う誰もがこちらに顔を向けてきた。
呪われた子だと俺を拒否しているわけではない。皆、エリシアを見ているのだ。
「エリシア……嫌じゃない? 眷属の姿」
長い金髪を風に靡かせる、長身の美女……目立たないわけがない。
「まさか! 歩くのも早いですし、前よりも力持ちになった気がします」
「それならいいんだが……」
「それに、この金色の髪……母を思い出すんです」
「お母さん? そういえば、エリシアのお母さんは」
「人間です。あの修道院に預けられたのが五歳のときですから、ほとんど記憶がないんですけどね……」
エリシアの母は人間で、父はオークか。
「名前も?」
エリシアはこくりと頷く。
「はい。どこにいるのかさえも……でも、ちゃんと父も母も仲良く暮らしていたのを覚えています」
そう言って、エリシアは自分の金色の髪を撫でた。
気に入っているなら、眷属のままでもいいか。
とはいえ、今後は気を付けないとな……眷属についてはデメリットがないからよかったが、悪魔にまたうっかり変な魔法を使わされてしまうかもしれない。
そういえば、悪魔がやけに静かだ。
おい、生きているよな?
<……そこよ! いけいけ! よっしゃあ、一着!>
なんだろう。頭の中で競馬でもやっているのかな。
どうやってやっているのかは知らないが、俺の見ていたものに影響を受けたのかもしれない。
出るのは当分無理と諦めたのかも。
俺のほうも、とりあえず一頭馬を用意した。
ホーリーシャドウと同じように、バイコーンと普通の馬の混血。安いが体力も速さも普通の馬より優れているのを俺は知っている。
「さて、エリシア。必要な物は揃った?」
「はい。衣服に寝袋すべてそろいました! ここにはないですが、道具や寝袋も宮廷に運んでもらってます」
「そうか。うん? でも、エリシアのが」
着替えは全て俺のものだ。
「アレク様のお金を使うなどできません。私は後で給料から」
「いや、エリシア。遠慮しないで買ってくれ。歩けば三十日の長旅になる。良い物を買っておくんだ」
「ですが……」
「いざとなったら、エリシアしかいない。俺を守るためにも」
「承知いたしました! でしたら、その、下着はぜひ殿下に」
「えっと……エリシアって、あまり買い物したことがない感じ? 悪いけど、俺は女性モノの下着は詳しくなくて」
エリシアは真顔で答える。
「……まさかこんな真面目にお答えになるとは」
そんなところもなんちゃらと小声でぶつぶついいながら、エリシアは何かを思い出したような顔をする。
「そういえば、買い物のあとに寄るところがあると仰ってましたよね」
「そうそう。エリシアに、冒険者の登録をしてもらおうと思って」
「冒険者、ですか? あの、魔物退治を専門とする」
「そう。でも、冒険者ギルドには、商人ギルドとかじゃ受けられない小さめの荷物を運ぶ仕事もあるんだ。それを受けながら、街を移動しようと思って」
「なるほど。お金が稼げますね」
「そういうこと。あと、色々周辺地域の情報も手に入るし。途中で、売れそうなものを採集したりして、それを売れば」
それを聞いていたエリシアは、うっとりした表情で言う。
「なんだか、お金の話をするアレク様……素敵です!」
「ふふ……そうだろう? お金は裏切らない」
ついついやり直し前の口癖が出てしまった。
まあともかく、何かとお金は便利だ。安心で豊かな生活のためにも、お金を稼いでいこう。
「ですが、私に冒険者の資格が取れるでしょうか?」
「基本的には、試験を受けることになるね。でも、エリシアの紋章なら大丈夫」
「紋章がですか?」
「そう。紋章の種類によっては、冒険者資格の試験が免除されるんだ。逆に闇の紋章持ちは、そもそも資格が取れない……」
帝国だけでなく、他の国でもそうだ。魔物が、悪魔化を誘発すると広く信じられているせいでもある。
「紋章で区別するなんて許せませんね! 私が文句を」
「まあまあ!」
怒るエリシアを俺は落ち着かせる。
見た目は穏やかそうだが、結構頭に血が上りやすい。
オークの血かな……
「エリシア。どの道、十二歳にならないと冒険者にはなれないんだ。ともかく、エリシアだけでも登録を済ませてくれ」
「そういうことでしたら……」
その後、エリシアの服や装備を買いこみ、ギルドへ到着する。
堅牢そうな石造りの建物に入ると、中は武装した冒険者で賑わっていた。
「酒場のような雰囲気ですね」
「俺も初めて入るな。たしか、受付で申請するんだ……うん?」
受付に顔を向けると、そこから出口に向かって歩く者たちが。
重厚な鎧に身を包んだ騎士風の女性、立派なローブの女性魔導士……そして司祭服に身を包んだ、俺と同い年ぐらいの女の子がいた。
皆、仮面を付けていて顔は分からない。
だが、女の子のさらさらとした銀髪がどうにも俺を目を引いた。
「……アレク様?」
「え、あ、ごめん」
ユリス……なわけないよな。
俺の婚約者であるユリスも、銀色の髪を伸ばしていた。だが、今通った子の髪はショートに切り揃えられていた。手には白手袋が嵌められており、紋章は読めなかった。
「アレク様……ああいうお方が好きなんですね」
「そういうわけじゃない……ただ、子供が珍しいと思っただけだ」
「たしかに。冒険者になれないのに」
「あるいは、冒険者を雇った子かもね……ともかく、登録を済ませよう」
「はい!」
そのまま俺たちは受付へと向かう。
はきはきとした声で受付嬢は答えた。
「貴族の方ですか?」
「えっと……はい。今日は従者の冒険者登録に」
「あら奇遇」
「え? もしかして、先程も貴族の人で?」
「ああ、ごめんなさい。冒険者でない方の情報なので……」
教えられないということか。
「ごめんなさいね……それでは、従者の方、こちらの水晶に手を」
「はい」
エリシアが水晶に手をかざすだけで、受付嬢は驚いた。
「【聖騎士】!? なんと……資格試験は免除させていただきます」
【聖騎士】という言葉が聞こえたのか、急に周囲もざわつきだす。
「今日はすげえ新人が多いな」
「こりゃ、帝都周辺から仕事がなくなるんじゃねえか」
冒険者たちの話からするに、さっきの者たちもやはり貴族とその従者だったんだろうな。
「こほん……また声が大きくなってしまいました、ごめんなさい。では、こちらがギルドカードとなります」
冒険者を証明するギルドカードだ。
「これがあれば、帝国のどのギルドでも依頼が受けられます。また倒した魔物の買い取りも行っていますので、どうかご利用くださいね!」
「はい、ありがとうございます」
エリシアはギルドカードを受取った。
ぱっとクエストボードを見たが、ティアルスまでの道中の街への輸送任務もある。
それを受けて、旅をするとしよう。
そうしてギルドを出た俺たちは、宮廷へと帰ることにした。
「これで明日には出発できるな。しばらく帝都ともお別れだ」
「寂しいような、ワクワクするような……も、申し訳ありません、メイドの分際で!」
「いや、俺も同じ気持ちだ」
やり直し前は、帝都の外に出たことがなかった。
「せっかくだし、今日は甘いものでも買って帰ろう。しばらく、豪華なものは食べられなくなるからな」
「それなら、リーナが良く買ってきてくれた美味しい菓子屋があります。クリームが美味しいんです」
「じゃあ、そこにしよう」
そうして俺たちは、明日の帝都出発に備えるのだった。