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106話 説得

 狼人たちをただ助けるのは容易だ。


 このまま檻の錠を解き、どこか別の階段から地上へ逃げてもらう。

 あるいはもっと単純に、俺が《転移》で地上の適当な場所に連れていけばいい。


 しかし、その後狼人たちがどうなるかは想像に難くない。


 先ほどの衛兵たちに追われる身となる。

 捕まらないように引きこもるか、帝都を出ていくしかない。そうまでしても捕まらないとは言い切れないのだ。


 ならば、アルスに……そうも考えたが、彼らとその家族が今の生活を捨ててまで受け入れてくれるかは分からない。


 彼らが受け入れてくれたとしても、魔族を違法に捕らえる連中はそのまま存在することになる。

 今後、他の狼人や魔族が狙われる可能性もある。


 だからここは、彼らにも手を貸してもらうのが一番だ。


 もちろん断られる可能性もある。

 人間だと知られれば警戒もされるだろう。

 ここは素顔を隠して交渉しよう。


「……エリシア、メーレ。一旦必要なものを取ってこよう。素顔を隠して話したい」


 俺はそう言って商会の会長室へ《転移》した。


「あれはどこに……おお、あった」


 俺は棚上に飾られた黒い仮面で顔を覆う。


 これは以前、セレーナが商会再会を祝した宴に買ってきてくれた仮面の一つだ。


 仮面なんか宴にしか使わないと思っていたが、こんなことで使うことになろうとは。


「二人も仮面をつけてくれるか?」


 メーレは悪魔が笑っているような顔の仮面を手に取ると、少し戸惑うような顔で言う。


「なんかヘンテコな仮面だね……」

「俺が選んだわけじゃない、セレーナが選んだんだ」

「セレーナのセンスの悪さには驚かされますね……でもアレク様は何を付けてもお似合いですよ!」


 エリシアは凶相のオークの仮面をつけて言った。


「よし、次はローブと食料だ」


 それから俺はアルス島の倉庫に《転移》した。

 そこでフードのついた雨除け用のローブを着ていると、倉庫で種を齧っていたティアが声をかけてくる。


「あ、アレク様っすか? そんなヘンテコな格好してどうしたっすか?」

「理由があるんだ。それよりもティア、頼みがある。近くの鼠人を十名近く集めてくれ。皆、俺のように顔を隠す変装をして欲しい。それから水の入った樽と干し魚の入った袋を持って集まってくれ」

「りょ、了解っす! お前ら来るっす!!」


 ティアはそう言うと、すぐに鼠人を集めながら倉庫の外に向かった。


「チュー! 準備完了っす!」


 数分もしないうちにティアたちは支度を整え、集まってくれた。

 樽や袋を背負い、雨除け用のフードを被っている。口もマスクで隠し、一目では鼠と分からない。


「よし……それじゃあ、今から一緒に地下水道へ行く。俺が呼んだら、エリシアは回復魔法を狼人たちにかけてくれ。ティアたちは檻の者たちに水と魚を配るんだ」


 皆がこくりと頷くと、俺は一度地下水道の水路へ《転移》し衛兵たちがいないか確認する。

 それからもう一度アルスに戻り、皆と共に地下水道へ《転移》した。


 そうしてようやく、俺は檻へと向かった。


「……ん? だ、誰だ、お前たちは!?」


 変装した俺たちを見て、狼人たちは驚いた。

 皆、檻の奥のほうに逃れ怯えている。


「安心しろ。俺たちはお前たちを助けにきた」

「ほ、本当か!?」

「ああ。弱っている奴には回復魔法をかける。水と食事も用意した」


 俺が言うと、エリシアが狼人たちに回復魔法をかけていく。

 またティアたち鼠人は水と魚を分け与えていった。


 しかし、狼人たちの中には水と食事に口をつけない者も多かった。

 どこからともなく現れた俺たちを警戒しているのだろう。


「チュー。この魚、すっごく美味しいっすよ。水もほら」


 ティアはそう言って魚を食べ、樽の水を口に流し込んだ。


 それを見た狼人たちはやがて続々と魚と水に口につけていく。


 そんな中、一人の狼人が言う。


「あ、ありがとう! 檻の鍵も早く開けてくれ!」

「悪いがそれはできない」


 その言葉に狼人たちは顔を青ざめさせる。


 最初に声をかけてきた狼人が訊ねる。


「な、なんでだ? 助けてくれるんじゃなかったのか?」

「檻を開けるのは簡単だ。だが地上に戻ったとしてどうする?」

「そ、それは……他の衛兵や役人に通報して……」

「無実を主張して、信じてくれる連中だろうか?」


 狼人は黙り込んでしまう。

 自分たちが日頃からどんな目で見られているか知っている。


 しかし別の狼人が口を開いた。


「なら、帝都から出ていくわ!」

「逃げ切れる自信と身を隠せる当てがあるならいい。だが、大丈夫と言い切れるか?」

「そんなこと言ったって……それ以外にどうしろって言うのよ?」

「さっきの衛兵たちとその仲間の悪行を明るみにすればいい。そうすればお前たちの汚名は晴れるし、彼らから誘拐される恐れもなくなる」


 狼人たちは首を傾げる。


「明るみにする? お前も今、役人は俺たちを信用しないって言っただろ?」


 俺はその問いに頷く。


「ああ。役人はそうだろうな。しかし、大衆の知るところとなれば、役人も認めざるを得ない。トーレアス商会の地下で捕まっていた魔族のことは知っているだろう?」

「あ、ああ。地下から脱走したところ誰も誘拐を信じてもらえなかったが、そこにヴィルタス皇子がいて……まさかあんたたち」

「皇子が仲間というわけじゃないがな。だが、あれは俺たちが仕組んだことだ」


 ざわつき始める狼人たち。


「ま、まじかよ」

「ずいぶん都合がいい時にヴィルタス皇子がいたなと思ったんだ」


 ヴィルタスの名を出しただけで彼らの反応が変わった。

 帝都の魔族の間では、ヴィルタスが魔族に友好的であることは知られている。


 勝手に名前を使うようで悪いが、あいつも以前俺を利用した。

 それに、実際にあいつを頼ろうというわけじゃない。


「あの時、俺たちはトーレアス商会の悪行を世間に暴露できた。今回も同じように、お前たちを誘拐した黒幕を陽の当たる場所へ引き摺り出したい。だからそれには、お前たちの協力が必要なんだ」

「衛兵の言ってた奴ら……引き取り手がやってくるまで明後日まで待ちたい、ってわけか」


 狼人の問いに俺は頷く。


「そうだ。それまで水と食事は持ってくる。黒幕を探り当てるまで耐えてくれないか?」


 狼人たちは顔を見合わせた。

 そしてしばらく皆考え込む。


 やはり素顔を見せないと信用してもらえないか……


 しかし狼人の一人が口を開いた。


「俺は、あんたを信用したい。あんたの言うとおりただここを出たって変わらない……」


 その言葉を皮切りに、他の狼人からも同調するような声が上がる。


「そうね。今出たらむしろ家族や仲間に危害が及ぶ……」

「冤罪が晴れる可能性があるなら、それがいい……今の仕事気に入っているんだ。やめたくねえ」

「そもそも俺たちは無実だ! このまま罪人扱いなんて嫌だ!」


 狼人たちは皆俺に顔を向ける。


「あんたの言うとおりにする! 俺たちの無実を証明してくれ!」

「ああ、必ず疑いは晴らす」


 俺は深く頷いて答えた。

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