表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

104/188

104話 ずれゆく世界

「久々の帝都! 楽しいですね、アレク!」


 エリシアは俺の手を握りながら言った。

 なんだか上機嫌だ。


 俺とエリシアは今、帝都の万国通りを歩いている。


 アルスの資金を稼ぐため、何か売れそうなものはないか。

 あるいは悪魔や天使に関する情報がないか。 

 特に決まった目標はなく、情報収集中だ。


 人ごみをかき分けながら万国通りの店を見たり、人々の話に耳を傾けていた。


 ユーリ、セレーナ、ラーンもこの万国通りに来ているが、俺たちとは別行動だ。


 単純に別れた方が情報が手に入りやすいだけでなく、あまり同行者が多いと目立ってしまう。

 俺の顔を知るやつに気付かれると嫌なので、別々の行動となった。


 もっと言えば一人のほうが都合が良かったが、そこはエリシアたちが許してくれず……結果、エリシアが同行することで落ち着いた。


 だから俺は今、街の人らしく白シャツに短パンという格好をして、エプロンドレスを着るエリシアと手を繋いで歩いている。


 振り返ると、そこには興味深そうに街並みを観察するメーレがいた。

 メーレも初めての帝都ということで、一緒に回っている。


「メーレ、帝都はどうだ?」

「本当に人が多いね。こんなに人が多い街があるなんて」

「この世界で人間が最も集まる街だからな。もちろん魔族も住んでいるが」

「人間も魔族も、いろいろな人がいる……これだけいるなら、お姉ちゃんもいそうな気がしてきた」

「人に紛れていたり……あり得そうではあるな」


 悪魔の中でも、黒衣の女メリエは強いと見ていい。

 人に化ける魔法を使えてもおかしくない。


 エリシアは呟く。


「しかし、万国通りはいつも平和ですね」

「そう、だな」


 あまりにも平和な帝都を見て、あることに気がつく。

 

 やり直し前、帝都の人々は常に不安そうにしていた。


 しかし今は、そうではない。


 その理由の一つは、やはり外的な脅威がないからだろう。


 俺は以前、陥落するはずだったローブリオンを助けた。


 やり直し前、魔王国はそのローブリオンを橋頭堡に帝国南部へ侵略を繰り返していた。

 帝都の人々は常に侵略に怯えていたのだ。


 しかし今、誰も魔王国なんて言葉を口にしていない。

 どこか他の国に攻められているわけでもなく、皆平和を謳歌していた。


 自分のおかげだなんて言いたいわけじゃない。


 ただ、やり直し前とは世界が変わってしまっている……

 魔王国の者たちの戦略も変更を余儀なくされているはずだ。


 もちろん考える者たちはそうそう変わらない。

 ローブリオンでは青髪族たちを利用しようとした。

 今後も魔族を使おうと企んでいる可能性もある。


 帝都は警備が行き届いているから、そう簡単にはいかないだろうが。

 万国通りだけじゃなくて、魔族たちの多い地区を見る必要もあるかもな……


 メーレが俺の顔を覗き込んで言う。


「何かあった?」

「ああ、いや。別の通りも見てみようかなって。それよりもメーレは大丈夫か? 人混みがすごくて、疲れたんじゃないのか?」

「そんなことは……いや、お腹は減ったかもしれない」


 メーレの視線は、飲食店のテラス席に向けられていた。

 細長いグラスにチョコレートが注がれていて、上にクリームなどが乗せられている。

 とても甘そうなパフェだ。


 俺の好みではないが、メーレはそれを興味深そうにじっと見ている。


「よし、あの店で食べるか」


 しかしメーレは慌てて答える。


「ご、ごめん。食べるならアルス帰って魚をもらうから大丈夫」

「そこまで余裕がないわけじゃない。たまには外食もいいだろう」


 俺が言うとエリシアもうんうんと頷く。


「で、でも」

「遠慮するな。何か商売のヒントがあるかもしれない」

「たまには甘えることも重要ですよ、メーレ。さあさあ、いきましょう」


 エリシアはそう言ってメーレの手を引き、飲食店へ向かう。


 そうして俺たちは飲食店のテラス席で食事をすることにした。

 俺はパンでも頼むつもりだったが──エリシアがすぐに店員へ三人分のパフェを頼んだので、それをいただくことにした。


 到着したパフェは見た目ほど甘くなく、甘党でない俺でもちょうどいい甘さだった。


「……美味しい。こんな食べ物があるなんて」


 メーレは俺の闇魔法を見た時以上に驚いていた。

 こういう手の込んだものは食べたことがなかったのだろう。


 エリシアも食べながら言う。


「本当に美味しいですね。クッキーやミントの盛り付けも綺麗ですし、熟練の料理人が作ったのでしょう。通りも見渡せますし、いいお店ですね」

「アルスにもこんな場所があればな」


 今のアルスも決して悪くないが、こういう店のような場所も増やしていきたいところだ。


 パフェ自体はあっという間に食べ終えてしまい、皆で食後の茶を飲む。


 そんな中、何やら通りのほうが騒がしくなってきた。


「うん? なんかあったのか?」


 騒ぎに目を向けると、人が何かを避けているようだった。


 そして人だかりの視線の先には、追う者と追われる者がいた。


 鎧の男たちが、ボロ布を纏った狼頭の者を追っている。


 追っているのは衛兵のようだ。

 追われているほうはおそらく魔族だ。狼人と呼ばれる魔族だろう。


 衛兵が追いながら叫ぶ。


「泥棒だ!! その狼人を捕まえてくれ!!」

「俺は無実だ!! 何も取っていない!!」


 狼頭──細身の狼人はそう答えて逃走を続ける。


「任せろ!」


 通行人の一人はそう言って足を出し、人狼を転ばせた。


「っ!?」

「今だ! 捕まえろ!!」


 転んだ人狼に衛兵の男たちが覆い被さる。


 人狼はバタバタと抵抗しながら叫ぶ。


「俺は何も奪ってねえ!!」

「嘘をつけ、この盗人が!! ……ほら、この金貨! 店から奪ったやつだ!!」


 衛兵の一人は狼人の袖の下を弄ると、一枚の金貨を取り出して掲げた。


 狼人は必死の形相で訴える。


「そんな金貨知らねえ! 俺のじゃねえよ!」

「当たり前だ! お前のような薄汚い魔族が稼げるようなものじゃない!!」


 衛兵が言うと、周囲は狼人に軽蔑の眼差しを向けた。


「また魔族か」

「本当、泥棒するしか能がないのかしら」


 誰も助けてくれない中、狼人は衛兵に手枷と足枷をはめられる。


「俺は何も知らねえ……ただ、仕事があるからってあの店に……いや、騙されたんだ! 誰か、助けてくれ!! 俺ははめられたんだ!」

「黙れ!! さっさと歩け!!」


 立たされた狼人はなおも抵抗しようとするが、衛兵たちに殴られ倒れ込む。

 衛兵の暴力は止まらず、蹴られ続けた狼人は気を失ってしまった。


 メーレは思わず声を震わせる。


「ひどい……話も聞かないで一方的に」

「メーレ……気持ちはわかりますが、どうか手は出さないでください。それにこういう光景は、珍しくも何もないのです」


 エリシアは真剣な表情で呟いた。


「おい! それぐらいにしておけ! 死んだらどうする」


 声を上げたのは荷馬車の御者だった。


 御者は荷馬車を止めて言う。


「乗せていけ。連れていくぞ」

「へいへい」


 その言葉に衛兵たちは狼人を荷馬車の荷台へ投げ込んだ。


 衛兵隊と契約している御者だろうか?

 それにしては到着が早いな。


 狼人を乗せた馬車は衛兵たちとその場を離れる。


 それを街の人間は冷ややかな目で見ていた。


「しかしここら辺は最近多いな、魔族の泥棒」

「仕事がないんだろう。戦でも起これば仕事にありつけるんだろうが、平和なこのご時世にあんなやつらを使うやつは誰もいねえ」


 命のかかる危ない仕事でもなければ魔族は食っていけない……実際のところ、魔族はそういう環境下で生きている者が大半だ。

 だから魔族の泥棒も珍しくない。


 ローブリオンが陥落していれば、魔王国との戦いで多くの人が駆り出される。

 あの魔族も仕事にありつけたのだろうか──そんなことも考えてしまった。


 だが今はそれよりも腑に落ちないことがある。


「なんか、違和感があるな」


 俺が呟くと、メーレが訊ねてくる。


「違和感?」

「馬車の到着があまりに早い。たまたま通りがかったか近くにいただけかもだが……」


 それにと俺は続ける。


「そもそも店の金貨を盗もうとして、一枚だけ盗むだろうか。金貨だけじゃなくて、銀貨や銅貨だってあったはずだ」

「気付かれないように一枚だけ盗んだ可能性や、一枚だけあったのを盗んだ可能性もありますが……少し妙ですね」


 エリシアの声に俺は頷いた。


「前の衛兵はあんなに暴力的じゃなかった。衛兵が通行人に捕まえてくれって言うのも変だ。最近、魔族の泥棒が増えていると言うのも気になる」


 俺は席を立ち上がる。


「……食事も済んだことだ。少し尾けてみるか」


 エリシアもメーレも席を立って頷く。


 そうして俺たちは捕まった狼人の後を追うことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング ランキング参加中です。気に入って頂けたら是非ぽちっと応援お願いします!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ