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103話 足踏み

 メーレを仲間にした俺たちは、忙しくも平和な日々を送っていた。


 まずは、ティカとネイトに探らせていた至聖教団。


 彼らは相変わらず俺の弟ルイベルからの信用を取り戻すことに躍起になっているようで、大きな動きは見せていない。


 また、ティカたちにはその日に関する情報も調べてもらった。

 至聖教団の拠点や、指導者であるビュリオスの私室に至るまで徹底的に。

 そこまでしても、その日やそれに近い言葉は見つからなかった。


 結論として、至聖教団はその日について知らないと見て良い。

 少なくとも、その日をすぐに起こそうとしているようには見えない。

 裏で天使が操っているという可能性はなくはないが……


 ともかく、現時点では拝夜教団だけがその日を信じていた可能性がでてきた。

 やはり、そこまで心配することではないのかもしれない。


 それでもメーレの姉メリエが生きていれば、その日のために今も動いているはず。

 仲間がいる可能性もあるし、今後も情報収集を続けるつもりだ。


 また、メーレに闇魔法が使えないか試してもらった。

 だが、使おうとすると悪魔の声が聞こえると苦しそうにするので、すぐにやめさせた。

 俺の眷属というだけでは闇魔法を使えないようだ。


 しかし、特に問題はない。

 皆、俺が闇魔法を付与した魔導具によって疑似的に闇魔法を使えるのだから。


 メーレたちメルウェム人も、この地域の魔鉱石を活用し魔導具を作っていたそうだ。

 その技術を用い、悪魔となったメリエが霊を使役する闇魔法の魔導具を作っていたとも教えてくれた。


 そのため、メーレは魔導具に関する知識が豊富だった。 

 今は昔使っていた魔道具の製法をユーリたちに教えてくれている。


 次にティアルス本土の開拓も始めた。

 ヴェルムとティール湖の間で、成長の早いカブなどの種子をとりあえず実験的に埋めた。

 魔物が寄り付くかどうかも含め、しばらくは観察が主になりそうだ。


 そんなこんなで、一か月ほどが経った。

 今はヴェルムで俺たちを閉じ込めた異空間を作る闇魔法を、メーレの助言で再現している。


 この魔法を、俺は《闇檻》と名付けた。

 誰かを閉じ込めるのはもちろん、身を隠したり逃げ込むことができそうだ。

 あるいは魔法の実験にも使えるだろう。


 メーレは俺の作った《闇檻》を見て、唖然としている。


「すごい……こんなに素早く展開できるなんて。私がこの闇魔法を使った時は、一か月以上かけて貯めた魔力で展開したんだよ」

「ありがとう……メーレがそう言うなら、遅くはないんだろうな」


 今まで、闇魔法の比較は悪魔や邪竜としかできなかった。

 彼らの闇魔法やメーレの驚き方を見るに、俺の闇魔法はそれなりに強力であることは間違いないようだ。


「でも、これは【深淵】のおかげだよ。俺は本来、他の魔法は全く使えなかったし」


 俺が言うと、メーレは少し寂しそうな顔で呟く。


「紋章によって魔法の上達……いえ、持ち主の人生に大きく影響する。それは、この時代でも変わらないみたいね」


 メルウェムは、闇の紋章を持つ者を崇敬し保護する国。

 紋章が何であるかは重要だったはずだ。


「紋章……こんなものがなければな」


 俺の口から思わずそんな言葉が漏れた。


 するとメーレも小さく頷く。


「本当にね…… でも、あなたはやっぱりすごいわ。闇魔法なんかなくても」

「俺は闇魔法がなければ何も……うん? あれは」


 俺は困ったような顔でやってくるユーリを見つける。


「どうした、ユーリ?」

「アレク様。その……私の仲間の話、覚えていますか?」

「ああ。各地に散らばっている同族のことか。アルスへ勧誘してくれていたんだったな」


 ユーリたち青髪族はもともと、人間とサイクロプスの混血である魔族。

 今は人の姿をしているが、俺の眷属になる前は皆一つ目で人間よりも大きな体を有していた。


 そのサイクロプスの魔族はユーリたちだけではなく、帝国中に散らばっていた。


 ユーリはその魔族たちにアルスへ移住するよう誘いの手紙を出してくれていたのだ。


 アルスの人口が増えるのは大歓迎。

 しかもサイクロプスの魔族たちは皆、鍛冶など手先が器用な者が多い。

 アルスの発展に大きく寄与してくれると俺も期待していた。


「色々な街の仲間に手紙を送ったんですが、だいぶ返事が返ってきて皆ぜひ移住したいと言ってくれました。アレク様の眷属になるのも抵抗がないみたいなんですが……」


 ユーリが言わんとしていることはだいたい分かる。


「ユーリたちもそうだったが、皆熟練した職人……雇い主は手放したくないだろうな。それに皆、今住んでいる場所を離れるのも一苦労のはずだ」

「っ!? そ、その通りです!」


 ユーリは驚いたようだが、少し考えれば分かることだ。


 魔族はだいたい劣悪な環境で働かされていることが多い。

 街を移動する蓄えがあるとは思えない。


 それにローブリオンの鉄鎖のように、ユーリたちは熟練を要求される物を簡単に作ってしまう。

 俺だって、ユーリたちにアルスから出ていかれたら困る。

 サイクロプスの魔族は、優秀な職人たちだ。


 暗い顔でユーリは続ける。


「……皆、毎日の食費で給金のほとんどがなくなりますし、手紙すら相当無理をしないと駄目で足踏みしてます……せっかく皆にもやりなおすチャンスをくれたのに、ごめんなさい」


 ユーリは申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。


「ユーリ、お前は何も悪くない。俺こそ考えが及ばなかった」

「そ、そんなことはありません!」

「いや、アルスに来るのに金が必要なのは当たり前だったはずだ。 ……エネトア商会やローブリオンの売り上げは好調だし余裕はあるが……仲間はどれぐらいいるんだ?」


 俺がそう問うと、ユーリは少し驚くような顔をする。


「うん、どうかしたか?」

「あ、いや。ざっと、五百人は……」

「五百人の旅費を用意するのは厳しいな。皆の食費のこともある」

「アレク様……やっぱり」


 深く頭を下げるユーリ。


 近くで聞いていたメーレも感心するような顔をこちらに向けていた。


「……仲間にお金を渡そうとしてくれたんですね。ありがとうございます。でも、さすがにそこまでしてもらうわけには……やるからには私たちだけで」

「皆でやったほうが早い。それにこの問題を解決することは、アルスの今後のためにも重要なことだ」

「今後のため……たしかに皆、私たちみたいに腕はいいかもですけど」

「もちろん鍛冶の腕は期待しているが、そういうことじゃない。仲間以外の他の魔族たちも似たような境遇にあるだろう」

「確かに……私たちも色々な魔族と会ってきましたが、皆似たり寄ったりでした」

「そうだ。他の魔族たちを呼びよせるときも、同じような問題が起こるはずだ。俺の魔法や皆の力で解決できるならいいが」

「アレク様にひとつずつ街へ向かってもらうわけにもいきませんから。移住するにしても平和的にそこから離れたいのもいるだろうし、無理やり連れてくるわけにもいかない」


 俺はユーリの言葉に頷く。


「ある程度は、皆の裁量に任せる必要がある。それを助けることができるのは、やはり」

「お金、ですね」

「そうだ。だからもっと稼ぐ必要がある」

「でも、今も相当稼いでますよ? これ以上となると……」


 ユーリは難しそうな顔で言った。


 今、帝都の拠点で売っているのはアルス近辺で獲れた魚介類が中心だ。

 そこにローブリオンの拠点と同様、鉄などのありふれた金属の道具や金銀宝石をあしらった装飾品などを販売している。


 その他に俺たちが売れるものとなると、あとは魔鉱石かそれを素材とした魔導具しかない。


 魔導武具はもちろん、魔導具や魔鉱石も非常に強力なものだ。

 誰に悪用されるか分からないからあまり売りたくない。


 それに魔鉱石も魔導具も本来希少な物だ。

 もし大量に売れば、他の商人たちから怪しまれるし、目の敵にされるかもしれない。

 アルスのことは知られたくない。


「農作物もまだまだ売れる段階じゃないし……」


 となれば、残されたのは──賭け事。


 一番覚えている競馬で稼ぐのがいい。


 しかし最近の帝都競馬は、毎回ホーリーシャドウの独走状態。

 今後ホーリーシャドウが死ぬまでの一年間で他の馬の勝ちはない。

 それに、すでに皆ホーリーシャドウが圧倒的ということを知っている。


 たいして儲からない……かといって他の賭け事の勝敗はそこまで明確には覚えていない。


 ここは、商売上手の兄ヴィルタスを頼るか……

 いや、どんな仕事を押し付けられるか分からないな。


 帝位を狙っていると見て間違いないヴィルタスだ。

 あいつを頼るのは最終手段にしておこう。


「意外に思いつかないものだな……」


 俺が腕を組んでいると、メーレが訊ねてくる。


「商売の話?」

「そんなところだ。魔鉱石や魔導具はなるべく売りたくないのもあってね」

「私も商売の知識はないけど……何が求められているか調べるのも重要じゃない?」

「なる、ほど」


 モノを売るだけじゃなく、技術や魔導具で稼ぐこともできる。

 欲しがっている物を調べるだけでなく、困っていることを調べてもいいかもしれない。


「帝都や街を歩いていれば何かしら頭に浮かぶかもな……」


 商売だけでなく、他の情報も集められる。

 ここ一か月ほとんどアルス島にいるか、たまに食料を買うため帝都の神殿にいるリーナを訪ねるぐらいだった。

 たまには街歩きもいいだろう。


 もちろん今も帝都にはなるべく行きたくないが……なぜか以前よりは抵抗感がない。

 アルスという心安らぐ居場所ができたからか。


「帝都をまわってみるか」

「お供いたします!」

「私もちょっと見てみたいかも……」


 ユーリとメーレの声に俺は頷く。


「よし。それじゃあ、明日は皆で帝都に行こう」


 翌日、俺たちは帝都を練り歩くことにした。

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