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102話 記憶

 俺たちはメーレと一緒に、墓地で埋葬を行った。


 穴を掘り、そこに邪竜の骨や溶かしてしまったミスリルの花細工を埋めていく。

 エリシアが元墓守というだけあって、埋葬は手際よく終えられた。


 メーレも涙は見せず、最後はギュッと目を瞑り黙祷していた。


 俺たちも同じように祈りを捧げる。

 

 そうしてメーレを連れてアルスへと帰還した。


「すごい、一瞬でここまで……」


 メーレはアルスの市街を見回すと、驚く様に言った。


「すごい魔力の持ち主だと思っていたけど、私の予想以上だったみたい」

「ありがとう。でも、メリエや君もできたんだろう?」

「こんな遠くまでは無理だよ。そもそも闇魔法を使っても悪魔に乗っ取られないなんて……闇魔法を使う時、悪魔の声が聞こえないの?」

「最初は聞こえていたよ。だけど、徐々に聞こえなくなったんだ」

「……悪魔が乗っ取りを諦めた?」

「それは分からないけど、悪魔は俺を操れないことを不思議に思っていた」

「悪魔も意外だったんだね……私の中の悪魔も私を完全に取り込めないって喚いていたけど」


 メーレは他の悪魔になった者と違い、ある程度人間としての人格を保っていた。

 俺は完全に悪魔の支配を拒絶できたが、抵抗できたという点ではメーレと俺は似ている。


「取り込めない、か」

「ええ。普通、闇魔法を使った者は悪魔に乗っ取られてしまうから。だけど、あなたは違った」


 何かに気が付いたのか、メーレの視線が俺の手の甲に向けられる。


「その紋章……」

「知っているのか?」

「ううん。見たことないなって……」

「そうか。これは【深淵】って言うんだ。俺が悪魔に乗っ取られずに闇魔法を使えるのは、きっとこの紋章のおかげだ」

「だろう、ね。そういえば、私の紋章」


 メーレは胸の前へ腕を上げる。


 手の甲には闇の紋章が刻まれていた。


「あなたの眷属になったからか、人間の時の紋章が戻ったみたい」

「その紋章は──【陰陽】……これは」


 俺が驚くように言うと、メーレはこくりと頷いた。


「私は聖の魔法を上手く扱えるんだ。闇魔法は使えなかったから、むしろ聖の紋章と変わらないかもね」


 ユーリが自分の手を見て呟く。


「へえ。私も雷魔法は上手くなるみたいだけど、闇魔法は使えないから似てるかも」

「本当だ。加えて、鍛冶もうまくなるみたいだね」

「自慢じゃないけど、モノ作りの腕だけは一人前よ!」


 ユーリは金づちを握ってメーレに答えた。


 俺はあることに気が付く。


「メーレも闇の紋章が読めるんだな」

「うん。だけど、あなたとは読み方が違うかも。私は、その紋様の意味しか分からないから。【陰陽】っていう言葉も初めて聞いた」

「そうか。互いに知らないことはまだまだありそうだな。ちなみに、メリエの紋章は?」

「お姉ちゃんは、武芸に秀でる闇の紋章だった。剣も槍も、国で一番の腕だった」

「そう、か」

「心配しないで。もしお姉ちゃんがこの島に来ても、私が必ず止めるから」

「心強いよ。だが、俺たちも一緒に戦う。できるなら、メーレみたいに悪魔から正気に戻したい」

「ありがとう……難しいことだけど、なんとか方法は考えてみる」

「俺も考えてみるよ。それよりもメーレは大丈夫か? この島以外でも住める場所はあるが」


 アルス島は元帝国人の街だ。

 拝夜教を敵視していた帝国人の街。複雑な思いだろう。


 しかしメーレは首を横に振る。


「帝国人への恨みなんて、今の私にはないわ」


 顔を曇らせてメーレは続ける。


「むしろ、お姉ちゃんのせいで、罪もない帝国の人も巻き込んでしまった。殺された私の仲間たちだって無実だったけど…… でも今更そんなことを言っても仕方がない。どのみち、今は私とお姉ちゃん以外は誰も残っていないし、恨む相手なんて誰もいないから」

「そうか……だが、何か希望があったら伝えてくれ」

「ありがとう。もっといろいろ話したいけど、なんかさっきから体が……」


 そう言うと、メーレの腹からぐうっと音が鳴る。


「この感覚……お腹が減っているってこと?」


 メーレは恥ずかしがるのではなく、驚愕するように言った。


 セレーナが思い出すように言う。


「体が人間に戻ったか、人間に近くなったんだろう。私もアレク様の眷属になった当初は戸惑ったよ。かつてと同じように空腹や疲労を感じるようになったんだ」

「となれば、ひとまずは食事を用意いたしましょう」


 エリシアの言葉に俺は頷く。


「それがいい。ユーリ、メーレの新しい衣服を用意してくれるか? ラーンはメーレを浴場へ案内してほしい」


 ユーリとラーンははいと元気よく答えくれた。


 しかし、メーレは申し訳なさそうな顔で言う。


「そ、そんな気を遣わなくても」


 エリシアが首を横に振る。


「今日から私たちは、同じアレク様の眷属。他人行儀はやめてください」

「そうだ。私もお前とは年齢が近い。仲良くやろう」


 セレーナはそう言ってメーレの肩を叩いた。


 メリエに自身や仲間を殺されたセレーナ。

 地下道で殺された帝国人のことも忘れてないだろう。


 しかし、メーレは争いに反対だった。


 メリエたちが悪魔化した原因が帝国人にあることも知った。

 

 むしろメーレに申し訳なく思っているのだろう。


「年が近い。同じ時代の人間なのね……あなたにも驚いたけど、この島は変わり者ばかりね」


 メーレは周囲の鼠族や青髪族を見て言った。


 ユーリが口を開く。


「そうね、皆変わり者よ。こんな見た目しているけど、私はサイクロプスの魔族なんだ。エリシアはオークの魔族だし、ラーンは龍人。他にはスライムとか、甲羅族とか、まあ本当にこの島は変わり者の集まりよ」


 俺も頷いて言う。


「皆、のびのび暮らしている。メーレも自分の家だと思って過ごしてくれ。帝都やローブリオンも今度案内するよ」

「本当にありがとう……こんな私を迎え入れてくれて」


 メーレは行儀よくお辞儀する。

 お腹の音を鳴らしながら。


 恥じらう文化ではないのか、忘れてしまったのかは気になるが、今は何かしら食べてもらったほうがいいだろう。


「では、まずはお風呂へご案内します。とても気持ちいいですよ」


 ラーンはメーレをアルスの浴場へと案内する。

 ユーリも服の寸法を測るためその後を追った。


 メーレにはまだまだ聞きたいことや確かめたいことがある。


 その一つは、眷属になったメーレは悪魔のときと同様、闇魔法を使えそうかということ。

 使えるのなら、ユーリが闇魔法を使える可能性もでてくる。


 拝夜教や悪魔についてもまだまだ聞きたいことがある。

 うるさかった俺の中の悪魔はどうして静かになったのか。悪魔と会話できていたのだろうか。


 とはいえ、もうすでに質問ばかりしている。

 メーレも疲れるだろうし、重要なことは聞けた。

 細かいことはおいおい聞いていくとしよう。


 そんなことを考えていると、セレーナが俺に頭を下げた。


「アレク様。申し訳ございませんでした! 黒衣の女と帝国の関係は十分予想できたはずなのに動揺してしまいました……エリシアや皆にも申し訳ない」

「気にするな。知りたくないこともあっただろうに悪かった」


 セレーナは首を横に振る。


「いえ。むしろ、この地で何があったか分かって良かったです。黒衣の女……メリエのことも知ることができた。アレク様にお仕えできなければ、私は何も知らないままだったでしょう。アレク様には本当に感謝しております」


 セレーナは深く頭を下げた。


 エリシアは少し難しそうな表情で口を開く。


「もやもやが晴れたのはよかったですね。 ……ですが、私たちはその日についても知りました。にわかには信じ難い話ですが」

「ああ。天使と悪魔の戦い……天使も悪魔も、人間を超越した力を持っている。大規模な戦いが起こるかもしれない」

「アルスも当然、巻き込まれる可能性がある。島の防備を固めないといけませんね」

「そうだな。だが、もっと積極的に動いてもいいかもしれない。至聖教団も何か知っている可能性がある」

「情報収集をするわけですね」

「ああ。ティカとネイトにさらに至聖教団を探らせる。彼等には悪魔の情報も集まってくるしな」


 天使といえば、至聖教団だ。

 ただ帝国を裏から支配しようとしてるのではなく、その日のために何かしら動いているかもしれない。


 黒衣の女や他の悪魔の動向も気になる。 

 人がいなければ、新たな悪魔は生まれない。

 だから、人の集まる場所で何かしら企んでいる可能性もある。


 人間が最も集まるのは、帝都だな……

 

 ただ人口が多いというだけではない。

 至聖教団の本拠も帝都で、帝都の神殿には闇の紋章を持つ者たちが集まって暮らしている。


 なんだかんだ情報が集まるのも帝都。

 なるべく行きたくはないが、そうも言ってられそうもないな……


 とはいえ、実のところそんなに心配してはいない。


 少なくとも、今後十三年は──俺が初めて闇魔法を使った二十歳までは、そんな戦いは起きなかったのだから。


 俺が闇魔法を使った後は分からないが……


 そもそも、やりなおし前の俺は闇魔法を使ったあと、どうなったのだろうか?

 悪魔にはならなかったのは確かだが、民衆に殺された記憶もない。

 思い出そうにも思い出せなかった。


 エリシアは不安そうに俺の顔を覗き込んで言う。


「アレク様……何かご懸念が?」

「……いや。俺も昔のことで思い出せないことがあるなと思っただけだ。心配しないでくれ」

「そう、ですか。ですが些細なことでも何かあれば仰ってください!」

「もちろんそうさせてもらう」


 エリシアは頷くがどこか晴れない顔だ。


 変に心配させたが、ただ思い出せないというだけ。

 何も問題はない。


「エリシア、本当に大丈夫だ。それに天使と悪魔の戦いも過剰な心配はいらない。今まで通り皆でアルスを発展させていこう」


 セレーナが元気よく返事を響かせる。


「はい! 今回の探検でティアルスの地理も把握できました。魔物が溢れる現状で全土の開拓は難しいでしょうが、ティール島とヴェルムは拠点として使えそうですしその間の区画に田畑を作れるかもしれません」

「ああ。食料は重要だからな。なんとか魔道具で魔物を追い払えないか考えてみるよ」


 俺の言葉にセレーナもこくこくと頷く。


「アルスとティアルスを発展させることが何よりの備え……やることは変わりませんね」


 天使と悪魔だけでなく、何が来ても平和に暮らせる場所にする。


 しばらくは開拓と魔道具作りに集中するとしよう。


「二人とも、これからもよろしく頼む」

「はい!」


 そうして俺たちはアルスとティアルスの開拓に取り掛かるのだった。

これで三章は終わりです!

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます!

四章もどうか読んでいただければ幸いです!

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