101話 その日
少女はひとしきり泣くと、やがて涙を手でぬぐって顔を上げた。
「ありがとう……名前を言ってなかったね。私はメーレ。ここらへんにあったメルウェム王国の王女だった」
「そうか。俺はアレク。この近くのアルスという島に最近住み始めたんだ」
「そうだったんだ……まさか、魔物が溢れる道を通って、しかもヴェルムに閉じ込められて出てくる人がいるなんて思わなかった。何より、私を解放してくれるなんて……」
「俺一人じゃとても無理だったよ。仲間のおかげだ」
俺が言うと、エリシアたちもそれぞれ名を名乗った。
「しかし……なんかごめんね。こんなに荒らしちゃって」
「元墓守として面目ありません……」
ユーリとエリシアはすっかり荒れ果てた墓地を見て言った。
いたるところで地面が抉れており、墓標もぼろぼろになっている。
黒衣の少女メーレは首を横に振った。
「気にしないで。この墓地の遺族でここに訪れる人はいないから」
「しかし、黒衣の……いや、君の姉は」
セレーナの言葉にもメーレは首を横に振る。
「お姉ちゃんの名はメリエ。大丈夫。もし、お姉ちゃんが私みたいに悪魔の支配から逃れられても、ここには帰ってこないよ。悪魔のままでもね」
「何故だ? 君のお姉ちゃんは、あの街を悪魔たちの拠点にするつもりだったんだろう?」
俺が訊ねるとメーレは思い出すように言う。
「拠点はいくらでもある。それにお姉ちゃんは私の声を聞くのを避けていた。声を聞けば、悪魔ではなくなってしまうから……私を閉じ込めてさっさと逃げたのは、私を殺したくないけど悪魔である必要があるから。私がいるここには近づきたくないんだ。だから、もうずっと帰ってこない」
黒衣の女メリエは悪魔化したが、人の心は残っていたのだろう。
妹は殺したくない。しかし、悪魔でありつづけなければならなかった……
メーレは遠くの空を見て言う。
「そもそも、もう生きているかすら分からないんだ。誰かに殺されていてもおかしくない……いや、もう死んでくれていたほうが」
少女は悲しそうな顔で言った。
今も人間を殺して回っているとは考えたくもないのだろう。
悪魔は好戦的。
普通であれば、すでに人里で人間を襲っている可能性は高い。
そうなれば、悪魔祓いにやられていてもおかしくないが……
俺はメーレに言う。
「探すのなら、手伝うよ。元に戻せるか分からないけど、その手伝いも」
「優しいんだね、アレクは……でも、もし生きているなら、何よりもまず止めたい。殺してでも」
メーレはたしかな口調でそう言った。
罪なき人をさらに殺すぐらいなら、というわけだろう。
だが、俺はある疑問が頭に浮かぶ。
「今、メリエはただ人を殺したいんだろうか? ヴェルムの神官の話では、その日がどうこうと言っていたが」
「今も生きているなら、その日のことは忘れていないと思う」
「その日……その日に何が起きるんだ?」
「天使と悪魔の戦い。この戦いが起きれば、間違いなく多くの人が死んでしまう……」
言い換えれば、聖と闇の戦いというわけか。
たしかに起こりそうな戦いではある。
人を凌駕する力を持つ天使と悪魔がぶつかれば、当然人間社会も打撃を受けるだろう。
「質問ばかりでごめん……その日がいつ来るかは分かっているのか?」
「気になるよね。私もそうだった。だけど、誰にも詳しい日にちは分からない」
誰にもということは、メーレだけでなく姉のメリエも知らないというわけだ。
ラーンが問う。
「では、実際のところその日が本当に来るかどうかすら分からないのですね」
「そういうことになるね……でも、起こそうとする者たちはいるよ。それがお姉ちゃんたち悪魔。そして天使」
その言葉に、俺はもちろん周囲の者たちも唖然とする。
悪魔に目的があったのはもちろん驚いたが、それ以上に天使が人を巻き込む戦いを起こしたがっているとは。
俺は思わず聞き返した。
「悪魔だけでなく、天使もその日が来ることを願っているのか?」
「そう、どっちも互いを消したがっているから。そして人間の中には、彼らに手を貸す人たちもいる。悪魔に味方をしていたのが、私たちメルウェムの人間。悪魔を増やすために、闇の血筋を保護していた。悪魔をこの世に迎えるには、生きた人間が必要だから」
「なるほど……悪魔は子を生まないんだな?」
「そう。この世界の悪魔を増やすには、闇の紋を持つ人間を増やすしかないの」
闇の紋章を持つ人間が子を生み、その子らがさらに子を生む。
王家であればたくさんの側室や子を持てる。メルウェムは闇の血筋を繁栄させるための国だったわけだ。
悪魔がもともと人であったことは知られている。
急にどこからともなく現れたという悪魔の報告もあるが、やはり人がもとになっているのだろう。
召喚魔法で召喚した悪魔は、生きた悪魔とは違うし。
そんな中、エリシアが訊ねる。
「でも、聖の紋章を持つ者は、聖魔法を使っても天使になりませんよね? この違いって……って私も質問してごめんなさい」
メーレは首を横に振る。
「気にしないで。でも、私もそれについては確かなことは言えない。言い伝えでは、もともとこの世界には闇の魔力しかなかった。それが分かれて、火や聖とかの他の魔法が生まれたって言われている。だから闇魔法は強力で人やドラゴンが扱える力じゃないんだけど、別れた他の属性の魔法はそうでもない、からかな……」
にわかには信じがたい話だが、否定はできない。
聖の魔法は闇の魔法に強い一方、他の属性の魔法を前には弱い。
一方で闇の魔法は、聖以外の属性の魔法に有利だった。
この属性の関係を考えれば有り得そうな話だ。
では、天使はその日にどうやって天使をこの世界に送るのだろうか。
召喚魔法ぐらいしか思い浮かばない。
そう言えば、聖の神を至上とし天使を扱う至聖教団もいたな。
彼らもただの過激派ではなく、その日について知っているのか?
ともかく、疑問は尽きない。
エリシアは納得したような顔で言う。
「成り立ちが違うというわけですね」
「そう。天使が聖魔法を使う理由も、闇の魔力に強いからということしか分からない……ごめんね。不勉強で」
ユーリがぶんぶんと首を横に振る。
「不勉強なんて、そんな。私なんて、全部知らないことだったよ」
「私もだ……属性の成り立ちなんて、考えたことすらなかった」
セレーナがそう言うと、メーレは冷静に答える。
「私の話はメルウェムに伝えられてきた話に過ぎない。あなたたちの知っていることのほうが正しい可能性もある。真実かは分からない」
小さいのに客観的に自分を見ている。
いや、もう何世紀も生きているのだから、思考や精神は俺たちとは比べ物にならないほど成熟しているか。
「もちろんだ。帝国の本を取り寄せてもいい。大学から借りることもできるしな」
「ほ、本当?」
「君が望むなら、大学にだって行かせるよ。だけど、俺たちはこの地を暮らしやすい場所に変えたい。君にも協力してもらえると助かる」
「もちろんだよ……私も、この地を昔みたいに平和だった場所に変えたい。それに、その日だって、来てほしくないから」
「ありがとう。助かるよ」
「お礼を言うのは私のほうだよ……よろしくね」
メーレはそう答えると、近くに転がる骨を見て言う。
「ごめん……まだまだ皆聞きたいことがあると思うし、私も知りたいことはあるけど、一度、皆を埋葬してもいいかな? 私が殺してしまった者たち。邪竜や闇の魔物にしてしまった……」
今まで彼女を助けようとした者たちか……
先ほど倒した邪竜もそうだったのだろう。
「手伝うよ。それが終わったら、俺の住む場所に案内する」
「ありがとう……というより、あなた、本当に人間の子供?」
「え? あ、ああ。親は一応、どちらも人間だ。どっちも闇の紋章は持っていなかったが……闇魔法がなぜ使えるのかもよく分からない」
「そ、それも確かにすごい気になるんだけど……そうじゃなくて、言動がなんか子供っぽくないなって」
長生きしているだけあって観察力に優れているようだ。
俺が七歳の子供とは思えないのだろう。
隠しているわけでもないが、今言えばメーレもエリシアたちも混乱させてしまう。黙っておこう。
「そういう君も……あ、いや、子供扱いは失礼だね」
自分と同じぐらいの見た目のメーレだが、俺の何十倍も長生きだ。
メーレはふふっと笑う。
「おばあちゃん扱い? ずっと一人で生きてきたんだから、子供みたいなものだよ。 ……だから、皆には色々教えてほしい」
「もちろんだ」
その言葉に俺たちは皆頷いた。
それから俺たちは埋葬を済ませると、メーレを伴いアルスに帰還した。




