番外編SS 副団長と隊長は幼馴染で両片思い
アイリーンとルードの93部分のあとの番外編SSです。
「ルード……いい加減離してくれないかしら?」
「すぐにアイリーンは逃げようとするからダメだ」
アイリーンは困惑していた。確かに離してくれた瞬間に、逃げる準備は万全だ。そのことを察しているのか、幼馴染は逃がしてくれる様子がない。ますます、横抱きにされた体を強く抱きしめられた。
確かに、アイリーンはずっとルードの事が好きだった。きっかけは何だったのだろうか。おそらく初めは小さな積み重ねだったのかもしれない。本当に好きになったのは、あの日。「伯爵令嬢がそんな野蛮な騎士になりたいなんて、恥を知れ」そう、父に強く言われて泣いていた時のことだ。
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あの日、ルードは騎士である父に連れられて、ストラウス伯爵家を訪れていた。ストラウス伯爵家とウィリアス子爵家は領地が近いこともあり、良く魔獣に対して共闘することが多かった。
そんな関係で、騎士になる勉強として連れてこられていたルードと年が同じアイリーンは遊ぶ機会も多かった。遊びの内容は、主に剣術ごっこ。アイリーンもルードもほかの子どもたちでは相手にならないくらい強いから、二人は手合わせできるのをいつも楽しみにしていた。
こんな風に泣いていたって……何も解決しない。
「でも、もしも私が男の子に生まれていたら……」
「アイリーン――――何で泣いている?」
そんな時、ルードに声をかけられた。アイリーンは思わず今日の出来事をルードに話した。ルードは黙って話を聞いてくれた。
「そうか……でも、俺の周りにアイリーンより強い同世代の友人はいない。俺はいつかアイリーンと肩を並べて戦いたい」
薄茶色の少しくせのある髪の毛、優しそうな同じ色の瞳。アイリーンは初めて、真剣にルードと見つめあった。顔が熱い気がする。
「ルード……そう思ってくれるの?」
「ああ、きっといつかともに騎士になろう?」
それは、周囲の理解を得られないアイリーンにとって唯一の心のよりどころになった。どんなに反対されても、何を言われてもアイリーンは修練をかかさなかった。
そして、伯爵令嬢としても誰にも文句を言わせないだけの教養を身につけた。
騎士学校にはいる時には、騎士になりたいという気持ちよりもルードと一緒にいたいという気持ちの方が強かったように思う。
でも、伯爵家の次女であるアイリーンがルードと結婚するなんてありえない。だから、傍にいられるだけでいいと思っていた。
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騎士学校では、なぜだか放っておけないレオンと友人になった。レオンは規格外に強くて、アイリーンもルードも敵わない。悔しいから二人でコンビネーションの練習をして、二対一なら勝てることも多くなった。
レオンは、庶子とはいえ侯爵家の人間で、アイリーンですら美しいと思うくらいの姿、背が高く誰よりも強い。だからもちろん、近づきたいという女性は山ほどいる。
それなのにレオンはまったく興味がないようで、それでいていつも誰かを探しているような印象を受けた。
一度だけ、アイリーンはレオンにそのことを聞いてみたことがある。
レオンは困ったように笑って「よく言われる。でも、俺が探している人はとても遠くにいるから」と言ってうつむいてしまった。
アイリーンと同じ年なのにどうも何かを抱えているようだ。見張っていてあげないと危険に突っ込んでいってしまう友人を放っておけないルードとアイリーンはいつも絡んでいた。
そして、あの日が訪れた。
騎士学校の最終試験では、二人一組で魔獣を倒す。アイリーンとルードはペアになった。
倒す魔獣は二人の実力なら問題ないはずだった……。けれど、二人の間に現れたのは、大型の白いオオカミの魔獣で。
「アイリーン!」
二人で戦って、何とか倒したが、最後の最後でアイリーンを庇ったルードは背中に怪我をおってしまった。それに、魔獣と戦ううちに森の奥深くに二人は取り残されてしまう。
漸く見つけた洞窟の奥で二人で体を寄せ合って過ごした。
「どうして私を庇ったの……」
「そんな深い傷じゃないから……そんな顔するな、アイリーン」
二人はその夜、一線を越えた。
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翌朝、レオンが助けに来て二人は救出されたのだったわ。アイリーンはぼんやりとあの日を思い出した。
あの夜の思い出とともに。
「あの時俺は、たしかに結婚してほしい、好きだと伝えたよな?」
「そうね……」
「なぜかアイリーンは、あんなの気の迷いだと一蹴したな?」
「そうね……」
はっきり言って、あれは危険と死と隣り合わせになった結果の事故だとアイリーンは思う。そんなことで、これからのルードの未来を縛りたくはないと。
それからは、一緒に戦う時はともにあったけれど、私生活ではとにかくルードを避けた。
また、時々一緒に過ごすようになったのは、リリアが現れたからだ。
不思議な子……。レオンが探していたのがリリアだってことはすぐ分かったけれど、リリアはレオンだけじゃなく周りの人間を変えてしまう。
「それで、さっきの告白はどういうこと?」
「――――ルード、あなたのこと縛りたくないの」
「だれがそんなこと言った」
「ルード?」
乱暴な口づけは、あの日よりもずっと情熱的で。
そこでようやくアイリーンはルードから解放される。
「もう一度言う……俺はアイリーンが好きだ。好きでもないやつに俺はあんなことしない」
「ルード……私」
「好きだ……副団長になったのだって、アイリーンが諦めきれなくて、伯爵家の次女をもらうだけの資格が欲しかったからだ。アイリーンに振られても諦めきれなくて。……それでも俺はお前にふさわしくないかな」
ふさわしいふさわしくないなんて、関係がない。誰よりも大好きなのに、アイリーンとルードはずいぶん遠回りしてしまったようだ。
アイリーンは、あの日渡すことができなかった、紫の小さな花が刺繍されたハンカチをルードに差し出す。
「本当は、卒業試験が終わったらルードに渡そうと思っていたの」
ずっと一緒にいたい。そんな花言葉を込めて刺繍されたハンカチは、ずいぶんと時間が掛かったけれど、ようやく本来の持ち主の手に渡った。
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