癒し手として
今回は、リリアが活躍します。ただ、表現はライトにしてますが、残酷な表現ありです。
苦手な方はご容赦ください。
✳︎ ✳︎ ✳︎
団長直属部隊は、現場へ馬で向かっていた。レオン団長はリリアを後ろに乗せたがったが、リリアだって訓練してきたから何とか一人で乗れるのだ。それは、丁重にお断りした。
なおも食い下がってきたので「今度、馬で遠出するときに乗せて?」と言ってみたら、うれしそうに笑ってそれ以上言わなくなったので良しとした。
「リリアは相変わらず、団長の扱いに長けているね。今度、事務仕事の手伝いに来てもらおうかな」
「ふふ。さぼりそうになったら、言ってもらえれば行きますよ」
レオン団長は先頭にいるため、今はルード副団長がそばにいてくれる。癒し手は狙われやすいのは事実らしい。光の魔法が、魔獣の興味を引くのだという。
途中いくつかの魔獣に出会ったが、団長直属部隊の練度は高く、足を止めないまま一瞬で倒されていく。
特に赤い髪を高く結ったアイリーンが遊撃を行い活躍しているようだ。
「リリアー!見ていてくれた?!」
女子寮でも、アイリーンは、なにかとリリアに声をかけてくる。
「あー、あとで団長に絞られるな」
ルード副団長が呟くがリリアには聞こえなかった。
先発隊にはパールが参加している。手先が器用な彼女は、野営準備でも料理でも器用にこなす。少しだが光魔法も使うことができるため重宝されているそうだ。ちなみに、リリアは料理はそれほど得意ではない。
(今度、パール先輩に料理教えてもらおう)
行く道はそれなりに和やかだったが、野営地点が近づくにつれて、その様相は変わっていく。
(ひどい、家が壊されている。これが、飛竜の仕業なの?)
一般家庭と神殿で過ごしていたリリアは、捕らえられた魔獣しか見たことがない。うわさ話などで魔獣の被害を目にしたことがあるが、その目で見るのは今日が初めてだった。
「初めて見ると衝撃的でしょ?この先にけが人とかもいるけど大丈夫?」
「それは…おそらく大丈夫です」
気遣ってくれるアイリーンに、リリアは『慣れているので。』という言葉を飲み込んだ。
看護師として働いていた七瀬の記憶が教えてくれる。七瀬は早期の災害時の派遣にも登録していた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
野営地点には、すでに天幕が張られていた。天幕の中に負傷者が寝かされている。
「リリア、こっちよ。無事についてよかったわ」
パール先輩が出迎えてくれる。リリアは少しほっとした。少しだけ光魔法が使えるパール先輩は、癒し手としても登録されている。
天幕に入ると、負傷者が寝かされていた。飛竜討伐の作戦は明日から。それまでは、負傷者の救助に当たるように命令されている。でも、同時に注意もされた。
「明日の討伐での回復担当がリリアだ。明日の戦いで魔力が減っているなどということが無いように。軽傷者を中心に回復するようにしろ」
七瀬だって団長の言っていることは理解できた。これ以上被害を大きくすることはできない。軽傷者を回復すれば戦力としても期待できる。
(でも、こんなのってない)
負傷者たちは、重傷者も軽傷者も一緒に寝かされている。光魔法があるせいで、この世界の医療は遅れていると感じたが、必要な処置がされているとは思えなかった。
「リリア、どうしたの?やっぱりショックだった?」
「違うの。少し団長のところに行ってくる」
このままでは、誰も助けることはできない。魔力の消耗を最小限にしながら、できることをする。七瀬は団長のいる天幕へと走った。
「どうした。リリア?やはりショックだったか?」
パール先輩と同じ表情で同じようなことを言うレオン団長に、リリアは真剣な表情で伝える。
「作戦決行は明日の朝ですよね。少しだけ、皆さんの力を借りたいです」
「ふぅ。リリアがこの現場で黙っていられるとは思っていなかった。だが、お前の魔力も含め、明日の決行に影響が出ることは許可できないぞ」
リリアは笑顔で言葉を続ける。その笑顔が虚勢でもいい。今できることをするだけだ。
「私の指示通りに、負傷者の位置を移動してくれるだけでいいんです。お願いします」
✳︎ ✳︎ ✳︎
(このままでは、必要な治療を必要な人に受けさせることができない)
最初に七瀬は治療を行うのではなく、負傷者を重症度に分けて選別するトリアージを行うことにした。
といっても、訓練した人達と実施するわけではないので必要最小限で行うことにする。
団長の声掛けで集まってくれた団員は10名。負傷者は80人近くいるが十分だろう。
「まず、歩ける軽傷者は隣の天幕に移ってもらってください。のちほど治療を行います。それまでは待機です」
レオン団長が自分も手伝うと言って現れた。
「団長はもちろん止血はできますね?煮沸して冷ました水で傷口は良く洗ってください。目に見える出血は止血するように」
「了解した」
パールをはじめ騎士団員達が、唖然とした顔をしている。16歳の幼い見た目をした新人団員が鬼団長にまでそんな指示を出し始めたので驚いているのだろう。続いてリリアは指示を出し続ける。
「このように、首をそらせて呼吸をしているか確認してください。残念なことですが…すでに間に合わなかった方は、天幕から運び出してください」
幸いなことに、まだ誰もあてはまる人はいないようだ。
(脈と呼吸は私が確認していく)
「指示に従って、もう一つの天幕に負傷者を移動してもらいます」
リリアは次々と負傷者を確認した。
「呼吸、脈拍異常なし。意識はありますね。この人は隣の天幕です」
リリアは、できる限り正確に、できる限り手早く負傷者の選別を行っていく。目に見える出血があれば騎士団員に指示を行い止血をしてもらった。
「この人はこのままここで。治療を行います」
結局重症度が最も高いと判断しこの天幕に残ったのは、5人だった。
(大丈夫。明日の討伐に影響を残したりしない)
完全に治すことは出来ない。でも、討伐が終わり救援隊が来るまでの応急処置なら。
リリアの体から、美しい金色の光が零れ落ち浅く、早くなっていた負傷者たちの呼吸が穏やかになっていく。
次に先ほどよりは緊急性が幾分か低いと判断した負傷者の天幕へ。そこには10人の負傷者がいた。
(せめて、聴診器がほしいわ。点滴もできない、薬もここにはない。でも…)
今度は先ほどよりも時間をかけて確認していく。全体にかける回復魔法は魔力の消費が激しいから、明日の討伐を考えたら応急処置しかできない。
出血している部分や症状から予測した部分にだけ、回復魔法を行っていく。毎日、身体強化を必要最小限使っていた経験が、ここで役に立った。
しばらくリリアのその姿を見ていたパールが、軽傷者のいる天幕へと走っていった。
(節約したけれど、だいぶ魔力を消費した。軽傷者を治療したら、たぶん明日に響く。命令違反だわ)
そう思いながら、リリアが軽傷者と判断した天幕に入っていく。
「えっ?!」
そこでは、光魔法が使える団員が全員集まって治療を行っていた。もうほとんどが治療を終えて休息している。
レオン団長が微笑みながら近づいてきた。
「これくらいの負傷者であれば光魔法が使えるものならだれでも治癒ができる。明日の討伐は、ここにいるものも参加できそうだ」
「あの…団長?命令違反は」
「いや、よくやった。…違う意味で、頭が痛いがな。これで被害が最小限になったとなれば、あのタヌキや第一騎士団のやつらにも目をつけられる。心配がまた一つ増えたな」
レオン団長が、リリアの頭をポンポンと軽くたたいた。
(子ども扱いして…)
そうかと思ったら、耳元に唇を近づけてレオン団長がささやいた。リリアの耳元に吐息がかかる。
「ひゃ…」
「リリア、なにがあっても俺が守る。だから、リリアはそばにいてくれ」
何事もなかったかのように、天幕に帰っていくレオン団長。
「うぅ。眠れないよ…」
リリアは討伐を控えているのに、なかなか寝付くことができなかった。
レオン「リリアと遠出……。今からプランを練っておかなくては。」
ルード「休みが取りたかったら、この書類片づけろよ?」
レオンのやる気に火が付いた。
最後までご覧いただきありがとうございました。