価値観の相違
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「それで、お前はヒナギクというのか?」
「――――はい」
ロンの少し後に帰ってきたレオン団長は、ヒナギクが配下に加わった顛末を聞くと、こめかみを押さえてしまった。
小さくなってヒナギクは震えている。その横に守るようにただ立つカナタ。
「相変わらず俺のリリアは世界への慈愛に溢れすぎて危ういな」
「何言ってるの。こんな小さな子が命を狙われているんだよ?」
その言葉を聞いたレオン団長が、リリアの瞳を見つめて悲しそうに微笑んだ。
「…………俺が、戦場に初めて出たのはヒナギクと同じくらいのときだった」
戦争の話をレオン団長が自分からすることは少ない。
今のこの世界が、魔獣の脅威を受けていたって平和に思えるのは、レオン団長たちが戦いを終結させたから。
そんなことは事実だとしても、実感がないリリアはいつもレオン団長を傷つけてしまう。
「ごめん、リリアにそんな顔させたいんじゃなくて。ただ、年齢だけではこの世界で赦される理由にならないってことが言いたかっただけなんだ」
「――――でも、私は」
「いいよ。リリアの好きなようにしていい。俺の価値観でリリアを縛りたくない。そのままでいて欲しいから」
間違いなく、この世界に掟があるなら、背いているのはリリアの方なのだ。それがわかっているのに、引くことができない。
(レオン団長の重荷にはなりたくないのに)
「ふぅ……違うな。言い方間違った。――――そんなリリアのやさしさが、暗闇に落ちそうな俺の心をいつも救い出してくれるんだ。だからずっと、そのままでいて欲しい」
レオン団長は、いつもリリアの心を救い出してくれる。そんな言葉に、甘えてばかりはいられないけれど、それでも前に進んでいく勇気にしたい。
「ヒナギク?よろしくな。とりあえず飯食うか?」
「え…………?」
信じられない言葉を聞いてしまったという顔で、ルビーの瞳をヒナギクが見開く。
「うお!レオンのご飯はうまいんだぞ!」
すでに、小さなドラゴンに戻っているロンが嬉しげにブンブンと尻尾を振る。
「我が主に感謝いたします」
「――――そういうのやめろっていってるだろ、カナタ?」
ヒナギクが、カナタの服の裾を掴む。その手は震えている。
「あの、この世の最後の思い出にご馳走してやろうって事かな?」
「バカだな。いや、バカなのは我が主か。単に、料理の腕を振るいたいだけだろ」
「え?私が毒入れるとか考えないの?バカなの?」
「――――我が主だからな、ヒナギクも早く慣れた方が良いぞ」
ヒナギクの真っ赤な瞳から、透明な滴が零れていく。
「どうして……」
「価値観の相違ってやつだと、我が主は言っていた」
幼なじみを黙って見つめて、深刻な顔をしたカナタは呟いた。
「ひとつだけ言っておかないといけないことがある」
「なに、カナタ?」
ヒナギクも、ぎくりと体を強張らせた。いつも冷徹なカナタのこの雰囲気、只事ではないと察して。
「あの二人の纏う空気は、限りなく甘い。砂糖吐く覚悟で臨め。……早く慣れろよ」
「はっ?!深刻な顔して何言うかと思ったら、ふざけているの?」
カナタの言葉に、憤るヒナギク。
だが、その数時間後には、激しくカナタに同意することになるのだった。
「ぐあ……甘すぎて胸焼けしそうだよ。爆発したらいいのに。分かってやってる主はともかく、姫が無自覚なところとか!ううっ、カナタよく無事だね」
「――――あの、辛い修行思い出せ。精神統一だ」
「それってこんな時に、使うものだったかしら」
ヒナギクは首を傾げる。毎日、生きるか死ぬかばかり考えていたヒナギクが、この空気に慣れるには暫くかかりそうだった。
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