王宮仕様は今日も知らぬ間に用意される
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本当に久しぶりに、女子寮に帰ってきた。ルード副団長とともに王都に残留していたパールが迎えてくれる。
「おかえり。リリア?英雄の婚約者、戦場の聖女様の噂がすごいよ?黄金の竜と飛竜すら、その威光のもとにひれ伏すって?」
「うう……。全部が嘘だと言い切れないのがツライ」
笑顔のパール。その微笑みに、リリアはずっと張り詰めていた心がほぐれるのを感じる。やっぱり、癒しの力がすごい。パールこそが真の聖女なのではないのか。
「あ、そういえば大変なことになっているんだけど」
「え?」
「とりあえず、リリアの部屋に行こう」
パールに手を引かれて、久しぶりに自分の部屋へと向かうリリア。しかし、ドアを開けて絶句するしかなかった。
「こ……これは。これはなんなの」
「昨日からすごい勢いで運び込まれたんだよね」
部屋の中には所狭しと、ドレスやワンピースが並べられていた。たぶんこのデザインは、全部マダムシシリーのものに違いない。
「また、レオン団長が……」
少しだけ、怒りを込めた声音でリリアが呟く。こういう風に贈られるのは、気が引けるし嫌だと伝えてあるはずなのに。
「うーん?そうとも言い切れないみたい」
「どういうこと」
「荷物を運んできた時にマダムシシリーが、リリアが着た新作はすごい人気だって言っていたから」
そのとき、玄関から客人の訪問を告げるベルの音が聞こえた。玄関を開けるとそこにはマダムシシリーと、いつものお仕着せをまとった5人が立っていた。
「レーゼベルグ次期伯爵夫人」
「その呼び名……」
「間違いないでしょう?気に入って頂けましたでしょうか」
「あの、これはいったい」
いつも美しいが年齢不詳のマダムシシリーが、小首を傾げ、何かに気が付いたかのように手を打った。
「まあ、そうですわね。着てみなければわかりませんわよね」
「え?え、どういうことですか?!」
「これから、王宮に参上されると伺っています。もちろん当店のドレスを着ていただけるのでしょう?」
「え?それはもちろん。ほかのお店知りませんし……」
とまどっているうちに、あっという間に下着姿にされてしまう。
「あら、少しだけ胸が大きくなったのではないですか?背も伸びたようですわ。この場で少し修正しないといけませんわね」
(え?それは、うれしいんだけど。七瀬のときも胸には自信がなかったから)
いや、でも違うのだ。誰かこの状況を説明してほしい。
「質問がおありのようですので、お召し替えの合間にお答えいたしますわ」
「えーと。まず、このドレスはレオン団長の?」
「いいえ、将軍閣下からのご依頼です」
「うん?!なぜ閣下が?!」
疑問が増えて行って混乱する間にも、心得たものでリリアの着せ替えは進んでいく。
「婚約祝いがまだだったな。とおっしゃっていましたよ」
将軍閣下の、笑った時に時折優しく見えるピーコックブルーの瞳がちらつく。
結局、血は争えないということなのだろうか。いや、これはレオン団長よりも輪をかけてひどいかもしれない。
「――――閣下は、リーナにもよく抱えきれないほどの贈り物をして困惑させていましたわ」
「え?レオン団長の、お母様にですか」
「そうです。リーナが隣国に去ったあとの、閣下は見ていられないほどでした」
「あの、レオン団長のお母様と交流があったのですか」
ふふ。と笑うマダムシシリーは少し寂しそうだった。
「帝国から侵攻を受けていた隣国から一緒に逃れてきたんです。私たち……親友だった」
レオン団長や将軍閣下とマダムシシリーの関係は、ただの商売上の関係だけではないと思っていたが、そんな事実があったとは。
そして、気が付くと薄い水色のエンパイアラインのドレスに身を包んでいた。服にキラキラ煌めいているのはピーコックブルーの小さな魔石か。
「ふふふ!このピーコックブルーは、閣下の瞳の色だからと言っておられたわ!」
「えっ?!」
「あら、やっといらしたみたいだけど少し遅かったようですわね?」
マダムシシリーが扉を開けると、眉を寄せたレオン団長が呆然と立っていた。
「リリアが、俺以外の男から贈られたドレスに身を包んでいる……赦しがたいのに、なんでこんなにこちらが赦しを乞いたいほど神々しいかわいらしさなんだ!」
「あの……言っていることの意味が」
「遅かったですわね?癪だがレオンにも揃いで頼むって言われていますの。早く着替えましょうね」
「ちっ、信じられないほどかわいいから赦さざるを得ない!でも、次やったら許さないと伝えておいてほしい」
それでも、素直に受け取ることにしたらしいレオン団長。黒い髪にピーコックブルーの瞳のレオン団長は、意外とどんな色でも着こなしてしまう。
黒を基調にしているが、タイなどの小物が淡い水色をしている。並べば揃いの品なのはすぐにわかるだろう。
「行こうか……」
レオン団長がエスコートのために差し出した手を取る。王宮への報告は、波乱を極めるだろうという予感とともに。義父の心遣いが嬉しかったのはヒミツにしておくことにした。
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