青い髪の男と戦場の騎士
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たくさんの視線が突き刺さる。リリアを見定めようとする目。それは好意的なものもあれば、蔑むようなものもある。
(でも、慣れている)
リリアにできるのは、聖女としての微笑み。そして、相手に確かに聖女であると認めさせること。それは、今まで神殿で手に入れたすべてのスキルを使うこと。
「今日は俺たちのためにお集まりいただき感謝する。俺はレオン・レーゼベルグ。俺についてこい。魔獣の森を平定することを約束しよう。聖女の祝福とともに」
レオン団長に促されたリリアは、金の光を参加者に降り注ぐ。聖女の証。ジル大神官直伝の聖女の祝福。
「この地に平和を。みなさまに祝福を」
聖女はレーゼベルグ領でも確固たる地位を持つ。権力には興味がないリリア。でも、今はそれを利用する。レオン団長のためなら。
そして一際大きいざわめき。それは、元の姿に戻ったロンのせいだった。
「聖女とともに魔獣の森の長として、此方の平和を約束しよう」
金色の体躯が美しい。魔獣の森を統べるに相応しいドラゴン。
そのドラゴンが聖女に擦り寄る。まるで神話の中の光景に、参加者が息を呑んだ。……冷たい青髪を持つたった一人を除いて。
「……あいつか」
レオン団長の瞳と、その男の瞳が交差したのに気づいた人間は何人いただろうか。
たぶん、レオン団長の方が圧倒的に強くても、この場にいる人々が人質のようなものだ。しかし男が手を出してくる様子はなかった。
参加者たちの挨拶。その最後に青い髪の男は礼をとった。
「帝国皇帝直属騎士団、フィール・ラピスと申します。戦場でもお会いしましたね……堕天の騎士殿」
「貴殿の事は覚えている。しかし祝いの席で戦場の話とはずいぶん無粋だな。帝国の意向ととらえさせていただいても?」
「はは……帝国と王国は今や同盟国ではないですか」
「そうか。それならいい。祝いに駆け付けて頂き感謝する、フィール殿」
あの姿で戦場に立っていたらしいレオン団長。そこにまとうのは冷たい空気。そして、堕天の騎士なんて二つ名。つまりあの姿で戦っていたのか。
(紙装甲って言っていなかったかしら。ルード副団長に心配されるはずだわ)
「それで、祝いの品の最高品質のアメジストは、すでにお渡ししていると皇帝陛下から伝言を受け取っています」
ちらりと天井を見ながら、青い髪の騎士が言う。口元の微笑と裏腹にその瞳は全く笑っていないが。
「そうか。皇帝陛下に礼を伝えてくれ?返礼の品はそのうちお渡ししよう」
なんだかたぶん暗にカナタのことを話しているようだ。そのアメジストの瞳を例えて。そして、暗殺に差し向けたことを祝いだと……。
「それでは、またいつかお会いしましょう」
「ああ、平和的な場であることを祈っているよ」
フィールは儀礼的な礼をすると踵を返して去っていった。
就任式は、静かに過ぎていったが水面下の流れは強い。皆が帰り、今はレオン団長とリリアの2人きりが残された。
「帝国はまだ、敵としてこちらをみなしているか。まあ、あの男は世界を諦めはしないだろう……な」
「皇帝陛下と会ったことが?」
「ああ、戦場で一騎打ちしたとき、世界すべてを共に統べれば世界の半分をくれるって言われた」
「ん?」
「……はっ。現実に言う奴がいるとは思わなかったな」
急に楽しそうに笑うレオン団長。しかし、リリアは混乱を極める。
(え?何で皇帝陛下と一騎打ちするような状況になったの?なにしてたの、戦時中のレオン団長)
「……リリアに聞かせたい話じゃないけど」
「もっ、もう、そんな無謀なことしない?」
きっと、命なんて投げ捨ててもいいように戦っていただろう。その時のレオン団長を思うとリリアの心はひどく軋んだ。
「今は、リリアのためにだけ力を使うと誓うよ」
そんな誓いは欲しくない。まるで、自分を二の次にするようなそんな誓いは。
(それでも、私のために使ってくれると言うなら私の願いは)
「レオン団長が無事でいてくれることが私のためだからね。約束してくれる?」
「リリアには敵わないな。そんな台詞でこれ以上俺の心を捕らえてしまうのやめてくれる?」
『約束する』と、困ったように笑うレオン団長は言わなかった。つまり、リリアにはそう願うことしかできなくて。
「あなたの幸せを、誰よりも願ってるんだから。それぐらい言わせて」
「リリア、すでに俺みたいな人間には過分だ。……怖くなるくらい幸せだよ」
今もきっとその時の戦場に立つ幼いレオン団長の孤独をいつか癒したいと。リリアはそっと、その体を抱きしめた。
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