楽しかった日は過ぎて
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(昨日は楽しかった。最後だって、そういえば七瀬と木下くんはふざけてあんな感じになることがあったように思う)
今日からは、再び地獄の訓練が始まる。リリアは深呼吸すると、レオン団長が5分で準備するようにと言っていたのを思い出し、手早く身支度を整える。
もちろん、昨日贈られたレオン団長の瞳と同じようなピーコックブルーの魔石を、首から下げて見えないように胸の隙間に押し込んだ。女子寮から騎士団の訓練場までは、少し距離がある。いつも、リリアは走っていくことにしている。
(あれ。あれは、レオン団長?騎士団長室にいつもいるって聞いてたけど、こんな朝早くにどうしたのかな)
リリアと目が合ったレオン団長が近づいてくる。
(今日は走ってこないんだ)
そんなことを少し残念に思いながら、リリアも近づいていく。なんだか、そばに行くまでの時間がもどかしく感じた。
「リリア、昨日は楽しかった」
「うん。レオン団長もそう思っていたならよかった。私ばっかり楽しませてもらっちゃったから」
レオン団長が口の端をあげて少し微笑んだ。しかし、なんだかその笑顔はぎこちない。ややあってためらいがちにレオン団長が口を開いた。
「……リリア、お前。本当に騎士団を続けるのか?」
「……どうしたの、急に。続けるってこの間話してわかってくれたと思ったんだけど」
少し、レオン団長の様子がおかしい。昨日、王宮に行くからと寮の近くまで送ってもらい別れた時には満面の笑顔だったのに。
「……すまない。俺も、覚悟が足らなかったな。こんなに動揺すると思わなくて」
「レオン団長。あのあと何か?」
下を向いていたレオン団長が、顔をあげリリアの頭をそっとなでた。そして手を離した後にリリアを見つめたその瞳は、すでに厳しいいつもの団長のものだった。
「公示前だから、詳しく話すことはできないが、初陣だリリア」
覚悟していたつもりだが、リリアはやはり胃がきゅうっと縮んだような気がした。
「訓練が終わったら、公示がある。…そのあと説明するから」
「レオン団長。心配して来てくれたんですよね。ありがとうございます」
リリアも団長に対する態度に切り替えて声をかける。一瞬だけ、何か言いたそうな瞳をレオン団長がしたが、それもすぐに消えてしまった。
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訓練場はいつもの雰囲気だった。今日は騎士団長は訓練に参加しないようだ。
「リリア。今日は私が訓練に付き合うわ」
その赤い髪を、高めの位置で結い上げたアイリーンが笑顔で近づく。背の高さもあって、舞台で見る女騎士のようだとリリアは思う。
「よろしくお願いします。アイリーン先輩!」
仕事始めは笑顔で元気にあいさつ!七瀬の頃からリリアにとってのひとつの決め事だ。
「センパイ……」
アイリーンは、一瞬瞠目して、何かモゴモゴつぶやいた。
「くっ。可愛い……。なにこの生き物」
しかし、アイリーンはすぐに表情を変え、華やかな笑顔で応える。
「私の訓練も鬼団長なみに厳しいと有名なの。ついてこられるかしら?」
アイリーンの訓練は、実戦が中心だった。リリアも騎士団を目指そうと思ったあの日から、剣の訓練はしていた。
(一撃一撃が重い。これが団長直属部隊の実力?)
身体強化を駆使して、リリアも応戦するが、防戦一方になる。
「はぁ、はぁ」
「……そろそろ終わりにしましょうか」
魔力の残量はほとんどなし。体力も毎日の訓練で上がってきたが、まだまだ足りない。その事実を突きつけられる。
「身体強化ありなら、他の新人団員より少し上くらいかしら。すごいわね。癒し手としては必要十分だと思うわよ?」
リリアは思わず、アイリーンに頭を下げた。
「それじゃ、ダメなんです。体力だけでなくもっと強くならないと。お願いします。これからも教えてください!」
「ふーん。それはなぜかしら?」
(それは……なぜ?)
「私、きっとずっと誰かのためになりたいと思っていて。それをこの騎士団でで叶えるためには、強さが必要だと思うんです」
「ふーん。団長のためって、言わないんだ?」
団長の隣に立って、その望みを叶える。それは、ひとつの夢だと思う。
「……そうですね。もしも、その夢が団長のいるこの部隊で叶ったら素敵ですね」
それでも木下くんを思って泣くのが辛く、看護師の仕事に打ち込んでた日々。七瀬を救ってくれたのは、仕事に対する矜持と熱意だったから。
「そっか。リリアは可愛らしいだけの女の子じゃないのね」
「えっ?そんなこと言うのアイリーン先輩だけですよ?」
一瞬真顔になったアイリーンが破顔する。
「そう?じゃあ私にも……」
「……アイリーン。なにしている?連絡があったはずだけど?公示があるから早く来いって」
「あ、あら。ルード副団長いらしてたの?」
「団長がお前がリリアと訓練してると知って、落ち着かない。早く来てくれないか?」
「あら、うふふ。いじめたりしてないわよ?」
ルード副団長が、呆れたように嘆息した。
「はぁ。多分そういう心配ではないと思う。……公示前なのに自分が行くと言って聞かないのを宥めるの大変だったんだからな?」
「ふふふ。団長は心配性ね?じゃあ、リリアも一緒に行きましょうか?」
アイリーンが、リリアに手を差し伸べてくる。嬉しくなったリリアが手を繋ごうとするが、間に入ってきたルード副団長に阻まれた。
「あら、あなたもなの?」
「……ふざけるのはやめろよ。さ、リリアも聞く必要がある。団長直属部隊は全員集合がかかった。行こうか」
騎士団の広間につくと、もうほとんど全ての団員が集まっていた。
公示は、一段高いところに立つ団長が行う。
「南の砦に飛竜の大群が現れた。我らが第二騎士団は、本日夜に先発隊が出発。直属部隊は翌朝、飛竜討伐に向かう。……我らが剣は王国とともに」
「我らが剣は王国とともに!」
その時リリアはレオン団長と目があったような気がした。団長は氷のような厳しい顔をしていて、その心を読み取ることはできない。
剣を高く上げ、団員達の士気が高まる。リリアも練習していた通りに剣に誓った。
アイリーン「騎士団で話題になってるから、生意気な子かと思ってたのに想像と違う。これが心の妹?!」
リリア「アイリーン先輩みたいな大人な女性になりたい。」
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