薬師と聖女
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指令は次の日すぐには降りなかった。そんな時、準備を進めるリリアに、テオドールからの連絡が入る。
今回は、扉が開かないと言うことはなかった。普通にリリアでも開けることができる。探してみたが、謎解きの立札も見当たらなかった。
リリアは、今度はクリアして見せると意気込んでいたのでほんの少しだけ残念に思った。
「あー。前回のあれは、レオン対策というか。君たちの噂聞いてたからね。ちょっとした冗談のつもりが扉を粉々にされて参ったな」
今日レオン団長は作戦会議のためリリア一人で来た。最後までレオン団長は付いて行きたいと渋っていたが。
「まずは、婚約おめでとう」
「ありがとうございます」
そういうと、テオドールは手を差し出してリリアを椅子までエスコートしてくれた。眼鏡の奥のグレーの瞳も、今日は穏やかで知的な王子様という印象を受ける。
(完璧なエスコート。そういえば、テオドールさまは王子様なのだったわ)
「そんな顔するのやめてくれる?前回はレオンの手前しなかっただけで、御令嬢に対しての礼儀くらい僕だって弁えているんだから」
そう言ってテオドールが出してくれた飲み物は、普通のジンジャエールだった。紫でも不思議な香りがするわけでもない、普通の飲み物が出るなんて、予想外だった。
「その割に初対面の日、詰め寄ってきましたよね」
「ああ、あれはなかなか進展しない研究にようやく光明が見えて興奮しちゃってたから。悪かったよ」
ククッと楽しそうに思い出し笑いするテオドール。初対面が強烈だったが、普段は周りに知的で礼儀正しいと評価されているのかもしれない。
「さ、本題に入ろうよ。僕は構わないんだけど、レオンはヤキモキしてるだろうからね」
「あの、今回私を呼び出したのは」
テオドールに再び手を引かれ、前回、試作品を手渡された研究室の奥へと進む。
「……テオドールさまのおかげで、2人とも生き残ることができました。ありがとうございます。命の恩人ですね」
「……それは、君たちがまだ死ぬべき時じゃなかっただけの話だよ。礼を言われるようなものじゃない」
そう言いながら、テオドールは前回と同じ容器に入ったポーションを箱ごと出してきた。
「この間のと同じものは、作れなかったんだ。これは怪我を治すことはできるけど、闇属性の魔獣に打っても魔力がなくなるようなことはなかった」
「そうですか……じゃあ、レオン団長には効かないんですね」
「おそらく」
あんな場面が何度もあったら、命がいくつあっても足りない。そう思いながらも、リリアはいつかまたという気持ちが拭えずため息をつく。
「これは、全部リリアにあげるよ。婚約祝い」
「えっ?!そんな、これほどのものどれだけの価値があるか」
テオドールは、研究に情熱を注いでも、商売には興味がないようだ。おそらくこれは、莫大な富をもたらすものだと言うのに。
「庶子が目立ちすぎると、碌なことがない。僕はそれを弁えてる。まあ、レオンみたいな規格外であれば仕方がないのかもしれないけど」
「テオドールさま」
グレーの瞳は、今は何を見ているのだろうか。
「それに、研究費は陛下が用意してくれるし、これ作るのにはドラゴンの素材を使ってるから。ロンだっけ?ありがとうって言っといて」
「え?じゃ、魔石を用意してくれたのは」
悪戯に成功したような顔のテオドール。ロンの提供した素材と、ピーコックブルーの魔石を交換してくれたのは、テオドールだったようだ。
「魔石は、研究に使うけど、色はそれほど重要じゃないからね」
「ありがとう……ございます」
「それ、半分は僕が贈ったようなものだね?」
胸元に光る、魔石のネックレスを見つめながら、テオドールがそう呟いた。
「えっ?!」
「……冗談だよ」
そう言いながらも、テオドールはリリアから目を離さない。真剣な瞳から、リリアも目を離すことができなくなった。
先に目を逸らしたテオドールだったが、再び向き合うと微笑んでリリアに告げる。
「僕はいつでも力になるから、レオンがいうこと聞かなかったらここに逃げておいで?」
意味深な笑顔に見送られ、リリアはお土産というにはあまりに高級なポーションを箱ごと抱え、テオドールの研究所を去った。
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