そいつの前ではプリンセス?
2013年ごろに書いていた短編です。少し手直しして再掲。
「すべての女性は皆等しく現実と戦う美少女戦士であり魔法少女である。
僕は彼女たちが戦地へ赴く際、最後の勇気・活力を与えられるような、そんなコンパクトを開発したいんです。
ぱちんと閉じたその瞬間、一日を頑張りぬける魔法をかけたいんです!」
静まりかえった会議室に、熱意に満ちた声がよく響いた。
あっけにとられる参加者をしり目に、声の主はやりきったような、満足そうな笑みを浮かべていて。
そんな彼の様子に、私は一拍置いた後、ぷっと吹きだしてしまった。
発言はオタクっぽいけれど、こんな人の元で仕事がしたい。力になりたい。きっと面白い仕事ができそうだ。
私が商品企画部に移動願いを出したのは、会議が終わってすぐのことだった。
「嬉しいよ、コンパクトに縁のある子が来てくれて。僕は千葉護、ここの責任者だよ。よろしくね、アッコちゃん。ところであの呪文は……」
「あ つ こ です。今日からよろしくお願いします」
……前言撤回。彼はオタクっぽいんじゃなくて、完全にオタクだった。
意外にも移動願いはあっさりと通り、私は千葉さん率いる企画部へと配属されることとなった。
どうやら彼らも新しいデザイナーが欲しかったらしく、タイミングが良かったとのことだった。
アッコちゃん発言の初対面から早数か月。ここでの仕事や突如始まる千葉さんの魔法少女語りにも大分慣れてきた現在、来期春発売予定の新製品コンパクトのデザイン案を詰めるため、私は千葉さんと二人で就業時間がとっくに過ぎた社内に残っていた。
「アッコちゃんごめんね、遅くまで残らせちゃって」
「いえ、仕事ですし。明日のプレゼンに間に合って良かったです。それからアッコちゃんて呼ぶのやめてください」
「いいじゃないか、可愛いよ?アッコちゃん。それに僕好きなんだよね、あのアニメ。僕の原点だし」
ふわっと鼻をくすぐるコーヒーの香りと、くすくす笑う声にモニターから顔を上げれば、千葉さんが両手にカップを持って立っていた。
「はい、ミルクだけでよかったよね?」
「あ、すみません。私がやるべきでしたのに……ありがとうございます」
「いいのいいの。付きあわせちゃったしね、どういたしまして」
柔らかく目を細める千葉さんに、ちょっとどきっとしながら両手でカップを受け取った。
オタク発言さえなければ、そこそこかっこいいのだ、この人は。
不覚にもときめいてしまった自分を隠すかのように、私は慌てて口を開いた。
「原点って、どうしてですか?」
「ん? それはね、僕がこの世界に興味をもったきっかけだから」
スティックシュガーの三本目に手をかけながら、千葉さんは懐かしむように言葉をつづけた。
「当時二代目だったかなぁ、アニメが放送されててね。妹がそのアニメ大好きで、毎週見てたんだよ。僕は違う番組がみたかったんだけどさ。
それで母さんのコンパクト引っ張り出しては真似してごっこ遊びしてたんだよ」
プラスチックのマドラーが、くるくると千葉さんの手元で踊る。
「もちろん見た目は変わらないよ? でも、なんでかな、顔つきが変わるんだよね。なりきっちゃうというのかな。それが面白いなって思って。
たかが化粧品のコンパクトなのにって、思ってたんだけど、街に出て周りを見てみたらさ、結構いるんだよね」
「いる、とは?」
「……たとえば、デートの待ち合わせ中の女の子。鞄からコンパクトを出してさ、前髪とかメイクを直してぱちんって閉じたら、出す前と顔つきが違うんだよね。
ぐっと可愛くなってるの。『よし、可愛い自分で会うぞ!』って、気合が入るのかな。そんなの見てるうちにだんだん本気で面白くなってきてね」
「あぁ、確かに気合が入るというか、心持は変わりますね」
私だって女の端くれだ、デート前のその行動には身に覚えがある。
「でしょ? そういうコンパクトを魔法の道具に見立ててアニメにするってすごいなーって思ってね、色々他の魔法少女物も好奇心で見てたら、こうなっちゃったわけだけど」
自虐する様におどけて笑う千葉さんに、つられてくすっと笑みがこぼれた。
「中でもやっぱりメイク道具をモチーフにしてる作品に惹かれてね。小さいうちからこういうの使うとかっこよくなれたり、可愛くなったりできるんだよって刷りこんでるのかなとか、そんな社会の陰謀があるんじゃないかとか考えたりもしてね。まぁとにかく色々興味を持つきっかけになったんだよね」
「逆に言えばそうしないと綺麗になれないよっていう脅迫にも取れますけどね」
「そんな夢の無いこと言うなよ。で、進路考える時にこの道に進もうって決めたんだ。アニメーターになって魔法少女そのものを届けるって手もあったんだけど、やっぱり僕はあのコンパクトを閉じた時の印象が忘れられなくてさ。
僕が女の子に魔法をかけようって、思ったんだよね。小さい頃に見たヒロインみたいに派手に変身できなくても、自信とか元気がでる魔法をね。頑張るリアルの女の子たちにさ」
ちょっと臭かったかな、と照れたように頭を掻く姿に、私はふるふると首を振った。オタクな発想であったとしても、商品や使う人のことを思う気持ちは凄く真っ直ぐで、今の自分の仕事が本当に大好きなんだろうなと感じられたから、改めてこの人の下で仕事ができてよかったなと素直に思えた。
「……とても、良いと思います。正直千葉さんがそこまで真面目に考えてたなんて意外でした。認識を改めます」
「酷いな、僕はいつでも真面目なのに~」
拗ねたように音を立ててコーヒーを啜る姿に苦笑して、私も少し冷めたカップに口を付けた。
「あ、化粧品、といえば、ですけど、私たちの世代はメイクアップって叫ぶヒロインでしたね。リップやマニキュアが塗られて変身していくのをよく覚えてます」
「そっか、アッコちゃんはその世代なんだね」
こくりと頷いて、先ほどの千葉さんの話を反芻しながら、ぽつぽつと言葉を繋いだ。
「小さいから、メイクアップって言葉の意味なんて当時は知らなかったですけど、そう考えると千葉さんの言うとおり、お化粧って魔法みたいですね」
ふふっと笑んで見せれば、千葉さんは満足げに何度も頷いた。
「だろう? ふふっ、僕の賛同者が増えた増えた! ……ところで、さ。その世代なら聞き覚えないかな?」
「賛同までは行かないですけど…… へ? 聞き覚えって、何がですか?」
意味が解らず首を傾げれば、千葉さんはにっこり笑って、僕の名前、と続けた。
「なまえ…… ちば……まもる? ……あ!!」
「ね? あるでしょ? なんならタキシード着ちゃう? 薔薇は持ち歩いてないけどね」
いたずらが成功したように、楽しそうに片目を瞑る千葉さんに思わず乾いた笑みが零れた。
「……はは、自分でそれ言っちゃうんですか」
「だって、字は違うのに散々いじられたからね~ この名前。だからもう開き直っちゃえって」
頬杖をつきにやにやと目を細める。半目で若干の冷たさを乗せて見返せば、全く気にしないように、千葉さんはいっそ猫も飼おうかなと呟いた。
「月って書いてユエとかどうよ、それかライト!」
「ネーミングセンスに意図を感じます…… その前に猫が一緒なのはタキシードさんの彼女の方ですから」
「あ、そういえばそうだね。じゃあアッコちゃんが飼いなよ」
「……は?」
なんでそうなる。上司ということも忘れて思わず素で返せば、千葉さんはそれがいいと勝手にうんうん頷いている。ちょっとよく意味が解らない。
「だって、アッコちゃんだけど、うさぎちゃんじゃん、君。それにあのアッコちゃんも飼ってたよね、猫」
でしょ? と同意を求めるように首を傾げる姿に、思わずカップを握る手に力がこもった。
「はぁ!? 私は右崎です! う さ き! アッコちゃんでもないあつこです、あ つ こ!」
「えー、言いにくいよ。うさぎでいいじゃん。それで猫飼おうよ、僕も面倒見るから」
「言いにくいで人の名前勝手に変えないでくださいよ。猫も飼いません! 全く……」
残ったコーヒーをぐっと飲み干す。ふうっと息をつくと、やっぱ伝わらないか、と顎に手を当てて考え込む千葉さんが視界の端に映った。
「千葉さん?」
不思議に思って声をかけると、僕の今までの言葉で理解してね、と、前置きした後真剣な色を宿した瞳が私をじっと見つめた。
「……ねぇ、僕は君もリアルを生きる魔法少女で美少女戦士だと思ってるけど、それ以上にプリンセスにしたいなと思ってるんだよね」
「……へ? ……え、あ…… それは、つまり…… えぇ!?」
いきなりの事に真っ赤になって固まる私を、クサかったかなと照れ笑いで眺めたのち、いい笑顔で千葉さんが口を開いた。
「僕のセレニティになってよ、アッコちゃん。いや、うさぎちゃん」
どっちも違う、という言葉はちゅっと重ねられた唇に飲みこまれてしまった。
……その後の展開は、私が折れて猫を飼いだしたことで察していただきたい。
了