98・【SIDE レティシア】
【SIDE レティシア】
——ここに閉じ込められて、どれくらいの時が経っただろうか。
レティシアは牢屋の中で、暗い気持ちのまま考えていた。
ドラゴンが国に攻め入っていたかと思えば、次は魔族。さすがの王国でもアンデッド系の魔族を多数従える軍団になす術がなかった。
そして投獄。
(もう……わたしの人生はここで終わり)
そう思っていた。
自業自得であることは自分でも分かっている。
最初の頃は、エリアーヌに対する恨みもあったが……それも時間が経ち、だんだんと自省の念に駆られ始めた。
(エリアーヌ……そして隣国にあんな酷いことをしてしまったんだ。もう誰も助けに来てくれないに違いない)
しかしそんな時……彼女がやって来たのだ。
『でも……歓迎されていないようでしたら、帰りましょうか? 私、あなたのことなんて、もうどうでもいいですし』
エリアーヌだ。
そう口にする彼女は、王国にいた頃よりも一段と大きく見えて……そして幸せそうだった。
レティシアはリンチギハムに嫌がらせをし、そしてさらにエリアーヌを殺そうとした。
しかし計画は失敗。アルベルトの剣にかけていた呪いが跳ね返され、レティシアに災いが降り掛かった。
自分の可愛い顔が誇りだった。
そのおかげで、今まで良い思いもたくさんしてきた。
そんな彼女にとって、このような仕打ちは堪え難いものであった。
自分に跳ね返った呪いはどんな解呪士でも解除することが出来ないだろう。
唯一可能性があるならエリアーヌだと思っていた。
(だけど……彼女がわたしを助けてくれるはずがない)
ゆえにエリアーヌが地下牢にやって来たのを見ても、希望の光が心に宿る……というわけにはいかなかった。
正直、彼女の顔を見たくもない。
今更彼女にかける言葉もない。
なにを言っても、決してエリアーヌは自分を許してくれないだろう。
エリアーヌはナイジェルと一緒に来た。
後ろには先日、王都を襲撃したドラゴン……と名乗る男の姿もあったが、それよりもナイジェルに、レティシアは目がいった。
やっぱりカッコいい。
でもどうしてだろう。
思っていたほどよりは、彼を見てもドキドキしなかった。
(まあ……もうわたしには関係のないことだ)
そうして心の内に引きこもっていたレティシア。
しかしそんな彼女が目を疑った。
『……頼む! ボクに色々言いたいこともあるだろう。だがその前に……レティシアを治してやってくれないか?』
あのクロードが頭を下げている!?
あんなクロードの姿は見るのはレティシアでも初めてのことであった。
しかも自分のことではなく、レティシアのために土下座している。今までの彼の性格からして、これは考えられないこと。
驚いたのはエリアーヌも一緒だったらしい。
エリアーヌは一瞬目を見開いたが、やがて「はあ」と溜息を吐いた。
鉄格子の扉をドラゴン男に無理矢理開けてもらって、レティシアに近付いてきた。
「……なんのつもり?」
そんな彼女を見て、レティシアはそんな言葉を口から零してしまっていた。
無理もなかった。
レティシアに裏切られたアルベルトが王国に義理を感じているとは考えられにくい。
自分の身を守るため、あっさりと口を割っているだろう。
エリアーヌは自分を殺そうとした元凶を、レティシアであることを看破しているはずだ。
(治そうと見せかけて、なにか仕掛けてくる……?)
そう警戒を強めた。
しかし。
『なんのつもり……って、今からあなたを治して差し上げます』
彼女はそう口にした。
その言葉を聞いて、さらにレティシアは混乱した。
(どうして? 彼女がわたしを助けるのになんのメリットがある? クロードが頼んだから? いや、クロードに対してもエリアーヌは負の感情を抱いているに違いない。なにを考えている?)
『あれを見てなお、あなたを見捨てられるほど私も性格が悪くないですよ。あなたと違ってね』
エリアーヌは理由を説明したが、レティシアは到底納得出来るものでもなかった。
だからかもしれない。
少しの反抗心を持って、彼女はこう答えた。
「……謝らないんだから」
これは呪術師として今まで生きてきた、レティシアの矜持であった。
呪術士として他人を利用し、価値がなくなったら殺し……そんな彼女が生きてきた道筋。
それに謝っても許してもらえるとは思えなかった。許す理由がエリアーヌにはなかったからだ。
だからここまできて、まだエリアーヌが自分を治してくれるものとは思っていなかった。
だが。
『すぐに終わります』
と彼女は上着越しにレティシアの顔に手を触れた。
その瞬間、顔全体が温かくなった。
そして……。
『治った……! 君の可愛い顔が元通りになっている! もう君が落ち込む必要はないんだ……! ありがとう……エリアーヌ! 今回ばかりは君に感謝する!』
クロードが駆け寄ってきて、レティシアを強く抱きしめた。
治っている……?
疑いはしたものの、クロードの目から零れている涙に、自分の顔が微かに映った。
そしてこの時……やっとのことで彼女は理解が追いついたのだ。
——エリアーヌが自分を治してくれたと。
『ふふ、仲の良いことで』
そんなクロードとレティシアを見て、エリアーヌが微笑ましそうに視線を向ける姿が目に入った。
レティシアを助けることはエリアーヌにとって、なんらメリットがない。
(でも……もしかして彼女はメリットだとかデメリットだとか、そういうのをあまり気にしていないんじゃないか?)
それはレティシアと真逆の考え方であった。
レティシアは自分の欲しいものがあったら、どんな手段を使っても手に入れようとしてきた。
常にメリットとデメリットを天秤にかけ、自分の利になる道を通ってきた。
そんな生き方を後悔したことはない。
だが、ふと自分が歩いてきた道を振り返ってきて思うのだ。
その道は乾いた道だ。
花の一つも咲いていない。
頭蓋骨が道ばたに転がっているような悲惨な道。
(それに対して、エリアーヌの歩いてきた道は……花がいっぱい咲いているんだろうなあ)
真の聖女。
レティシアの脳内に、そんな言葉が浮かんできた。
エリアーヌの歩いてきたであろう、花が満開の道を……レティシアはちょっぴり羨ましく感じるのであった。
 





