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「……なるほど。国王陛下やクロード達は、城の地下に閉じ込められているんですね」


 王城までの道を歩きながら。

 私はクラウスに王都の現状を聞いていた。


「はい」


 クラウスが首肯する。


「私達もすぐに陛下や殿下の救助を考えました。しかし……魔族は街中だけではなく、城内にもいます。そう簡単に救助することは不可能です」

「まあ、そうですね」


 私が頷くと、「ですが」とクラウスは話を続けた。


「聖女様のお話を聞くに、あなた達のおかげで王都を制圧していた魔族は全滅したようです。今でしたら、囚われている陛下達を助けに行くことが出来るでしょう」


 本当はすぐにでも、自分の命を投げ打ってでも国王陛下を助けたかったでしょう。

 クラウスはそういう男ですから。


 ドグラスの活躍によって魔族は全滅した。

 いきなりドラゴンが王都に来たと思ったら、魔族をやっつけてくれたんですからね。現状を把握するだけで精一杯だったでしょう。

 ゆえに魔族が本当に全滅したかどうか、クラウス達に知る術はなかった。


 真面目なクラウスのことです。

 誰よりも今までの状況に悔しさを感じていて、どうしようもない無力感に打ちひしがれていたに違いありません。


「…………」

「エリアーヌ? 暗い顔しているけど、大丈夫かい?」


 ナイジェルが私を気遣ってくれる。


「い、いえいえ。大丈夫……ですが、とうとうクロードと再会すると考えたら、なんだか気が重くって」

「君を追放した大元だもんね。そうなるのも仕方がないよ。僕もクロード殿下の顔を見たら、苦言の一つや二つも言ってしまいそうだし」


 ナイジェルが肩をすくめる。


 これは覚悟をしていたこと。

 王国を救済すれば、必然的にクロードと顔を合わせることになる。


 でも……今更なにを話しましょうか?


「ガハハ。エリアーヌ、なにを気に病んでいるのだ」


 そんな私の背中を、ドグラスが快活にポンポンと叩く。


「王国にいた時はそうでもなかったかもしれないが、今の汝はクロードよりも立場が上だ。なんせクロードにとって汝は救世主なんだからな。手荒な真似はしないはずだ」

「……そうでしょうかね?」


 クロードの性格を考えると、こんなことがあったからといって態度をあらためるとは到底思えない。


 だけどドグラスの顔を見ていると、なんだか勇気が出てきた。


「もしあやつが汝に酷いことを言うようなら、我が叩き潰してやる。汝は大船に乗った気分でいるといい」

「そうだよ、エリアーヌ。君は一人じゃない」


 ドグラスとナイジェルがそう励ましてくれる。


 ……うん。

 そうです。なにも一人で抱える必要はありません。


 私にはこんなに頼りになる仲間がいるのですから!


 そう考えると、ずしーんと重くなっていた心が少し軽くなったように感じた。


「こちらです」


 やがてクラウスの後をついていった私達は王城に足を踏み入れた。


 久しぶりの登城。

 だけど感慨に浸っている暇はありません。


 クラウスに導かれ、私達は地下牢があるところへと真っ直ぐ歩みを進めていった。


 そして階段を降り、地下牢があるフロアまで辿り着くと……。



「エリアーヌ?」



 ——いました。


 奇しくも最初に私達が発見したのは、クロード王子でした。


「クロード……」


 私も自然と口からその名前が零れてしまう。


 クロードを見ると、今までのことが走馬灯のように頭に駆け巡った。


 ここに来るまで色々なことがあった。

 婚約破棄……追放。そして隣国の王子様のナイジェルと出会い、彼と婚約。さらには精霊の村を救って……と聖女を辞めてからも、目まぐるしくも楽しい日々だった。


 鉄格子の先のクロードは、髪や服もボロボロ。

 正直、こんな彼の姿は初めて見る。


 まともにものも食べさせてもらえていなかったのか、前よりも随分痩せ細っている。


 でもこんな姿の彼でも、一目見たら「クロード」だと分かるのは、なんだか皮肉ですね。

 それほど私はクロードと同じ時を過ごしていた……ということなのでしょうから。


「一体どうしてお前がここに……いや、今更なにしに来た。こんな姿のボクを見て笑いにきたのか?」


 クロードが力なく笑う。


「あら。まだそんなことが言えるんですね。お元気そうでなによりです」

「……相変わらず、お前はボクの神経を逆撫でするようなことを言うな」


 顔をしかめるクロード。


 けれど……私が王国にいた頃のクロードよりも、じゃっかん性格が丸くなっているように感じる。

 まあ考え方を変えたというよりも、ただ反抗する元気がないだけだと思いますけれど。


「エリアーヌ……あまり話したくないなら、無理して話さなくてもいいんだよ。ここからは僕が……」

「いえ、問題ありません。クロードは私に任せてください」


 後ろから気遣ってくれるナイジェルに、私は前を見つめたままそう口にした。


 ここで逃げてしまうのは簡単。

 でもクロードとは真っ正面から、ちゃんと向き合いたい。


 そんな私の覚悟が周囲にも伝播でんぱしたのか、他の方々も一歩退いて、私達に口を挟もうとしませんでした。


 でも……意外でした。

 クロードとこうして再会しても、不思議と憎しみは湧いてこない。


 彼が弱っているせい?


 私もつくづくお人好しです。


「でも……歓迎されていないようでしたら、帰りましょうか? 私、あなたのことなんて、もうどうでもいいですし」


 ちょっとした悪戯を吐いてみる。

 クロードがどういう行動に出るのか興味が湧いてきたからです。


 クロードは人に頭を下げることを知らないおぼっちゃま。



『……っ! ボクはこの国の王子だぞ! なんて口の利き方をするんだ!』



 とこの期に及んで憤慨でしょうか?


 しかし——次にクロードの口から出た言葉は、私も予想外のものでした。


「……頼む! ボクに色々言いたいこともあるだろう。だがその前に……レティシアを治してやってくれないか?」


 クロードがそう言って、後ろに目をやる。


 彼の視線の先には、頭から上着(クロードのものでしょうか?)を被っている一人の女性がいた。

 その女性は部屋の片隅で小さくなって座っている。

 地下牢が薄暗いせいで、クロードが言うまで気付きませんでした。


 あれは……?


「……エリアーヌ」


 女性の口からか細い声が漏れる。


 その声を聞いて、私はハッとなった。



 レティシアです。



 間違いありません。


 王室に取り入り、クロードをたぶらかした女。

 そして追放された私にも嫌がらせをし、SS級冒険者アルベルトに呪いの剣を持たせた張本人。


「……どういうことですか?」


 今、レティシアがどういう状況か私には大体分かっている。

 だけど私はとぼけた振りをして、クロードに問いかけた。


「な、何故だか分からないが、レティシアが顔に酷い傷を負ったんだ! どんな治癒士に診てもらっても、一向に良くならない。お前ならレティシアを治せるんじゃないか?」


 あらら。

 私が返した呪いは、レティシアの顔に現れましたか。


 ああして上着で顔を隠しているものの、相当酷いことになっていそう。


 治癒士に診せても治らない? 


 それはそうです。だってレティシアには自らの強い呪いが跳ね返ったんですからね。

 相当腕の立つ解呪士かいじゅししか……いや、それでも治せないかもしれません。


 治せるのはたった()()——。


「追放しといて、今更私に頼み事ですか?」


 自分でも驚くくらい冷たい言葉が口から出た。

 クロードがどういう反応をするか気になりましたが、ここでも彼は驚くべき行動に出た。


「頼むっ!」


 クロードは両手両膝を地面に突き、頭を下げる。


「もうお前しか頼れるヤツはいないんだ。レティシアが治るなら、ボクはどうなったっていい。だから……レティシアだけでもどうか!」

「……っ!」


 さすがの私もこれには言葉を失ってしまう。



 ——ク、クロード王子が土下座!?



 そんなこと、今までのクロードからして考えられない行動でしたから。

 一瞬言葉を失ってしまう。


「……はあ」


 溜息を吐く。


「分かりました。取りあえず診てみましょう」

「ほ、本当か!?」

「ええ……と、まずはこの牢屋を開ける必要がありますね。ドグラス」

「うむ」


 ここでドグラスが前に出て、鉄格子の扉を無理矢理こじ開けた。

 ドグラスにかかればこんな鉄格子、砂糖細工みたいなものです。


 私は中に足を踏み入れ、レティシアのもとへ近寄った。


「…………」

「みなさんには見られたくないでしょう。上着はそのまま被ったままでいいですよ」


 しゃがみ、上着越しにレティシアの顔に手を当てる。


「……なんのつもり?」


 それは私にしか聞こえないくらい、小さな声。

 か細い声でレティシアが私に問う。


「なんのつもり……って。今からあなたを治すつもりですが?」

「わたしがあんたになにをしたのか知っているでしょう? これがわたし自身の呪いのせいっだって。なのにどうして?」


 レティシアが警戒心を募らせる。


 さあ……私も自分でなにがしたいのか分かりません。

 レティシアがこうなったのは、いわば彼女自身の自業自得。彼女を救う義理はどこにもないのですから。


 だけど。


「クロードが頭を下げていましたからね。彼が変な打算をしているわけでもないことも分かります」


 そんなこと、クロードに出来るわけがないですから。


「あれを見てなお、あなたを見捨てられるほど私も性格が悪くないですよ。あなたと違ってね」

「……謝らないんだから」


 ぼそっとレティシアが呟いた。


「まだ元気は残っているようですね」


 自然と笑みが零れてしまう。


 そう……彼女はこれで良い。

 なんなら、ここで謝られても「なにか裏があるのではないか?」と勘ぐってしまうところです。

 腹黒な本性には王国にいる頃から気付いていましたし、こっちの方が彼女らしいです。


「すぐに終わります」


 私の手を中心に優しい光が灯る。



「……治りました。どうか上着を取ってください」



 レティシアがおそるおそる上着に手をかけ、顔を露わにする。


「レ、レティシア!」


 後ろで成り行きを見守っていたクロードが、真っ先にレティシアに駆け寄る。


 そして彼女を強く抱きしめる。


「治った……! 君の可愛い顔が元通りになっている! もう君が落ち込む必要はないんだ……! ありがとう……エリアーヌ! 感謝する!」

「ほん……と? わたしの顔、元に戻ったの……?」


 レティシアを抱きしめるクロードの目から涙が零れる。

 涙がレティシアの服を濡らした。


 一方、レティシアはまだなにが起こっているのか分からないのか、戸惑いの表情。


 うん。

 私の知っているレティシアのお顔です。

 いくら強い呪いでも、私にかかればこのようにお手の物。


「ふふ、仲の良いことで」


 喜んでいる二人を見て、いつの間にか私も笑っていた。


 クロードに「ありがとう」って言われるなんて、これも初めてのことだったから——。

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