96・聖女、再び王国に足を踏み入れる
私達は何日かかけて、とうとう王都に辿り着いた。
「どうやらドグラスが魔族達をやっつけてくれたようですね」
王都に着くと、建物や地面やらにヒビが入っていて、被害は甚大のよう。
だけど魔族の姿は見えなかった。
「どうやらその通りだね。エリアーヌの読みが当たったみたいだ」
「なによりです」
まあ……ドグラスのことだから心配はしていなかったけれど、それでもちょっとは不安になっていたのです。
「そういえばドグラスは……」
辺りをキョロキョロ見渡すと、
「ようやく来たか」
高い建物から颯爽と飛び降り、私達の前に着地する一人の男が現れた。
ドグラスです。
「ドグラス、ご無事ですか? 怪我とかないですか?」
「はっ! このような低級魔族の軍団など、我にとっては虫けらのようだ。しかも聖水という便利なものまで持たせてもらっていた。心配は無用だ」
とドグラスは「ガハハ!」と笑った。
元気そうなドグラスの姿を見て、私達はほっと胸を撫で下ろす。
「でも……まだ王都は混乱しているようですね」
とてもじゃないけれど、私がいた時の王都の姿とはほど遠い。
街全体が衰弱しているみたいで、元気がない。
仕方ありません……ドグラスがやっつけてくれたとはいえ、ちょっと前まで魔族がいたのです。
まだ住民達は不安で仕方がないのでしょう。
「とにかく……今すぐ王国の国王陛下のところまで行こうか。本来ならこんな突然で謁見など出来ないが、そんなことを言っている場合じゃないからね」
ナイジェルが今後の指針を伝える。
街にいた魔族は殲滅し終えたとはいえ、これが魔族の全てなわけがない。
第二派……第三波が襲いかかってくることは、容易に想像が出来るので、すぐにでも対策を練らなければ……。
「おい! リンチギハムの連中がなにしにきやがった!」
そう思考を巡らせていると。
一人の騎士らしき男が私達の前に現れ、怒号を発した。
「君は……王国の騎士かな?」
ナイジェルが問いかけると、騎士の男は鷹揚に頷いた。
「なら話は早い。僕はリンチギハムの王子、ナイジェル・リンチギハム。急なことではあるが、すぐにでも国王陛下との謁見を申し出る」
「はっ! 嘘を吐くな。なにを考えているか分からねえが、王子なわけないだろ! さっさとこの街から出て行け!」
騎士がしっしと手を払う。
その声につられたのか、他の騎士達も私達の前に集まり出した。
「でもその紋章は……リンチギハムのもの? なにしに来た」
「そんなの、決まっているだろうが。魔族のせいで弱りきっている今、王都を落としにきたに決まっている」
「我等は王国の剣であり盾! これ以上一歩でも街に足を踏み入れるつもりなら、タダでは済まさない!」
一斉に罵倒を投げかけてくる。
みんな、剣や槍を構え私達を威嚇している。
それでも……襲いかかってこないのは、きっと勝ち目のない戦いだと思っているから。
その証拠に騎士達が持っている剣や鎧はボロボロ。とても戦えるものとは思えません。
「まあ……当然の反応だろうね。簡単に信頼されるとも思っていなかった」
ナイジェルが肩をすくめる。
馬車の中でも話していたけれど……正直魔族退治より、いかに彼等を納得させるかの方が難問。
今、彼等は魔族によって街を蹂躙され、警戒心が研ぎすまされている状態。
そんな状態で隣国が騎士団を連れて来たとなったら……こうして剣を向けるのも仕方がありません。
「ナイジェル。強行突破するか?」
ドグラスが拳を鳴らしながら、ナイジェルに問う。
「いや……あまり手荒な真似はしたくない。きっと誠意を持って話せば、彼等も分かってくれるはずだよ」
「そういう風には思えないがな? いくら汝が言葉を重ねようとも、こいつ等は我達を信頼しないだろう。それにこの程度で簡単に我等を国王陛下に合わせるようでは、国に忠誠を誓った騎士とは言い難い」
「それはそうだけど……」
ナイジェルも言い淀んでいる。
だけど……ドグラスの言う通り、強行突破しかないのでしょうか?
とはいえ、相手に怪我を負わせるような真似はしたくない。
どうしたものでしょうと考えていると……。
「エリアーヌ様!」
聞き覚えのある、一人の男の声が聞こえる。
「剣を下ろせ。聖女の前だぞ」
そう男が声を放つと、迷いながらも騎士達はすっと剣先を地面に向けた。
騎士達が左右に分かれ、私達に向かって歩いてきたのは……。
「クラウス!」
王国の騎士団長——クラウスでした。
この国では数少ない私の理解者。この国を追放された時も、クラウスは私の身を案じてくれた。
クラウスは歩を進め、やがて私の前に着くと地面に膝を突く。
「聖女様。お久しぶりです。クラウスです」
「久しぶりですね。こんな時に言うのもなんだけれど、クラウスがご無事そうで良かったです」
「それは私の台詞です。聖女様がこの地に再び足を踏み入れられたこと、心から嬉しく思います」
クラウスは頭を下げたまま、相変わらずの几帳面な台詞を吐く。
久しぶりにクラウスを見て、なんだか泣きそうです。
でも久しぶりの再会を懐かしんでいる暇はない。
「クラウス……信じてくれないかもしれないけれど、私達はこの国を救済したいと思っています」
「…………」
クラウスが黙って私の話に耳を傾ける。
「一度、王国を出てなにを言っているんだとお思いでしょう……ですが、そんなことを言っている場合ではないことも確かです。どうか私達を国王陛下に会わせていただけませんか?」
否定されるかもしれないとは思った。
何度も言うが、クラウスは私の理解者。むげに扱うこともないでしょう。
ですが、人一倍規律を重んじていたのもクラウス。
いくら私が頼んでも、簡単に国王陛下に会わせてくれるとは思えません。
しかし。
「……分かりました。私はあなたを信じます。他の者には私が言っておきましょう。どうか王城へ」
立ち上がり、クラウスは半身になって手を王城の方へ向けた。
「ほ、本当に良いんですか!」
「はい。もし他の者が文句を言おうとも、私がそいつ等を斬り伏せましょう。あなたの行く手を阻む者は、何人たりとも私が許さない」
「て、手荒な真似は止めてくださいね。そんなことをしたら、クラウスも大変なことになるでしょうから」
「冗談です」
クラウスが口元に指を付けた。
真顔でこんなことを言うものだから、ついつい騙されてしまう……いや、実は冗談じゃないかもしれないけれど。
まあクラウスのことだから、なにか考えはあるんでしょう。
「行きましょう、ナイジェル」
「うん。それにしてもエリアーヌ、警戒していたけど……この国は君の敵ばかりではないようだね」
「はい。クラウスは信頼出来る男です」
胸を張って、自信満々にそう答える。
クラウスがそう言ったためか、最初は敵意丸出しだった他の騎士達は戸惑いながらも警戒を解く。
誰も私達の歩みを阻もうとはしなかった。
クラウスを横切ろうとした時。
「ガハハ。久しぶりだな、強き者よ」
「……あなたは?」
ドグラスがクラウスにそう一言発した。
クラウスは首をひねって、誰だか分かっていない様子。
確かドグラスはリンチギハムに来る前、王国に立ち寄ったと言っていた。その時になにかあったかもしれない。
「ナイジェル」
と後ろからナイジェルを呼びかける、アドルフさんの声。
「なんとか平和的に話し合いが出来そうだな。戦いが生じるかもしれないとは思っていたが」
「そうだね。エリアーヌのおかげだよ」
「それにしても……エリアーヌのことを『聖女様』と言っていたが? あれはどういうことだ?」
「さあね」
ナイジェルが表情一つ変えずに肩をすくめる。
……うん。
そろそろ聖女だったことを隠し通すのは限界でしょうか?





