93・みんなでおにぎりを食べましょう
当日は少し早く目が覚めてしまった。
私達は準備を済ませると、すぐに街の入り口まで向かいました。
「急なことながら、僕に力を貸してくれることに礼を言う」
集まった騎士団を前にナイジェルが演説をする。
「今、王都は魔族によって制圧されている。王国を救う義理はどこにもないが……このままでは隣国であるリンチギハムまで被害が及ぶ可能性もある。そこで魔族をおさめるため今回、兵を出すことになった」
既に説明はされていると思うけれど、ナイジェルがあらためてみんなの前で説明している。
話していると、騎士団長のアドルフさんが手を挙げた。
「相手は魔族だ。厳しい戦いになるだろう。それなのに……これだけの少数で本当に大丈夫なのか?」
さすがに昨日今日ということもあって、王都に行くのは騎士団でも選りすぐりのメンバーだけだ。
——きっとこのことについても、アドルフさんはナイジェルから事前に説明を受けているんでしょうけれど……。
あえて一度みんなと情報を共有し、そして認識を間違えないようにするためにも。
この場でアドルフさんはナイジェルに問いかけたのでしょう。
ナイジェルはアドルフさんからの質問を受けて、淀みなくこう答える。
「ああ。王都を制圧している者はバルドゥルと呼ばれる魔族の一派だ。しかしリーダー格であるバルドゥルは、既に始末した。残っている魔族で統制が取れるとも思わないし、十分勝算はある」
「ふむ……そういや、その魔族の集団はアンデッド系が多いらしいな。幸い聖水のストックも多いし、これだけの数でも問題なさそうだ」
アドルフさんが頷く。
「しかしこちらに被害が及ぶ可能性があるとは言っても、わざわざ王都に兵を出す必要なんてあるものかねえ? あいつ等、絶対にこの恩も忘れやがるぜ」
「確かにそれについても考えた。だが、そのあたりはリンチギハムの得にもなるように調節をするつもりだ。王都の安全が確認されたら、国王陛下も赴いてもらう。タダでは済ませないつもりだよ」
国王陛下——その言葉に周囲がどよめく。
この『王国救出』はリンチギハムの国王陛下が出てくるくらい、重要な作戦ということです。
アドルフさんは肩をすくめ、
「分かった。お前のことだから色々と考えがあるんだろう。オレはお前に命を預けようじゃねえか」
とニヤリと笑みを浮かべた。
二人の信頼関係が垣間見えるシーンでした。
「さて……と。早速出発しようか。事態は急を要するからね。その前に……っと、エリアーヌ。なにか言うことはあるかい?」
「わ、私ですか?」
急に話を振られ、私は自分を指差してしまう。
騎士団の方々を見ていると、なんだか私の発言を待っているみたい。断れる雰囲気ではなさそう。
どうしましょう……。
こんな大勢の前で話す機会なんて、今までなかなか経験させてもらえなかったですから。
「コ、コホン」
私は一歩前に踏み出し、咳払いをしてから。
「みなさん、今日はお集りいただきありがとうございます」
私の言葉に「まるでパーティーの前みたいだな……」とどこからともなく声が飛んできた。
「ご存知かと思いますが、私は一通り治癒魔法と結界魔法が使えます。あなた達、誰一人、私は死なせるつもりはありません。なのでみなさん……どうか自分の命を第一に考えてください。命大事にです!」
そんな私の声に、周囲から歓声が湧いた。
よかった。
どうやら演説は上手く出来たみたいです。
◆ ◆
街を出て。
私達は馬車で王国までの道を進んでいった。
「そろそろお腹が空いたね」
同じ馬車に乗っているナイジェルがそう声を出す。
「ですね。そろそろお昼ご飯にしましょうか? 腹が減ってはなんとやらとも言いますし」
「そうだね」
ナイジェルがみんなに呼びかけ、各々昼食を取ることになった。
昨晩作っておいたおにぎりやサンドイッチをナイジェルの前に広げる。
「コックの人達もそうだが……エリアーヌも作ってくれていたんだよね?」
「はい」
「ありがとう。じゃあ早速食べさせてもらうよ」
パクッ。
ナイジェルがおにぎりに口を付ける。
「お、美味しい!」
するとナイジェルは子どものように目を輝かせた。
「でも……なんかすっぱいような? この具の赤い実みたいなものはなんなのかな?」
「それは『梅干し』と呼ばれるものです。東方の国ではよくおにぎりの中に入れるらしいです。お口に合いませんでしたか?」
「いや、すごく美味しいよ。梅干しっていうものはこんなにご飯によく合うんだね」
パクパク。
ナイジェルがすごい勢いでおにぎりを頬張っていく。
私もその中の一つに手を付けてみた。
ほかほかご飯……というわけにはさすがにいきません。
だけど口の中に入れた途端、白ご飯の柔らかさがほわっと体を包んだみたいに感じました。
梅干しのすっぱさに、思わず一瞬顔をしかめてしまうけれど、すぐに旨味がじんわりと口内に広がった。
この梅干しは栄養豊富な食べ物です。
馬車旅で疲れた体に染み渡る。
うん……我ながらよく出来ました。
それはナイジェルだけではなく、他の方も一緒だったみたい。
「な、なんだ!? この旨いおにぎりは!」
「まさか今から戦いに行くってのに、こんなに美味しい飯にありつけるとは思っていなかった」
「エリアーヌ様が作ってくれたのか? 全く……美女の手作り料理はどうしてこんなに旨く感じるんだろうか」
周囲からも感嘆の声が漏れる。
みなさん、気に入ってくれたようでなによりです。
「ドグラスにも食べてもらいたかったね」
ナイジェルがおにぎり片手にそう口にする。
「ええ、その通りです」
「王都に行ったら、たらふく食べてもらおう。なんてたって、今回の作戦は間違いなくドグラスが鍵なんだからね。それくらいの権利はあるはずだ」
ナイジェルの言葉に、私は同意するばかり。
そう……今、ドグラスはこの出兵メンバーから外れて、とあることをしてもらっている。
今頃王都にも着いて、暴れ回ってくれていることでしょう。
「ドグラス……無事でしょうか」
「なあに、ドグラスなら大丈夫だよ。心配しないで」
私達はドグラスのことを気にしながら、旅路を進むのでした。