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89・聖女の決意

 王城。


 私……そしてナイジェル、ドグラス、フィリップの四人が一つの卓を囲んでいる。


 私が言った言葉に、ドグラスがいの一番に立ち上がった。




「王国を救いたいだと!?」




 ドグラスの言葉には、怒気が含まれているようにも感じた。


 仕方がない。

 王国にいる頃から、私はよくドグラスに愚痴をこぼしていた。

 それに私が追放されてから、ドグラスは一度王国に立ち寄ったらしい。その時にクロードとどんな言葉を交わしたかは知らない。

 だけど、どうせろくでもないことを言われたに違いありません。


 だからかもしれない。

 ドグラスは私の言葉を、素直に受け入れることが出来ないのでしょう。


「はい」


 詰め寄ってくるドグラスから視線を外さず、私はそう短く返す。


 体格の良いドグラスにすごまれると、少し怖さもあったが……一歩も譲るつもりはありません。



『一度エリアーヌを捨てた国を救うだと?』


『なにバカなことを言ってるんだ』



 ——そんなドグラスの心の声が聞こえてくるかのよう。


 しばらく、私達二人はなにも言わずに睨み合っていたが。


「……理由を聞こう」


 とドグラスが先に口を開いた。


 彼は腕を組み、納得がいかなそうな顔のまま椅子に腰を下ろす。


「私も王国を救うなんてバカな行為だと思います。クロードにも二度と顔を合わせたくありません。魔族のバルドゥルはいなくなったとはいえ、放っておけば直にあの国は滅ぶでしょう」


 一部の人には優しくしてもらっていたけれど、基本的には国民のみんなも私に批判的だった。


 それに自分から出て行っているならまだしも、クロードにあんな酷い仕打ちを受けたのです。

 今更王国に戻るだなんて……正気の沙汰とは思えないことでしょう。


 けれど。


「私は……どうしてもあの国を見捨てることは出来ません。今回のバルドゥルの一件で強くそう感じました」


 私達はナイジェル、ドグラスやフィリップ、ヴィンセント様の力もあってバルドゥルを退かせることが出来た。


 しかし現状、王国には魔族に対抗する術がない。

 さらにこれ以上他の魔族が攻め込んできたら、とうとう終わりになってしまうでしょう。

 人々が蹂躙されていく様を想像すると、どうしても胸が痛んだ。


 本当に私ってお人好しですね。


「……その様子だとナイジェル。汝はあらかじめ知っていたようだな」


 ドグラスは私から視線を外し、ナイジェルに顔を向ける。


「……うん」

「汝は止めなかったのか? エリアーヌが王国でどんな目に遭わされていたのか、汝も知っているだろう?」

「もちろん、最初は止めたさ。でも……聞かなかった」


 ナイジェルが肩をすくめる。


「エリアーヌがこれだけ言うっていうことは、相当な覚悟なんだろう。僕はエリアーヌの思うようにしてあげたい」

「ちっ! 汝等夫婦は揃いも揃って頑固だな」


 ふ、夫婦!?

 いや……ナイジェルは確かに私の婚約者ですが、まだ正式な結婚は済ませていないといいますか……。


 ドグラスに急にそんなことを言われて、今の私はさぞ顔が真っ赤になっていたでしょう。


「と、とはいっても私とナイジェルだけでは、王国を救うには駒不足です」


 恥ずかしさを誤摩化すように、私は口を動かした。


「ドグラス……そしてフィリップにも出来れば力を貸して欲しいと考えています。だからこのような場を設けたのです」

「賢明な判断だな。まだ魔族の中にはバルドゥル以上のレベルがゴロゴロいる。いくら聖女でも、あやつ等を相手にするのは不可能だ。我等の力を頼るのも無理はないだろう。しかし……」


 ドグラスは席から離れ、私の目の前に立つ。

 彼の分厚い胸板が、やけに威圧的に感じた。


 そのままドグラスは私の襟をつかみ、顔をぐいっと私に近付けた。


「ド、ドグラス!? 一体なにを?」


 ナイジェルが助けに入ろうとするが、それを私はさっと手を制して、ドグラスの瞳を真っ直ぐ見つめ返した。

 こうされていると、少し息苦しいけれど……今はそんなことを言っている場合ではありません。


「いくら汝の頼みと言えども、我は王国を救うことに関しては反対だ。どうして自分の国でもない隣国の尻拭いを、我がしなければならぬ」

「もちろん、そう思うのが当然でしょう。ドグラスに手伝ってもらえないなら、仕方のないことだと思っています。無理強いは出来ません」


 誠意を込めてドグラスに自分の考えを伝える。



 ——自分でもなんてメチャクチャなことを言っているんだ、と思わないでもない。



 しかしこれは聖女の性なのでしょうか。

 このまま放っておくことは、どうしても無理なのです。


 今まで王国が滅ぶことに目を背けてきた。

 そこで苦しむ人々の顔を思い浮かべていたら、胸が痛くなるから。


 だけど……バルドゥルという残酷で非道な魔族を目の当たりにしてしまったら、とてもじゃないがもう無視は出来ない。


「……はあ」


 ドグラスは深い溜め息を吐き、私からゆっくり手を離した。


「分かった。汝に我の力を貸してやろう」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ……しかし! 救った後にリンチギハムを見捨て、王国に戻るとか言い出したら、今度は許さぬからな!? 我もこの国を気に入っておる。今更王国に戻る気は毛頭ない」

「ええ。それはもちろんです。私はこのままここで骨を埋める覚悟です」


 ナイジェルを見ると、彼は微笑みで応えた。


 このことはナイジェルと話し合った時にも、同じことを言われた。


 だけど……それだけは絶対に有り得ません。


 あくまで今回は、私のワガママで王国を救うだけ。

 リンチギハムを出て、あちらに戻る気はさらさらないのです。


「すまぬな。手荒な真似をしてしまって……汝の覚悟を確かめてみたかった」

「いえいえ。ちょっと苦しかったくらいです。それにあなたの顔を近くで見ることが出来て、なんだか得した気分です。思ってたより睫毛が長かったんですね」

「ガハハ! 相変わらず面白いことを言う聖女だな。そういう汝だからこそ、協力しようという気にもなってくるのだ」


 とドグラスは豪快に笑った。


「……それにしても精霊王よ。やけに静かではないか」


 ドグラスは今度、フィリップに話を振った。

 ここまでフィリップは目を瞑って、静かに話に耳を傾けていた。


「色々思うところがあってな」


 彼は瞼を開けて、そう口を開く。


「ほう? では汝も今回、エリアーヌが王国を救うことに反対ということか?」

「……いや、俺は賛成だ。しかし彼女の希望を尊重するだとかそういう話ではなく、そもそも王国を救わなければリンチギハム……いや、世界が()()するからだ。滅びたくなければ、どちらにせよ俺達は王国をなんとかしなければならない」

「はあ?」


 ドグラスが首をかしげる。


 王国が滅んだとしても、魔族が他国にまで手を伸ばすとは考えられにくい。

 バルドゥルが特殊なだけだっただけで、基本的に魔族は慎重。勝算が十分ない限り、侵略をしようとは思わないはず。


 それなのに、フィリップは一体なにを……。


「とうの昔にヤツ等はあのことを諦めていると思っていたが……バルドゥルの話を聞くに、どうもそうではなかったらしい」

「あのこと?」


 私が疑問を吐くと、フィリップはこう続けた。


「ヤツ等は企んでいる——魔王の復活をな」

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