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82・そわそわしている精霊王

【SIDE フィリップ】



『どうしたー、おうー? そわそわしてるー』

「俺がか?」


 一粒の光のようにも見える子ども精霊——アルにそう指摘され、フィリップは思わず聞き返してしまった。


『いつもおちついているおうーにはめずらしいー。それにさいきん、なんだかたのしそうー』

「そうか……楽しそうか」


 窓から外を眺め、フィリップは自分のことを冷静に分析し出した。


 子ども精霊がそう言うことには思い当たる節がある。


 間違いなく——聖女エリアーヌの存在が原因だろう。


 精霊の森が瘴気しょうきで覆われてから。

 この事態を打破しようと、フィリップは村の外で聖女を探し出した。

 聖女の力さえあれば、瘴気を打ち消すことが出来ると考えたからだ。


 しかし……頼みの綱であった王国には断られ、フィリップは途方に暮れることになった。


 とはいえここで諦めるわけにはいかない。

 聖女がいなくても、瘴気を払えるだけの力を持った人間がどこかにいるのかもしれないのだから。


 わらにもすがるような気持ちだった。


 そしてそんな時——フィリップは彼女に出会った。


「アル。お前はエリアーヌのことをどう思う?」


 名を呼ばれたアルは「うーん」と少し悩んでから、


『せいじょー、とってもいいひとー。ちかくにいるとあんしんするー。りょうりもうまいー』

「安心する……か。その通りだな」


 何故だか彼女の傍にいると、張りつめていた糸が解れていくような不思議な感覚にとらわれた。


 確かに良い人であることは間違いない。

 彼女のおかげで瘴気が払われ、森は救われた。


 彼女が当代の聖女でよかった。

 心からそう思ったものである。


 だが、それ以上に彼女には不思議な魅力があった。


 気付けば彼女の一挙一動を目で追っていた。

 彼女が笑うと、何故だか胸のところがきゅっと締めつけられた。


「それに料理が旨いことも間違いない。あんな美味しいものを食べたのは初めてだった」

『でしょー?』


 フィリップの言葉に賛同するアル。


 今まで精霊達はあまり料理というものに興味を抱いてこなかった。

 そもそも精霊は人間のように食事をとる必要がない。

 キレイな水と空気があれば死なないのだ。

 だからこそなにかを美味しく調理する料理というものに、どうしても興味を抱けなかった。


 しかし彼女の作った料理を食べて、フィリップはそのことを深く後悔したものだった。


 オムライス——冷やしそうめん——アイスクリーム。


 どれも美味しく、食べるだけで自然と頬が綻んでしまう。


 気付けばフィリップ——いや精霊一同は彼女の作る料理を心待ちにするようになっていた。

 今だったらエリアーヌの料理を人質に、無茶な要求をしてきてもすんなりと受け入れてしまうかもしれない……なんてことすら思ってしまう。


「それにしてもエリアーヌは遅いな」


 少し前に精霊伝いに手紙を貰い、エリアーヌがこの森に来ることをフィリップは事前に知っていた。


 いつもならそろそろ森に到着している頃なのに……。


『おうー、そんなにそわそわしなくてもだいじょうぶー。せいじょーはもうすこしでくるー』

「それもそうだが……」


 アルの言っていることはごもっともなことだ。

 しかし何故だろう……妙に胸騒ぎがする。だからアルに指摘されるように、落ち着きをなくしてしまっているかもしれない。


 フィリップがいてもたってもいられなくなり、なんなら近くまで迎えに行こうか——そう思った時であった。


「ん?」


 特殊な結界を張っているため、この森に誰かが侵入してきた時、フィリップはすぐに知ることが出来る。

 それは虫一匹すら逃がさない察知力。


 最初、フィリップはエリアーヌが来たものかと思ったが……。


「この魔力……まさか!」


 フィリップはすぐに立ち上がる。


 他の者達に指示を出そうと口を開く——よりも早く、その声はフィリップの頭に直接聞こえてきた。



『私のことはもう気付いているんでしょう? 初めまして。私はバルドゥル——いちいち名乗らなくても分かると思うけど魔族よ』



 フィリップに緊張が走る。


 ——魔族が森に侵入してきただと!?


 しかし。


「……なにしにきた。お前等と喋ることなど一切ない」


 冷静を装うフィリップ。


 だが、バルドゥルからの念話は途切れない。


『あんたもバカね。あんたになくても私にはあるのよ。ちょっと村の中に入れてちょうだい』

「お前こそバカか? 魔族を村の中に入れるわけがないだろう」


 森には辛うじて入れるだろうが、村の中には入れないはずだ。


 村に張っている結界はさらに強固なもの。

 何人たりとも村の正確な位置までつかめず、たとえなんらかの手段で分かったとしても結界を破ることは出来ない。


 この世界には人族やドラゴン族といった多種多様な種族がいるが、その中でも魔族は最も残虐。

 目的達成のためには手段を選ばず、場合によっては皆殺しにすることすら躊躇ためらわない。

 そんなヤツを村の中に入れるわけにはいかなかった。


(大丈夫……この村には結界がある。この結界は魔族といえども突破することは困難。なにも慌てる必要はない……)


 自分に言い聞かせるように心の内で呟くフィリップ。

 だが、次にバルドゥルの口から出た言葉に思わず動揺してしまった。


『あら、つれないわね。()()は簡単に入れるのに、私には会ってくれないの?』

「——っ!」


 一瞬、息を飲み込む。


(どうしてだ? どうしてこいつは聖女と俺達が繋がっていることを知っている? いや、冷静になれ……仮にそのことを知られていたとしても、こいつ等はなにも出来やしない。なにもすることは変わらない)


 フィリップは動揺を悟られないように高速で計算を始めるが、バルドゥルは彼のその上をいった。


『だからね、私。聖女に嫉妬しちゃって、ちょーっとだけちょっかい出しちゃった』

「なにを言っている?」

『今からその映像をあなたの頭に送るわねー』


 フィリップの頭の中にぼんやりと映像が浮かんできた。

 それを見た時、思わずフィリップは目を大きく見開いてしまった。


「エ、エリアーヌ!?」


 暗く、そして薄汚い場所。

 鉄格子に囲まれているとある一室に、エリアーヌが閉じ込められていたのだから。

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