75・筆記試験
そして試験本番。
「エリアーヌ。緊張しなくても大丈夫だよ。いつもの君の力を出せばきっと合格だと思うから」
「そうなの! お姉ちゃん、勉強頑張っていたから!」
試験会場に行こうと思ったら、ナイジェルとセシリーちゃんがそう激励してくれた。
「ありがとうございます。でも……油断大敵ですから!」
「うん、その意気だよ」
それに私にはナイジェルがくれた合格祈願のお守りがある。
今も私はそれを首からかけている。こうしているだけで、力が湧いてくるみたい。
「あっ、そうそう。エリアーヌ。そのお守りなんだけど——」
「いけない! このままでは時間に遅れてしまいます! いってきます!」
最後にナイジェルがなにかを言おうとしたが、私は慌てて王城から飛び出した。
絶対に合格してみせます!
◆ ◆
試験会場に到着した私は、受験票を見せてから建物の中に入った。
ロベールさんが根回ししてくれたみたいで、無事に受験出来ることになったみたい。彼のためにも絶対に合格しなければいけませんね。
ちなみに……ロベールさんにも当日励まして欲しかったけど、彼は仕事で忙しくどうしても抜け出すことが出来ないらしい。
ロベールさんは「あなたなら合格でしょう」と決めつけていたが、足下をすくわれないとも限らないから油断大敵です。
薬師の資格試験は二つに分かれている。
一つは筆記試験。もう一つは実技試験だ。
ロベールさんも言ってくれた通り、実技試験については心配していないけれど……問題は筆記試験。
——たった三日間とはいえ、このために試験勉強を頑張ってきましたから大丈夫ですよね?
直前に過去のテストもやらせてもらったけれど、その時は合格点に達していた。
とはいえ本番の雰囲気に呑まれてしまわないとも限らない。
リラックスして試験にのぞみましょう。
会場内の案内に従って移動し、やがて広い講堂のような場所に辿り着く。
最初は筆記試験なのです。
席に座ると、ほどなくして試験官らしき人もやってきて……。
「では早速、筆記試験を始めさせていただきます。緊張せずにいつもの力を出し切ってくださいね。では……始め!」
試験が開始される。
私は問題用紙に目を走らせた。
うん……!
これだったら問題なく解けそうです。
特に詰まるところもなく、すらすらと問題を解いていく。
だけどあとになっていくに従って、問題の難易度がどんどん上がっていった。
でもこれくらいだったら!
そして試験終了まで時間を二十分残して、最終問題に辿り着いた。
しかしとうとう私はここで手を止めてしまう。
え、これって……。
その問題は私にとってはお手の物だったけれど、他の受験生の人達には難しすぎるんじゃないでしょうか?
こんなものを最終問題に持ってくるなんて……。
でも実技ならともかく、机上でくらいこの問題を解けないと「薬師になる資格なし!」ということかもしれません。
むむむ。
今年の薬師試験は難しいですね……。
私は少々戸惑いながらも、解答を書き込んでいく。
……これで終わり!
それにしても最終問題はなんだったんでしょう?
なんというか……曖昧な知識のまま、問題が作られているような感覚がするのです。
そのせいで、私独自の理論もちょっと入れてしまったけれど、仮にこの問題を外したとしても、合格点には達しているはずなので心配いらないはずだ。
それにしても……将来の薬師達は、こんな難しい問題も解かないといけないなんて……。
薬師を極めたと思っていましたが、私もまだまだのようです。
薬師の神髄はまだまだ奥が深い。
なんにせよ、あとは解答の見直しをしましょう!
私は残り時間をめいっぱい使って、一問目から見直していった。
【SIDE 試験官】
筆記試験も終わり。
別室で試験官達が集まり、集まった解答用紙に目を通していた。
「今回は粒ぞろいだな」
「全くだ。平均点は歴代最高かもしれない」
採点しながら、試験官達が舌を巻いていた。
しかし。
「だが、満点はいないだろうな」
「受験生にとっては不運だった。なんせ、今回の筆記試験の最終問題は——薬学の第一人者であるバート様が作っているんだからな」
一番奥の席に座っている一人の初老の男に視線を移した。
男——バートはテーブルに両肘を置き、余裕げに解答用紙に視線を落としていた。
(くくく……ちょっと意地悪すぎたか? 薬師志望者——いや、ベテランの薬師ですら解けないような問題を出してしまったんだからな)
他の試験官が言っているように、バートはこの世界において一、二を争うほどの知識量を持った薬学者である。
一応、リンチギハムに籍を置いていたが、最近まで他国で薬の研究をしていたため、ここに戻ってくることは久しぶりであった。
そして依頼されたのは、彼にとって三十年ぶりになろうかという試験問題作り。
全体的な監修もしているが、その中で最も力の入ったのは最終問題。
ここは他の者の手を一切借りずに、バートがただ一人で問題を作ることになった。
なんでも今回は凄腕の薬師が一人混じっていることもあり、バートにこのようなお願いをしたらしい。
それを聞き、バートの薬学者の魂に火が付いた。
(凄腕の薬師だと? しかもそいつは資格すら持っていない、野良の薬師らしい。いくら薬師の腕が良かろうとも、知識が不足していればいつか足下をすくわれる。その前に儂がそやつの鼻を折ってやらねば)
結果、バートにお役が回ってきた……という経緯だ。
「で……その野良の薬師とやらの名前は一体なにと言ったかな?」
バートが質問すると。
「えーっと……確かエリアーヌという名前だったと思います。これが彼女の解答用紙です」
「それか」
早速バートはエリアーヌの解答用紙を眺める。
ふむふむ。さすがに最終問題以外の問題は全て正答であった。まあ凄腕というものだから、これくらいはしてもらいたい。
しかし最終問題は他のものと比べて別格だ。
なんせ今までバートが三十年かけ、色々な国を渡り歩いて築き上げたとある液体の理論についてだったからである。
それは薬師、そして薬学者としての悲願であった。
基礎、応用——幅広い知識が必要となり、さらに最新の学説も読み込んでいなければ解くことが出来ないだろう。
しかもバートですら、この液体の理論については道半ば。
完成すらしていない問題を、まさかの最後に持ってきたのだ。
「さてさて。どのようなとんちんかんな解答が書かれてい……る……?」
しかしエリアーヌの解答を見て、バートは思わずその場で立ち上がってしまった。
「な、なんということだ!」
「あ、あのー……バート様。どうされたんでしょうか? エリアーヌとやらの人物の解答がメチャクチャだったんですか?」
「逆だ! 素晴らしすぎるのだ!」
完璧な正解。
いや、それだけではない。
エリアーヌの解答には彼女自身の独自の理論も混じっているように思えた。
(こ、このような視点が……! これがあれば、私の研究も飛躍的に進む……?)
解答用紙を持つバートの手が震えている。
「(そういえば、バート様の研究ってなんだったっけ?)」
他の試験官がひそひそ声で話しているが、それはバートの耳には届いていない。
「(えーっと……確か『聖水』作りだったはずだ)」
「(聖水……? あっ、確かエリアーヌっていう女、確かたった一人で聖水を作った薬師だったんじゃ?)」
「(バカなことを言うな。あれは噂の域だったはずだ。魔法研究所のみんなの研究の賜物だよ)」
「(まあそりゃそうだよな。聖水なんて……しかもたった一人で作れるはずないんだから)」
部屋には「こ、これがあれば聖水を完成させられる!」というバートの興奮しきった声が響き渡っていた。
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