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69・鋭いメイド

「おはようございます、エリアーヌ様。では着替えのお手伝いをさせていただきますね」

「は、はい。よろしくお願いいたします」


 朝。

 アビーさんが服を持ってきて、今日も私はなされるがまま。

 まるで着せ替え人形のように、彼女に服を着させてもらう。


 最初の方は都度断っていたが、


『いいえ、これが私の仕事ですので。どうぞお気遣いなく』


 とアビーさんが押し通してくるものだから、最近では私も彼女のしたいようにしてもらっている。


 それでもアビーさんが来る前に、勝手に着替えることもあるけれど、その度に彼女に「もう……仕方ないですね」と曖昧な表情をされる。

 同性だからといって、着替えの手伝いをしてもらうのは……なんだか悪い気がするのです。


「はあ……」

「どうしました、エリアーヌ様?」


 アビーさんが首をかしげる。


 いけないいけない。

 つい溜息を吐いてしまったみたい。


「……アビーさんには好きな人がいますか?」

「わ、私ですか?」


 声のトーンが少し上がるアビーさん。


 少し動揺したアビーさんは珍しい。ちょっと可愛い。


「いないですね。たまに実家の方から男性を紹介してもらいますが、なかなか良い方がいなくって。それにみなさん、酷いことを言うんですよ!」

「酷いこと……ですか?」

「はい。みなさん、私に婚約者になった暁にはメイドを止めろって言うんですよ? そんなの、嫌じゃないですか」


 いや……それが一般的だと思いますが……。

 結婚してもメイドを続けている例は、私の周りで聞いたことがありませんし。


 ちなみに——実はアビーさんもとある男爵家の娘だったりする。

 そもそもこういう王宮で勤めるメイドは、高貴な身分であるお方である場合が多い。

 婚前の花嫁修業として、メイドとして働くわけだ。運が良ければ王族とコネが出来るかもしれませんしね。


「どうしてメイドにこだわるんですか? そろそろ落ち着きたいとは思わないんですか?」

「なにを言ってるんですか! メイドを辞めてしまったら、あなたやナイジェル様のお世話が出来ないじゃないですか!」


 アビーさんは作業の手を止め、勢いよくそう口にする。


「私はずーっとあなた達のお世話をするんですからね! 辞めろって言われても辞めないんですから!」

「辞めろとは言いませんが……」


 だけどここまで彼女がメイドにこだわるということは、ナイジェルのことがよほど気にかかるということでしょう。


 それとも……私?

 私もその中に含まれてたら、いいんですけどねえ。


「エリアーヌ様。どうしていきなりそんな質問を私に?」


 今度はアビーさんからの問い。


「た、大した理由ではありません。ちょっと気になったもので……」

「……ははーん」


 私の様子を見ておかしいと思ったのか。

 アビーさんがニヤリと笑みを浮かべる。


「ナイジェル様となにかありましたね」


 ぎくっ。


「そ、そんなこと……」

「なにを恥ずかしがっているんですか。それに婚約者との間でなにかあるのはおかしなことではありません。苦難を乗り越え、立派な夫婦となるのです」


 否定しようとしても、捲し立てるように喋るアビーさんのせいで言葉が紡げない。


 私がナイジェルと婚約していることは、既にアビーさんには伝えている。

 まだこのことは一部の人しか知らないが、アビーさんなら教えてもいい……という私とナイジェルの判断だ。

 ナイジェルが小さな頃から、アビーさんは面倒を見ていたらしいですからね。彼女に隠し事はしたくなかったんでしょう。


「あ、そうだ」


 着替えも終わったところで。

 アビーさんはポンと手を叩く。


「今からナイジェル様のところに行くんですよ。エリアーヌ様も一緒に行きましょう。婚約者とお話したいでしょう?」

「い、いえいえ……仕事の邪魔になりますし」

「いいですから!」


 私が断っても、その手を強引にアビーさんは取った。


 え、えーっ!

 昨日のことがあって、ちょっと気まずいんですけれど!


 だけどアビーさんに手を引っ張られ、私はナイジェルのところに向かわされるのであった。



 ◆ ◆



 ナイジェルの部屋に行って。

 なにを話そうかと思ったけれど、幸運にも話題に困ることはなかった。



「領主が来る?」



 彼からの話を、私は思わず聞き返してしまう。


「うん、そうなんだ。エリアーヌにも是非彼に会ってもらいたい」

「別にいいですが、そんな急に……」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「言っていません!」

「そうだっけな」


 ナイジェルが楽しそうに笑う。


 ——アビーさんと部屋に行くと、彼は「丁度よかった」とこの話を始めた。


 そのせい……いやそのおかげと言うべきか、いい感じに本題からは逸れた。

 本題ってなんなんだ、という感じもしますが。


「どなたですか?」

「名前はヴィンセント。爵位は公爵。場所で言うと、最近新しいダンジョンが出来たじゃないか? 今はあの近くで領主をしてもらっている」


 リンチギハムの領内に新しく出来たダンジョン。アンデッド系の魔物が多く、冒険者が手をこまねいていた場所だ。


「その方が急にどうして?」

「聖水のお礼をしたいそうだよ。エリアーヌが作ってくれたあれのおかげで、ダンジョン攻略もスムーズに進んでいるそうだからね。あとは……その他もろもろのこともあるんだけど、一つ一つ挙げてたらキリがないから」

「そうなんですね」


 ヴィンセント公爵か……。


 まあ領主が王宮を訪問することは、そう珍しいことではない。今までも何度かこういうことはあった。

 だけど、どうしてナイジェルは今回私をヴィンセント様に、わざわざ会わせようとしているんでしょう?


「ヴィンセント公爵は、学院時代からナイジェル様の同級生です」


 そんな私の疑問を先読みしてか、アビーさんがそう説明をする。


「とても良い方です。安心してもいいかと」

「学院時代から……ん? ということはナイジェル様と同じ歳?」

「そういうことだね」


 私が首をかしげると、代わりにナイジェルが説明してくれた。


「そんなにお若いのに領主を勤め上げているんですか」

「うん。ヴィンセントは父親を幼い頃に亡くしてしまった関係もあってね。もちろん大臣や側近の力もあるけれど、非常に立派に領地をまとめている。よく出来るヤツだよ」


 親しげにナイジェルが口にした。

 非常に優秀な方なんですね。彼の口振りからそう感じた。


「そんな方にお会いするなんて、とても楽しみです。それで……ヴィンセント様はいつ来られるんですか?」

「今日だね」

「きょ、今日!?」

「うん。なにか問題でも?」

きゅうすぎます!」


 ナイジェルの顔を見たら、クスクスと笑っていた。


 唐突に伝えて、私のビックリする顔が見たかったのでしょうか?

 ナイジェル殿下、悪戯が過ぎます!

 ……今更だけれど。


「でもそうは言ってられませんね。失礼のないようにしなければ」

「そう肩肘張らなくても大丈夫だと思うよ。ヴィンセントは割と礼儀とか気にしないヤツだから。いつものエリアーヌで大丈夫だと思う」


 とはいえ、そういうわけにもいかない。私の気持ち的に。

 でもとても優しい方なのでしょうか? 聞いていると、そこまで心配しなくてもいいような気がする。


 しかし私は見てしまった。

 アビーさんが不安そうな顔をしていたのを。


「アビーさん、どうしました? なにか心配ごとがあるんですか?」

「いえ……そこまで心配する必要はないと思いますが、一つ懸念事項がありまして」

「懸念事項?」

「はい。ヴィンセント様はとても良い方です。私もお会いしたことがありますし、それは間違いありません。ただ……」


 アビーさんからその話を聞き、私は身が凍るような思いをしたのだった。

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