67・私の気持ち
聖水作りも大成功に終わり、私は久しぶりに自室でゆっくりくつろいでいた。
「最近は忙しかったですね……」
ベッドに腰掛け、最近のことを思い出す。
振り返ってみれば目まぐるしい日々です。
精霊王を助けたかと思えば、ポーション——そして聖水作り。さらには定期的に精霊の村に出掛け、楽しく料理。
ちなみに……あれから私は精霊達に色々な料理を振る舞った。
どれも精霊達の舌を満足させるようなものだったようで、フィリップには「本当に君と出会えてよかった」とまで言ってもらえた。
感謝されたくてやっているわけではないけれど、やはり私も人の子。褒められると嬉しいのです。
当初はどうなることかと思っていた精霊との親交は、そんなこともあってとても穏やかに進んでいた。
私が作ったポーションと聖水も、未だに需要が高いらしいが、そのあたりはロベールさんとナイジェルが上手くコントロールしているらしい。
一歩間違えれば、ポーションと聖水を求めて人々が押し寄せてきそうですからね。
そうなってしまえば必然と素材である水にも需要が高まり、平和に暮らしていた精霊の村が騒がしくなってしまうかもしれない。
もちろん、私もナイジェルもそれを望んでいない。
……というちょっとしたごたごたがありながらも、私は充実した日々を過ごしていた。
しかしなんでしょうか。
この心のもやもやは?
なにか心のどこかにすっぽりと隙間が空いているような……。
大事なことから目を背けているような感覚を覚える。
「おかしいですね。なにも悩み事はないはずですのに」
と私は一人、首をかしげていると。
トントン。
ドアのノックの音。
「ナイジェルだ。エリアーヌ? 今、少しだけ時間いいかな?」
「ナイジェルですか? どうぞ。開いていますので」
と私は彼を自室に招き入れた。
「失礼するよ」
いつもと変わらずカッコいいナイジェル。
「どうしたんですか、ナイジェル。珍しいですね」
「いや、最近エリアーヌと落ち着いて話をしていなかったからね。少しお喋りしたくって……いいかな?」
「もちろんです」
私はナイジェルをテーブルの前に座らせる。
なにもないのもあれかと思ったので、紅茶を用意しようとすると、
「エリアーヌにそんなこと、させてられないよ」
とナイジェルが止めようとした。
だが。
「心配無用です。やりたくてやっているので」
「しかし……」
「それにそれは私の台詞ですよ。それに殿下に紅茶を入れてもらうなんて、とんでもありません」
というか紅茶の入れ方なんて、殿下ともあろう者が知っているのだろうか?
そんな感じで話している間に、私は紅茶を二人分入れる。
ハーブの匂いが鼻梁をくすぐった。
ナイジェルは紅茶の入ったカップを口に傾け、こう言った。
「美味しい。エリアーヌはなにを作っても一流だね」
「そんなことありません。アビーが入れてくれる紅茶の方が美味しいんですよ?」
実際アビーさんと何回かミニお茶会をしたことがあるけれど、彼女の入れた紅茶はそれはそれは格別なもの。
その時に何度か紅茶の作り方を伝授してもらう形で、話が弾んだものです。
「そんなことないよ。アビーの紅茶も美味しいけど、エリアーヌの入れてくれた紅茶も美味しい。甲乙つけがたい」
ナイジェルが優雅に紅茶をすすった。
なにをしていても様になる。こうしているだけでも、まるで演劇の一コマを見ているよう。
……はっ!
もしかして……いやもしかしてじゃなくても、今はナイジェルと二人っきりですよね!?
しかも婚前なのに——婚約者とはいえ——男性を部屋に招き入れてしまうなんて……はしたない女だと思われないでしょうか。
「どうしたんだい、エリアーヌ。僕の顔をじっと見て」
「な、なんでもありませんわっ」
動揺を悟られないように、私も紅茶を飲む。
幸運にも、ハーブの香りが私の心を落ち着かせてくれた。
それからしばらく、私達は紅茶談義に花を咲かせていたが。
「エリアーヌ、最近とても忙しそうだけど疲れていないかい? 最近のエリアーヌを見ていると、なんだか心配になってくるよ」
とナイジェルが唐突に話を切り出した。
彼の様子を見るに、こちらが本題だったようだ。
でもどうして?
「あら、大丈夫ですよ。楽しく毎日を過ごさせていただいています」
ナイジェルを心配させないように、気丈に振る舞う。
きっと彼は、最近忙しなく動いている私を気に掛けてくれているんでしょう。
こんな立派な王城に住まわせてもらって、私は好きなことをさせてもらっている。
文句なんてあるわけがない。
ナイジェルを不安がらせたくない。
そんな気持ちが働いた。
「そうか。それならいいんだ」
ナイジェルが花のような微笑みを浮かべる。
「最近僕もエリアーヌと喋れていなかったからね。体調も心配だったけど、嫌われているのかと思ったよ」
「……っ!」
それは冗談みたいな口調。
実際ナイジェルもそのつもりはなかったと思う。
深く考えずに口にした言葉に違いない。
だけど今の私には彼が「婚約者なのに、僕のことをないがしろにしすぎていないかい?」と言っているように聞こえた。
だから。
「も、申し訳ございませんっ。私……ナイジェルの気持ちをよく分かっていなかったかもしれません」
「エリアーヌ?」
「今度からもっと婚約者らしい振る舞いを……!」
気付けばボロボロと次から次へと言葉が口から出ていた。
そうしないと気持ちが張り裂けてしまいそうだったから。
これではまるでナイジェルに言い訳しているみたいです。
「エリアーヌ」
ナイジェルはもう一度私の名前を呼ぶ。
次の瞬間であった。
ナイジェルは優しく私を自分の胸に押し当て、優しく頭を撫でてくれた。
「不安にさせてごめんね。そういうつもりじゃなかったんだ。ただ僕はエリアーヌのことが大好きだ。君ともっと言葉を交わしたいと思っているだけだから」
「ナイジェル……」
ナイジェルにこうされていると、不思議と心が徐々に落ち着いてきた。
男らしい独特の汗臭い匂いは一切しない。
まるで薔薇に囲まれているかのよう。
しばらく私は幸せを噛み締めていると、やがて彼はゆっくりと体を離した。
「すまない。少し強引すぎたね。今日はもう遅い。そろそろ自分の部屋に帰らせてもらうよ」
とナイジェルは席を立つ。
「え、ええ。今日はありがとうございました。久しぶりにナイジェルとゆっくりと喋れてよかったですわ」
「それはこっちの台詞だよ。紅茶、美味しかった。また時間が取れたら、他愛もないことでもお茶会をしよう」
そう言って、ナイジェルは去っていった。
彼が部屋から出た瞬間、どっと今までの緊張感や疲れが肩にのしかかってきた。
椅子の背もたれに体を預ける。
「さっきの私、どうしたんでしょう……」
ナイジェルに「嫌われているかと思った」と言われて、急に感情の制御が聞かなくなってしまった。
いや——自分でも原因は分かっている。
私はまだナイジェルの婚約者であることを受け止められないのです。
ナイジェルのことは好きだ。彼には一切の不満がない。
未だに彼と私が婚約者だなんて信じられない。
しかし逆にそれが問題だった。
ナイジェルは完璧すぎるのです。
しかも彼はこの国の第一王子。
私もゆくゆくはナイジェルの隣に立って、王妃としてのふさわしい振る舞いを要求されるでしょう。
「まあもちろん、ナイジェルはそんなこと気にしないでしょうが……」
とはいえ、彼がどう思っていようが王妃になる以上はそんなことも言ってられない。
クロード王子との時とはなにもかも違う。
聖女は代々王子と婚約すると一方的に押し付けられただけ。王妃としての自覚も生まれませんでした。
好きになろうと努力したけれど、あの時はどうしても出来なかったことを思い出す。
「幸せすぎて怖いだけなのでしょうか」
一人呟く。
私はナイジェルの婚約者である自分を受け止めきれなくて、無意識に逃げてしまっていたのかもしれない。
だからわざと忙しい環境に自分を置いていた。
今日、ナイジェルと喋ることによって、それを強く意識した。
「こういう時、他の方々ならどうしているんでしょう……アビーさんに相談してみましょうか」
こういう時は男性(?)のドグラスより、同性のアビーさんの方が話を聞いてくれそうだ。
ドグラスに話しても、どうせ「人間はどうしてそんなくだらないことで悩むのだ?」とか言われるに違いない。
「大丈夫。時間が解決してくれるはず……きっと」
そう自分に言い聞かせる。
今日はもう寝よう。寝たらなにか考えが変わるかもしれない。
しかし先ほどのナイジェルの言葉が頭の中を渦巻いて、なかなか寝付くことが出来なかった。
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