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61・いきなりポーション作りを極めてしまいました

 翌日。

 私は魔法研究所の所長ロベールさんのもとへ早速向かった。


「おはようございます」


 私が挨拶をすると、ロベールさんは柔らかい笑みで応えた。


「疲れているように見えますが?」

「はい……実は精霊の水を分析するのに、夜通しかかってしまいまして……気付けば朝になっていました」

「えーっ! 大丈夫なんですか!?」

「はは、大丈夫ですよ。好きなんで」


 テーブルを見ると、昨日ロベールさんに渡した精霊の水があった。近くにはビーカーや三角フラスコが置かれている。

 よっぽど魔法の研究が好きなようです。


「ではエリアーヌ様、早速研究を始めましょうか」

「よ、よろしくお願いします!」


 本当はエリアーヌ()と呼ばれるのは、あまり好きではなかったが……そんなことがどうでもよくなるくらい、今の私はポーション作りに心奪われている。

 早く作りたいです!


「エリアーヌ様はポーションを作ったことがありますか?」

「ないですね。作り方自体は調べたことがあるのですが、今まであまり必要ではなかったので」

「そうなんですか——とはいえ、エリアーヌ様は優秀な治癒士だと聞いております。ポーションを作るよりも治癒魔法を使う方が早かったかもしれませんね」


 と言いながら、ロベールさんはポーションを手に取る。


「しかしエリアーヌ様がいくら優秀な治癒士でも、一人しかいません。たとえば遠征に行っている冒険者や騎士団を癒すことが出来ないでしょう。その時、持ち運びできるポーションがあれば彼等でも傷を癒すことが出来ます」

「その通りですね。世の中にとっても、非常に有意義な仕事だと思います」


 私が口にすると、ロベールさんは頷いた。


「まずは精霊の水をビーカーにいれます」


 ビーカーに青色の水が少しだけ移る。


「話は簡単です。つまりこの水に治癒魔法を注ぎ、その魔力が定着するように操作するのですよ」

「むう。そう言われると簡単そうに聞こえますが、なかなか感覚をつかむのに苦労しそうです」

「そんなことはありません。きっとエリアーヌ様ならすぐに感覚を掴めるはずです。まずは私がやってみますね」


 ロベールさんがビーカーに入った精霊の水に、魔力を放出する。

 すると今度は水が青白く光り出した。


「キレイ……」

「やはりこの水は素晴らしい。魔力純度が元々高いため、簡単に魔力を定着させることが出来る」


 ぶつぶつとロベールさんは呟く。


 彼が魔力の放出を止めると、水は元の見た目に戻った。

 しかし中身は先ほどとは全く別ものであることが理解出来る。


「これでポーションの完成です」

「は、早いですわね!」

「はは、そんなことないですよ。この精霊の水が優れていたためです。本来なら触媒となる液体を作るために、数種類の素材を組み合わさなければなりません。ですが、この水はそのままでも十分に触媒に成り得ます。近くで見てみますか?」

「はい!」


 興奮を抑えながら、私はロベールさんからビーカーを受け取った。

 それを分析してみると、確かに治癒魔法が付与されていた。これがあれば擦り傷程度なら、簡単に癒すことが出来るでしょう。


「すごいですわ」

「分かりますか?」

「はい」

「魔力の分析も出来るんですね。それにしても……目の前でそんなにすごいと言われると照れますね。私達研究者はユーザーと直に話すことはあまり多くはありません。慣れていないものでして……」


 はにかむロベールさん。

 大人の雰囲気を醸し出すロベールさんであったが、この時は子どものような無垢さを感じた。

 端的に言うなら……可愛いっ!


「次はあなたの番です。試しにやってみましょう」


 もう一度ロベールさんは精霊の水が入ったビーカーを用意し、それを私に手渡した。


 見よう見まねですか……。

 他人に治癒魔法をかけるような感覚でやってみればいいんでしょうか?

 だけど——ロベールさんに言われた通り試しに魔力を注いでみたが、なかなか上手くいかない。


「難しいですね……」

「どの部分が難しいですか?」

「魔力を注ぐことは出来ますが、それを上手く定着させるように操作することが出来ません。これでは単に魔力が高いだけの水になっていますね」

「普通の人なら魔力を注ぐことだけでも苦労します。それが一見で出来るだけでも十分すごいですが……」


 ロベールさんは少し考えるような仕草をしてから、


「少し失礼しますよ」


 となんと急に後ろから私の両手を握った。


「……っ!」


 何故だか息を呑んでしまう。


「魔力の操作はですね……こうして……」


 ロベールさんは私の手を媒介にして、魔力の操作を補佐してくれる。

 ……口で言うより、こうする方が簡単にコツがつかめそうです。彼のやっていることはおかしなことではない。


 しかし!

 こうしていることによって、ロベールさんの息遣いを近くに感じ取るのです!


 なんだかいけないようなことをしている気分になって、魔力の操作に集中出来ない。


 エリアーヌ、あなたはなにを考えているの!

 私にはナイジェルという婚約者がいるじゃないですか!


『脳内エリアーヌ』が私をそう叱ってきたので、気を取り直してポーション作りに集中した。



 ボワアッ。



 すると精霊の水が先ほどのように青白く光り出したのだ。


「コ、コツがつかめてきました!」

「なんていう光だ。これは……」


 後ろでロベールさんが驚いているような声。

 確かに彼がやった時よりも、光はさらに強く輝いているような気がした。


 やがて……。



「完成です!」



 私はビーカーの中のポーションに変化した水を持ち上げ、そう大きく声を発するのであった。


「エ、エリアーヌ様……少し見させてもらってもいいですか?」

「もちろんです」


 ロベールさんに渡す。


 彼がマジマジとポーションを眺めている間、私は「どうだー」と言わんばかりに胸を張っていた。

 正直初めてのことですし、あまり大したものではないでしょうか?


 そう思っていたが、どうやら違ったようで……。


「な、なんてことだ! こ、これは……上級ポーション!?」


 とロベールさんは興奮の声を上げた。


「上級ポーション……? それは確かポーションの中でも最も効果が高いと呼ばれているものですよね?」

「は、はい……!」


 ロベールさんが最初に作ったポーションが『下級ポーション』

 簡単な傷を癒すことが出来る。


 対して上級ポーションは、骨折や大きな病を癒すことが出来るものだと言われる。

 しかしかなり貴重なもので、そうやすやすとお目にかかれるものではない。


 王国で常に備蓄されているのは二桁に届かないくらいで、庶民にはとてもじゃないが手が届かないくらい高価。

 一つ作るのにも長い年月をかける必要がある——と聞いたことがある。


 それを……。


「そ、それを私……作っちゃったんですか!?」


 自分を指差して、ロベールさんに問う。


 彼はわなわなと震えながら。


「は、はい。詳しく調べてみないとはっきりと断定は出来ないのですが、上級に匹敵するポーションだと思います。それを今のたった一瞬で作られてしまうとは!」

「……それってすごいことなんですよね?」

「すごいもなにも、ポーション作りの歴史が変わってしまいます。本来なら下級ポーション一つを作るだけでも、一年の修行が必要になってくると言うのに……それを一瞬で、しかもポーション作りの頂である上級だなんて……」


 ロベールさんは私のやったことに唖然とする。


 いやいや!

 今日は効果が低めのポーションを一つでも作れれば御の字だと思っていましたのに!


 それなのに、いきなりポーション作りの極地にまで至ってしまった。

 私、なにやってるんですか!


「せ、精霊の水が良かっただけですよ。私はすごくありません」

「もちろん精霊の水が良かったこともあります。しかしそれだけでたった一瞬で上級ポーションを作ることなんて出来ません。あなたは何者なんですか!?」

「ち、治癒士です! どこにでもいる普通の治癒士です!」

「あなたのような『普通の治癒士』はどこにもいませんよ……」


 呆れたように溜め息を吐いたロベールさん。


 こうして私は一日で薬師としての道を極めてしまった。

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