60・魔法研究所
あれから私達は精霊の村を出て、ナイジェルとリンチギハムに戻った。
「少しの間でしたけど、随分久しぶりな感じがしますね」
あの村の澄みきった空気も美味しかったけれど、やっぱり活気と人で溢れているこの街も好きだ。
「門番から報告も聞いたけど、どうやら大きな事件はなにもなかったようだね」
ナイジェルが安心した顔で言う。
「ドグラスとラルフちゃんが、しっかりお留守番をしてくれていたんですかね?」
「そうかもしれないね」
「王城に帰りましょうか? 久しぶりに自分のベッドで横になりたいですし……」
「僕は魔法研究所に寄ってから帰るよ」
「研究所?」
私は首をかしげる。
ナイジェルが右手に持っている一本の瓶をかかげ、こう続けた。
「この水をそこで解析してもらいたいんだ。精霊が住む森で育まれた水だから、ただの水じゃないと思うしね」
「確かに……その水からは計り知れない魔力を感じます」
「だろ?」
「でしたらお供します。私も気になりますので」
「分かった。一緒に行こう」
王城に帰るのは、もう少し後になりそうだ。
待っていてくださいね、ドグラス、ラルフちゃん!
◆ ◆
魔法研究所の前に到着。
白塗りの建物で、なんとなく落ち着いた雰囲気を感じた。
「前々からなんの建物だろうと思っていましたが、魔法研究所だったんですね」
「うん。ここの所長はかなりのやり手なんだよ。早速行こう」
「はい」
研究所に足を踏み入れる。
中では白衣を着た人々が、忙しそうに動き回っていた。
彼等はナイジェルの来訪に気付くと、軽く挨拶とお辞儀をする。
ナイジェルはそれに対して手を挙げて応えながら、奥へと進んで行ったので私も後をついていった。
「ロベール、久しぶりだね」
研究所の一番奥の部屋に着くと。
そこには一人の男性が液体が入った容れ物を凝視していた。
「ナイジェル様」
彼はナイジェルの声に反応し、顔をこちらに向ける。
「エリアーヌ、紹介するよ。彼がここ魔法研究所の所長のロベール。とても良い人だから、なにかあれば頼ってみるといい」
「初めまして、ロベールさん。エリアーヌと申します」
スカートの端を持ち上げ頭を下げる。
所長……ロベールさんは「ほお」と声を漏らし、
「美しい女性ですね。もしかして、ナイジェル様がおっしゃっていた婚約者というのはこの方ですか?」
「うん」
「それはそれは……ナイジェル様にふさわしいお方だと思います。まさにベストカップルです」
ロベールさんが柔和な笑みを浮かべ手を差し出してきたので、私は握手で応えた。
それにしても……。
この人もかなりの美形!
病的なまでに肌が真っ白で、ふちの細い眼鏡をかけている。幻想的な雰囲気すらも感じ取れた。
ちなみに……私がナイジェルの婚約者であることは、まだ一部の人しか知らない。
今までナイジェルは頑に婚約者を作らなかった。
それなのに不用意に伝えてしまうと、騒ぎが大きくなりますからね。
だけど——どうやらロベールさんは、そのことを知っているらしい。
このことから、いかに彼がナイジェルに信頼されているのかがうかがえた。
「それでナイジェル様、急にどうしたのですか? 今日はどのようなご用で?」
「これを見てもらいたかったんだ」
ナイジェルは精霊王のフィリップに貰った水を、ロベールさんに見せる。
すると彼は興味深げにそれを観察した。
「これは……なかなか魔力純度の高い水ですね」
「分かるかい?」
「はい。一体これをどこで?」
「詳しいことは今は省くけど、実は精霊と親交が出来てね。これは精霊の森に流れている水なんだ」
「せ、精霊ですか!?」
ロベールさんが眼鏡を上げる。
「精霊といえば、魔法の始まりという説もある種族ですよ? 彼等の生態について究明することは、魔法研究家にとって悲願です。今までほとんど手がかりもありませんでしたが……まさかナイジェル様が、このようなものをお持ちとは!」
興奮しきった様子のロベールさん。
そうなるのも仕方ない。
精霊を一目見るだけでも珍しいのに、まさか彼等の水を持ってくるなんて……とロベールさんは驚いているだろう。
「これをここ魔法研究所で分析してもらいたいんだ。この水を使えば、どういうことが出来るのだろうって」
「わ、分かりました! ありがとうございます! しばらく眠れませんね!」
「いや、寝てくれ」
ナイジェルがおかしそうに笑う。
しかしすぐにキリッと真面目な顔になって、
「君なら分かっていると思うが……一つだけ注意しておく。君達にとって精霊は研究の対象かもしれないが、決して手荒な真似だけはするな。もし精霊の怒りを買ってしまえば、大変なことだからね。僕の顔を立てると思って、節度を持って研究をして欲しい」
と忠告した。
それに対して、ロベールさんも真剣な表情でこう答える。
「承知しました。元よりそんなバカな真似はするつもりはありません。王国のバカな魔法研究者ならともかく、部下にもそんなことを考えるような輩はいないのでご安心を」
ロベールさんが言ったように、ベルカイム王国の研究者達は少々行き過ぎたところがあった。
噂では、かなりあくどい人体実験にも手を染めていたのだとも聞く。
それは本人達の性分にもよるところがあると思うが、なにより国から過剰に結果を求め続けられたせいだろう。
魔法研究所と聞いて、少し心配していたが……この様子だと大丈夫そう。
「それにしてもこの水は本当に素晴らしいですね。便宜的に『精霊の水』と名付けましょうか」
ナイジェルから精霊の水が入った瓶を受け取り、ロベールさんはまじまじと眺める。
「詳しく分析してみないとなんとも言えないですが、これを触媒にして使えば上級ポーションを簡単に作れると思います。これだけ魔力純度の高い水は珍しい」
「ポーション!」
私はそれを聞き、話の間に割って入る。
「こ、ここではポーションも作っているんですか!?」
「お嬢様もポーションにご興味があるのですか?」
「は、はい! とっても!」
思わず身を乗り出してしまった。
王国にいる頃。
退屈しのぎに、王城内にあった本を何冊か読んでいた。
その中でポーションを作る『薬師』と呼ばれる人達のことが書かれた本があった。
作業場でのんびりと平和にポーションを作る。
薬師達の作ったポーションは様々な人を助け、みんなの暮らしを豊かにしていく。
そんな生活に一時期憧れを抱いていた。
……まあそんなこと、させてもらえませんでしたが!
「エリアーヌ。そんなに興味があるなら、よかったらロベールの手伝いをしてみるかい?」
「い、いいんですか!」
「もちろん。ロベール、前にも説明した通りこの子は優秀な治癒士だ。きっと力になれると思うけど……」
「私の方こそお願いしたいくらいです。彼女の話はナイジェル様から聞いていますから」
ロベールさんが私の顔を見て、にっこりと微笑む。
「今日はお疲れでしょうから、明日からでもすぐに研究所に来てください。この水で上級ポーションを作ってみましょう」
「は、はい! よろしくお願いします!」
手伝いとはいえ、憧れの薬師スタート!
……まあ正しくは魔法研究者なんだけど、細かいことは気にしないのです。
こうして私は充実していく日々にさらに心躍らせるのであった。
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