6・ものすごく感謝されました
聖女ってこと……バレちゃいました!?
……と思っていたが、話を聞く限りどうもそうではないらしい。
「すまない。興奮して変なこと、言っちまって」
私が一番最初に怪我を治した男が、申し訳なさそうに手を合わせる。
どうやら彼は本当に私のことを聖女だと思ったわけではなく、まるで聖女のような所業をする……ということで、そう声を上げただけだったらしい。
「べ、別に謝らなくても結構ですわ。でも『聖女』様だなんて、恐れ多いことですし、私のことは気軽にエリアーヌとお呼びください」
「エリアーヌ様、本当に助かった。ありがとう」
『様』付けはいらないのに……! まあいっか。
あれから落ち着きを取り戻した旅人一行に、ことの経緯を聞いた。
どうやら彼等はリンチギハムから、所用で近くの街に立ち寄ったらしい
そしてその帰りに魔物に襲われたということだった。
魔物の名は『ベヒモス』
本来なら、かなり強い冒険者が何人かでパーティーを組んで、やっと倒せる程度の強さ……と聞いている。
それでも、この人達は善戦したらしいのだが、いかんせん相手はベヒモスだ。
太刀打ち出来ず、なんとかここまで逃げてきた……というのがことの経緯だ。
「それにしても……どうして、このような大人数で近くの街まで移動を?」
私は訊ねる。
「それは……」
男が言い淀む。
ちなみに……この一際強そうなおじさまの名前はアドルフ。今回の旅の護衛として付き添っていたらしい。
「……すまない。ここではあまり詳しくは答えられないんだ」
「そうですか」
「命の恩人に失礼なことを言っちまって、申し訳ない」
「構いませんわ。私も子どもではないですし、それくらいの事情は察しますので」
うーん……となると、名のある貴族様の一行でしょうか?
近くの街まで、なにか用事があって訪れたと。
それが単に貴族同士の交流か商売だったのかは分からない。
こうして身分を明かせない者は、大体は高貴な身分であることが多い。
それにこの人達、やけに高級な布地を使った服を身につけているのね。
でも私はわざわざそのことに対して問い質したりしない。
だって、ここで彼等が何者か聞いても仕方ないですもの。
今は彼等が助かったことに安堵しよう。
「僕からも礼を言わせてもらうよ」
そんなことを考えていると、馬車の中から一人の男性が姿を現した。
私と同じくらいの年齢だろうか?
その人を見て、アドルフはこう声をかける。
「ナイジェル様!?もうお怪我の方は大丈夫なんですか?」
すると名前を呼ばれた男性……ナイジェルはにっこりと穏和な笑みを浮かべ、
「うん、もう大丈夫だ。彼女の治癒魔法のおかげで、体の方はもうピンピンしているよ」
と気丈に振る舞った。
……ん?
ナイジェルっていう名前、どこかで聞いたことあるような……。
「えーっと、確かエリアーヌと言ったよね」
「はい」
「本当にありがとう。君は命の恩人だ。もしよかったら今から僕の家まで来て、お礼をさせて欲しい」
「え?」
ナイジェルからそう提案をされて、つい私は素っ頓狂な声を上げてしまう。
どうしようかしら……。
彼等もこれからリンチギハムに帰るところだったらしい。
どちらにせよ、私もリンチギハムに行くところだったし、彼の提案は非常に魅力的に思えた。
だけど。
「わ、悪いですよ……私、大したことしていませんし。そんなお礼だなんて……」
「なにを言うんだ。こんな質の高い治癒魔法を使ってもらって、お礼の一つや二つもしないだなんて、僕の主義に反するよ。『治癒代』代わりだと思って……どうだい?」
「でも……」
質の高い治癒魔法なんて言ってもらえたが、これくらいは祖国で嫌というほどやらされた。
しかもクロード王子含め、周りの人達は誰も私に感謝してくれなかったし……。
そのせいか、ナイジェル達がこうしてただ「ありがとう」と言ってくれることですら、なんだか慣れないのだ。
私が言い淀んでいると、
「……まだベヒモスはこの近くにいると考えられる。どういった事情かは分からないが、あなたと御者の二人で旅をするのは少々危険が多すぎると思うんだけど?」
とナイジェルはさらに言葉を重ねた。
確かに……ベヒモスがこの辺りをうろついているとなると、怖いですわね。
でも私には結界魔法がある。
これがあれば魔物は寄りついてこない。だからこそ御者の方と二人で旅をしていたのだ。
「もしまたベヒモスが来たら、僕達は全力で君を守る。そしてもし傷ついた時は、君の治癒の力をもう一度お借りしたい。ウィンウィンの関係だ。これなら納得してくれるかい?」
うーん、ここまで言うなら……。
私は大丈夫にしても、ナイジェル達を放っておくのは心配だ。
私がいれば結界魔法も張れるし、ベヒモスに襲われることはないだろう。
だから。
「分かりました。では少しだけお邪魔させてもらいますわ」
と頭を下げた。
するとナイジェルは私の両手を握って、
「そうか! それは良かった……! こんなところでお別れだなんて嫌だからね」
とぐいっと顔を近付けた。
うっ……この人、よく見るとかなり美形だ。
金色の髪は宝石がこぼれ落ちるよう。
こうして喋っているだけでも薔薇の香りが漂ってくる。
「あ、は、はい……」
戸惑ってしまって、そんな相づちを打ってしまった。
クロード王子の時は、こんな感情を抱いたことないのに……私、どうしたのかしら。
「では早速リンチギハムに向かおう。ベヒモスがまた襲ってこないとも限らないから、用心しないとね」
「あ、あのー……その件なら大丈夫だと思います」
「……? どうしてだい?」
「わ、私の勘です!」
「?」
ナイジェルが首をかしげる。
その後、私達は特に危険もないまま無事にリンチギハムに辿り着いたのであった。
今日は夜にあと一回更新予定です。
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