59・上級魔族の命令
「じょ、上級魔族だと!?」
クロードは声を荒らげる。
「う、嘘を……」
吐くな——そう言葉を発しようとしたが、クロードは断ずることが出来なかった。
騎士からの報告。
そして……なにより、ここ王城には外部の者が簡単に入れるわけではない。
この怪しげな男がここに立っているということが、上級魔族であるなによりの証拠ではないだろうか。
「ク、クロード様に近付くなぁぁあああああ!」
傍らに立っていた騎士が上級魔族——バルドゥルに斬りかかった。
しかし。
「うるさいわね。今はあたしが王子様とお話してるの。邪魔しないでくれる?」
バルドゥルが人差し指を騎士に突きつける。
その瞬間であった。
騎士の体が足先から徐々に石に変わっていったのは。
「こ、これは……? う、ごけ、な……」
あっという間に彼は斬りかかる体勢のまま、全身を石漬けにされてしまった。
「空気が読めない男はモテないわよ」
バルドゥルが石になった男の体をそっと押すと、彼は床に転がった。
動く気配すらない。
「っ!」
クロードは息を呑む。
王国の騎士団は厳しい訓練を付けられた結果、他国を圧倒する力を得ることが出来た。
そんな騎士を一瞬で石にしてしまうとは。
(逆らうのは愚策だ……! 話だけでも聞こう)
クロードは即座にそう計算する。
「クロード……クロード……」
一方のレティシアは自分の顔を押さえて、うめき声を上げているのみである。
今すぐにでもレティシアに治癒を施したいが、今はそれどころではない。
「まず一つ。この国にいた聖女はどこにいったの? 結界がなくなっているみたいだけど……」
「せ、聖女ならここにいる!」
クロードがレティシアを指差す。
だが、バルドゥルは「はっ!」と吹き出し、
「彼女が? バカなことは言わないでちょうだい。彼女に国全体を覆う結界を張ることなんて出来ないわ。少々呪いの力は強いみたいだけど、結界魔法については下の下。話にならない」
と腹を抱えながら言った。
呪いの力……?
バルドゥルはなにを言っているのだ?
混乱しているクロードの顎を、バルドゥルが指でくいっと持ち上げる。
「嘘は吐かないでちょうだい。次に嘘を吐いたら、舌を引っこ抜いちゃおうかしら」
「ひっ!」
短い悲鳴を上げるクロード。
バルドゥルはにやにやと笑みを浮かべている。だが、言葉の端々や雰囲気から決して嘘ではないことがクロードでも理解出来た。
「聖女……偽の聖女のことなら、少し前に国から追放した。あいつは僕達を欺き、国を混乱させたからな」
「はあ? 追放したぁ?」
拍子抜けと言わんばかりに、バルドゥルの口から間抜けな声が漏れる。
「なんてバカなことを。彼女は有能だったのに。今までの歴代の聖女と比べても、最強じゃないかしら? そんな聖女を追放するなんて、自殺でもしたいの? マゾなの?」
「なにを言っている……」
「あーあ、そんなことも分からないのね」
バルドゥルの顔からさっと感情が消える。
「キレイな顔をしているから、ちょっと遊んであげてもいいと思ったけど興ざめだわー。あたし、バカすぎる男は嫌いだからね」
次にバルドゥルはレティシアに視線を向ける。
「あら、そこの醜い女。どうしたのかしら?」
「クロード……クロード……」
「あたしの質問に答えることも出来ないの。差し詰め、呪いの力が跳ね返ったのかしらー。バカね。でもあたしより美しい女は全員殺すつもりだから、命拾いしたわねー」
バルドゥルはせせら笑う。
(さっきから呪いの力だとかなにを言っている? 彼女にそんな力が宿っているなんて有り得ないじゃないか)
しかしこうして、あちらからわざわざ時間を消費してくれるのは有り難い。
時間を稼いでいれば、城の中にいる他の騎士達が駆けつけてくれるだろう。
街に散らばっている冒険者達もいる。
そうすれば、取りあえず自分だけはピンチを凌げるはず……。
「助けを期待しているのかしら?」
しかしバルドゥルから紡がれる言葉に、クロードの期待は木っ端みじんに砕け散った。
「一応言っておくけど、助けはこないわよ。だって王都はあたし達魔族で制圧したもの」
「な、なんだって!? まだ魔族が王都に侵入してから、三十分も経ってないはずだぞ!」
「王都を制圧するには、十五分もあれば十分だわ。お邪魔なドラゴンでもいればまた話は別だけど、どうやらそれもいないみたいだし」
バルドゥルは再度にっこりと笑みを浮かべ、クロードにこう言う。
「さて、あなたに言いたいことはもう一つ。この国の王に会わせなさい」
「お、お父さんにだと……?」
「うん。まあ、あたし一人でも探し出せるけど、どうせなら場は整えてあげなくちゃねー。これ以上人間の血で汚れるのも嫌だし、あんたに案内してもらう方が効率的だわ」
じっとバルドゥルはクロードの瞳を見る。
言葉の真意が読み取れない。
やはり魔族。人間とは違う思考回路をしているのだろう。
だが——相手は魔族。よからぬことを企んでいるのは間違いない。
だが……こいつがなにを考えていようとも、こうなってしまえば国王陛下と対面させるしかない。
(こいつに逆らえば、僕は殺される! 今はこいつの命令に従っておこう……)
クロードはほとんど悩まず、バルドゥルの命令に対して。
「わ、分かった……だから僕とレティシアだけは殺さないでくれ。それくらいは頼んでもいいだろう?」
「それは分からないわね。まあちょっとの間は生かしてあげてもいいわ。利用価値がまだありそうだしねー」
うーんと背伸びをするバルドゥル。
長年繁栄を続けてきた王国。
それがたった今、足下から崩れ去ろうとしていた。
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