49・謎の少年
正門近くの守衛所に向かうと、中ではいつもの門番さんが椅子に座っていた。
さらに傍らのベッドには、一人の黒髪の少年が横になっている。
「ナイジェル様。それにエリアーヌ様も」
門番さんは私達に気付き、顔をこちらに向けた。
「わざわざご足労すみません」
「いいんだ。それにしても……行き倒れている少年というのはその子かい?」
ナイジェルがベッドで寝そべっている少年に視線をやると、門番さんはゆっくり頷いた。
「はい。大体の話は聞いていますか?」
「ああ。なんでも自分のことを『王』と言ったり、治癒士を探しているとか聞いたけど?」
「その通りです。ですが、通行証も入場料もなにも持っていない方でしたから、こちらとしても簡単に市内に入れるわけにはいきません。最初からふらふらな様子でしたが、そのことを説明していたら急に倒れて……そのまま放っておくのもあんまりだと思いましたので、今はここで寝かせています」
「うん、ありがとう。適切な対応だったと思うよ」
「有り難きお言葉です」
ナイジェルの言葉を聞いて、門番さんは僅かに頬をほころばせた。
横になっている少年は、黒くて長い外套を身にまとっている。この辺りではなかなか見かけない素材で出来ているようだ。
うーん……可愛らしい顔をしているものの、見るからに怪しい風貌。それに入場料を払うためのお金も持参していない。
正真正銘、ただの怪しい子どもだ。
だけど……ちょっと気にかかりますのよね。
もしかしてこの子……。
「あっ、目を覚ましますわよ」
少年の顔を眺めていると、彼は「う……うーん……」と声を上げ、ゆっくりと瞼を開けた。
「ようこそ、リンチギハムへ。ご気分はどうかな?」
ナイジェルが少年に質問する。
優しげな口調ではあるが、警戒も怠っていない。
そりゃそうだ。まだこの少年は『ただの怪しい人』なんだし。
なにをしてくるか分からない状況では、ナイジェルの反応も頷ける。
しかし少年は落ち着き払った態度で、
「リンチギハム……そうか、俺はリンチギハムに辿り着いたんだ。君は……?」
と声にした。
いきなり気を失って、目が覚めたかと思ったら見知らぬ人に囲まれているのだ。
慌てるかと思っていたけど……少年は怯まずに、真っ直ぐとナイジェルの瞳を見つめていた。
「僕はナイジェル。一応この国の王子をさせてもらっている」
「王子……!」
少年の目が大きく見開く。
そしてすぐに立ち上がろうと、ベッドのフレームに手をかけた。
「頼む……! 教えてくれ。この国には腕の良い治癒士がいると聞いた。一体それはどこに——」
しかし少年が立とうとすると、彼はふらふらとまたその場に倒れてしまいそうになった。
「あら。慌てて立ち上がろうとすると、危ないですわよ」
少年が床に転んでしまいそうになる寸前、すかさず私は彼の体を支える。
「す、すまない……君は?」
「エリアーヌです。そんなことよりも……よく見ると至る所に傷を負っていますね。痛かったでしょう?」
「いや、そんなことはない。ただ魔力をなくしてしまった関係で、自己治癒があまり働かなくなってしまったみたいだ」
その言い振りだと、やっぱりこの子……。
なにはともあれ、まずはこの子を治してあげなければならない。
話を聞くのはそれからだ。
「すぐに済みますからね——ヒール」
少年に膝枕をして、私は治癒魔法を発動した。
まだこの少年がなにを考えているか分からない。
だけど……このリンチギハムには言い伝えがある。
それは『困っている民がいるなら助けなさい』という素敵な言葉だ。
この子はリンチギハムの民というわけではないのだけれど……こんなにボロボロになっている子を、見過ごすわけにはいかない。
「この光は……? 気持ちいい……」
少年は聖なる光に包まれて気持ちよさそうだ。
ついでに魔力も回復してあげよう。
それにしても……ここまで来るのに精一杯だったのか、服も所々汚れていて、少年の姿はお世辞にもキレイとは言えない。
お風呂にもろくに入っていないのだろう。
だけど不思議と少年の体からは、花の香りのような匂いが漂ってきた。
「終わりましたわよ。いかがですか?」
「な、なんだこの魔力は……! 魔力を回復するのに、しばらくかかると思っていたが、もう全回復だと……?」
少年は驚きを通り越して、戸惑いを感じているようであった。
「もしかして腕の良い治癒士というのは……いや、もしかしたら君は——」
ぐぅ〜。
少年がなにかを喋ろうとした時、そんな間抜けな音が室内に響き渡った。
「もしかして、お腹が空いているのですか?」
「あ、ああ……ここ三日くらいは水しか飲んでいないかもしれない。でもここらへんの水は不味くて、それすらもあまり飲めていないかも……だ……」
私は少年に訊ねると、彼は恥ずかしそうに頷いた。
治癒魔法を使ったので、ボロボロだった少年はお風呂に入った後みたいにキレイになっている。疲労感も消えているはずだ。
とはいえ治癒魔法も万能ではない。
いくら私でも、空腹感を消し去ることは出来ないのだ。
まあ食べなくても、一ヶ月くらいは生きられるようにするくらいは出来るが……それでも空腹感は残ったままなのである。
「だが、今はそんなことは重要じゃない。俺にはもっとすべきことが……」
「『お腹が減っては何事も為すことが出来ない』……こういう言葉は知らないですか?」
王国でよく言われていた言葉だ。
なにかを言い出そうとする少年の口に人差し指を付けて、私はこう続ける。
「まずは腹ごしらえです。『食』というのは人生を豊かにしますわ。お腹を満たして、初めて有意義な話し合いも出来ると言いますもの。ねえ、ナイジェル」
「うん、その通りだね」
ナイジェルに視線をやると、彼も首を縦に振った。
「そうだね。せっかくだから君を招待するよ」
「どこへ?」
少年が目を丸くすると、ナイジェルはこう告げた。
「王城へ」
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