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47・二人きりのダンス

 あの騒動後。

 落ち着きを取り戻したリンチギハムでは今宵、豪勢なパーティーが執り行われた。

 予定通りナイジェルの誕生日パーティーが開かれたのだ。


 国中から有力な貴族が集まり、他国からも要人がぞくぞくと王城にやってくる。

 私もナイジェルの口利きで、パーティーに参加させてもらえることになったんだけど……。


「ふう……」


 会場の外に出て、私は息を吐いた。


「さすがに疲れましたわね。こんなに大きなパーティーだとは思っていませんでした」


 至る所で人がごった返していた。

 しかもその一人一人が、国の将来を担うような重要人物なのである。これでは肩肘が張って仕方がない。


「パーティーなんて久しぶりでしたし……王国にいる最後の方は、パーティーに参加させてもらえませんでしたから」


 そういえば、今頃ベルカイム王国はどうなっているだろう。

 ドラゴン……ドグラスも竜の巣からいなくなったことだし、そろそろ上級魔族の一体や二体が乗り込んできてもおかしくないと思うけど?

 それにレティシアにも呪いが跳ね返っているはずだ。


 ……まあどうでもいいけどね。


「エリアーヌ、ここにいたのか」


 そんなことを考えながら会場の回りを散歩していると、不意に声をかけられた。


「ナイジェル。こんなところにいて大丈夫なんですか?」

「君を捜していてね。抜け出してきたんだ」

「主役が抜け出すなんてあまり褒められたことではありませんわ」

「構うもんか。今は君とお喋りしたかったんだ」


 今日のナイジェルは全身白の正装を来ており、いつもよりもさらにカッコよかった。


 というか後光が射して、最早眩しいっ!

 ずっと見てたら、なんだか自分を見失ってしまいそうだ。


「あっ、エリアーヌ。クッキーありがとう。ちゃんとお礼は言えてなかったけど、改めて言うよ」


 パーティーが始まる前に、ナイジェルに例の誕生日プレゼントは渡しておいた。

 だが渡すとすぐに、他の人達がわらわらとやってきてろくに言葉を交わすことも出来なくなったのだ。


 まあ仕方がないよね。だって彼はこの国の王子様ですもの。

 本当はゆっくりクッキーの感想とか聞きたかったんだけど、私と彼とでは身分が違いすぎる。

 だけど……パーティー前のナイジェルの横顔を見ていたら、急に彼が遠くに行ってしまったかのような寂しさを覚えた。


「どういたしまして」

「クッキー、まだ全部食べていないけど美味しかった。大事に食べさせてもらうよ」

「いえいえ……そんな大したものではありませんから。お手隙の時にちまちま食べるので十分だと思いますので」

「なにを言うんだい——そうだ。僕からも君に贈り物があるんだ」

「私に?」


 訊ねると、ナイジェルは頷いた。


 なんだろう?

 それに今日はナイジェルの誕生日だ。私がプレゼントを貰う理由なんてないはずなんだけど……。


「これだよ」


 疑問に思っていると、ナイジェルは内ポケットから小さな箱を取り出した。

 彼が箱の蓋を開けると、そこにはキレイな指輪が入っていた。


「それは……?」

「前、エリアーヌと宝石店に行っただろう? また違う日にだけど、そこで買ったんだ」


 ああ、あの高そうな宝石店ですか……。

 でもやっぱり意味が分からない。


 私に? 

 こんな高価なもの、簡単には受け取れないしどうして彼はこれを——。


 頭が疑問で渦巻いていると、ナイジェルはその場で膝を突き頭を垂れた。



「エリアーヌ——僕の人生の伴侶となって欲しい」



「……はい?」


 予想だにしないことを言われ、つい聞き返してしまう。


「分かりにくかったかな? 結婚して欲しいということさ」

「け、っこん……?」

「ああ。ずっと考えていたんだ」


 ナイジェルは頭を下げたまま、こう続ける。


「今思えば一目見た時から、僕は君に心奪われていたのかもしれない。そして……それをさらに強く意識したのは、前回のアルベルトの一件だ」

「あの戦いですか?」

「うん。エリアーヌから女神の加護を授けてもらった時、君と深く繋がった気がした。優しく包み込まれているような感覚だ。戦いの最中だったのに、あんなに安心出来たのは初めてだったよ」


 周囲の音が聞こえず、私はいつしかナイジェルの言葉しか耳に入らなくなっていた。

 彼はさらに続ける。


「僕は今まで恋をしたことがない。だけど君に会って、初めて恋という感情が分かった気がするんだ。だからエリアーヌ、どうか僕の人生の伴侶となって一緒に歩んで欲しい」


 最初、ナイジェルの冗談かと思った。


 しかし彼の表情は真剣そのもの。

 それに女性相手の求婚なんて、冗談では済まされないはずだ。


「で、ですが……私とあなたとでは身分が……」

「もちろん、すぐに結婚というわけにもいかないだろう。周囲の者を説得する必要がある。だがどんなに時間がかかったとしても、僕は全員を説き伏せてみせる。どうだい、エリアーヌ。この指輪を受け取ってくれないかい?」


 婚約者……未来の妻……になってくれ、ということですわよね? この段階だと。


 ど、どどどどうしましょう!

 まだ私の感情も整理しきれていないのに!


 それに私にナイジェルの婚約者が勤まるだろうか? ゆくゆくはナイジェルと国を引っ張っていく必要もあるのですわよ? クロード王子とはあまりにも違う。


 プロポーズされて、あらためて気付いた。


 ——私もナイジェルのことが好きだ。


 だけど彼の『好き』を受け止める自信もないし、私の『好き』も伝わるだろうか?

 ……もしかしたら婚約中に嫌われて、また婚約破棄なんかされちゃったりして。


「ナイジェル、申し訳ないですが——」


 だから断ろうとした。


 しかしすぐにちょっと前にドグラスが言った言葉が頭に浮かんだ。



 ——好きな人に好きと伝えて、どうして嫌われなければならぬのだ?



 ……確かにそうだ。


 国外追放、婚約破棄。

 私は臆病になり過ぎていたのかもしれない。


 ナイジェルを受け止めること。

 そして私の感情を伝えることを。


 すぐに首を横に振って、言い直す。


「ナイジェル、頭を上げてください」


 声を発すると、ナイジェルはゆっくりと私に顔を向けた。


「……正直、私があなたの婚約者だなんて自信がありません。ですが私もあなたのことが好きな気持ちは、どうやら本当のようです」

「だったら……」

「ええ。あなたの申し出、謹んでお受けさせてもらいますわ」


 私が言うと、ナイジェルは顔をパッと明るくさせた。


「エリアーヌ、お手を」


 ナイジェルに言われるがまま、私は手を差し出す。

 彼から私の薬指に婚約指輪がはめられた。


 ナイジェルは私の剣となり、私は彼の盾となる。

 指輪をはめられることによって、それをより強く決意するのであった。


「さあ、エリアーヌ。よかったら一緒に僕と踊らないかい?」

「あら、殿下ともあろうお方がこんなところで?」

「会場に戻ったら人が多いからね。今は君と二人きりで踊りたい」


 ナイジェルが私の両手を取り、踊り出す。


 彼のダンスはとても優しく、そして包容力があった。こうしているだけで自然と安心してしまう。


 月明かりの下、私達は二人きりのダンスを楽しむのであった。

一章終わりです!

ここまでお読みいただきありがとうございます。

引き続き二章も頑張ります!


「二章も更新がんばれ!」「続きも読む!」と思ってくださったら、下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります!


二章、よろしくお願いします!

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