44・決着
森の奥に進めば進むほど、呪いが濃くなっていくのを感じる。
「ラルフちゃん! あちらです!」
『任せろ!』
私はラルフちゃんに指示を飛ばし、アルベルトのところへ向かっていた。
これほどまでの強い呪い。
果たして、呪いをかけた人物はどれほどの怨念を抱えていたのだろうか?
それを想像するだけで鳥肌が立ってくる。
やがて森の開けた場所に辿り着くと……。
「きゃっ!」
「エリアーヌ!」
ラルフちゃんの体が急に浮き上がる。
そのせいで私達はバランスを崩し、ラルフちゃんから体を離してしまった。
しかし地面に激突する寸前、ナイジェルがすかさずラルフちゃんから飛び降り、私を抱きかかえて着地してくれた。
「大丈夫か? エリアーヌ」
「え、ええ。ありがとうございます」
ナイジェルの手から離れ、地面に両足をつける。
『むう……これはなんだ……!?』
浮き上がったラルフちゃんに、どす黒いオーラがつきまとっている。
あれは……呪い?
「ラルフちゃん! すぐに助けますからね!」
私は手をかざし、ラルフちゃんに付きまとっている呪いを解除する。
するとラルフちゃんはゆっくりと降下していき、ことなきを得たのであった。
「とうとう総大将のお出ましのようだな」
一方、ナイジェルは剣を構え、前を見据える。
「エリ、アーヌ……ころす……こ、ろ……す」
ナイジェルの視線の先には、一人の男が血塗られた真っ赤な剣を携えていた。
男は頭を抱え、なにかに苦しんでいるようにも見えた。
「アルベルト……!」
私はその名前を呼ぶ。
どうやら呪い自体は剣にかけられているようであった。
しかしその強力な呪いは、持ち主である男——アルベルトを浸食し、黒いオーラを奔流させていた。
「アルベルト。お前は一体なにを考えているのだ! 一体なにが狙いで……」
「ナイジェル、無駄ですわ。彼、完全に正気を失っていますもの」
アルベルトに問いかけるナイジェルを、そう制する。
それにしても、あまりに強く、そして邪悪な呪いだ。
しかも呪いはアルベルトだけではなく、彼の周囲に近付いた魔物にさえも広がっていた。
魔物が凶暴化していたのも、この強い呪いのせいであろう。
「くっ……目眩が……っ!」
ナイジェルが立ちくらみを起こしたかのように、足取りがおぼつかなくなる。
それも仕方がない。
こうしている間でも、私達もいつ呪いに侵されてしまうのか分からないからだ。
そうならないのは私が即座に結界を張ったこと。もう一つは彼の強い意志のおかげだ。
「ラルフちゃんも大丈夫ですか?」
『む、無論だ。しかしいくら神獣であるラルフも厳しい。長期戦はきついぞ』
ラルフちゃんも苦しんでいるようであった。
「呪いというものは、心に闇を抱えている人ほどかかりやすいと言われています。彼がこれほどまでに呪いに浸食されているのは、元々闇を抱えていたからでしょう」
私はそう分析する。
しかし今は悠長に説明をしている場合ではない。
正気を失ってしまっている彼相手では、詳しく話を聞き出すことも不可能そうだ。
まずはあの赤い剣、そして彼に取り憑いている呪いを浄化するのが先であろう。
「がああああああっ!」
アルベルトの獣のような咆哮。
そして剣を振り上げ、私に襲いかかってきた。
「おっと」
しかしナイジェルが私の前に躍り出て、
「君の相手は僕だよ。彼女には指一本触れさせない」
とアルベルトの剣を、自らが持つ剣で受け止めた。
つばぜり合いが起こる。
「くっ……!」
しかしナイジェルがジリジリと押されていく。
アルベルトの邪悪な赤い剣が、彼の顔に近付いていく。
「こ、ろ……す……っ!」
アルベルトは何度も『殺す』と繰り返し、ナイジェルに殺意を飛ばしていた。
「ナイジェル」
私はそんな彼の背中に手を置いた。
「今からあなたに女神の加護を与えます」
「女神の加護……?」
ナイジェルは振り返らず、アルベルトから視線を逸らさないまま私に問いを投げかける。
「とはいえ、女神の加護を受け入れるのも資格なき者にしては、少々辛いことかもしれません。しかしあなたならきっとこの力を、使いこなせると思いますわ。だから……」
「わ、分かった。たとえどんな苦行が待ち受けていようとも、エリアーヌを守るためなら耐えてみせる。このままではこいつに勝てない。エリアーヌ、お願い出来るかな?」
「はい!」
私の手を中心に、ナイジェルの体が光で包まれた。
それは周囲の闇を切り裂くがごとく、空まで聖なる光が拡散されていく。
「はあっ!」
ナイジェルが声を発し、アルベルトを押す。
「ぐっ……!」
するとアルベルトは力に耐えきれず、ふらふらと後退し私達から一旦離れた。
「これが……女神の加護?」
ナイジェルは突如与えられた力に困惑しているようであった。
——女神の加護、適合。
ナイジェルにも説明した通り、女神の加護は誰彼かまわず授けられるものではない。
邪悪な心を持つ者は聖なる力を受け入れることが出来ず、ただただ苦しむだけだと言う。
しかし強い心を持っているナイジェルだからこそ、女神の力が完璧に適合したのである。
私は真の聖女だ。
レティシアのような偽りの聖女ではない。
ゆえに私には女神の加護が与えられる。
その力によって、強力な治癒魔法や結界魔法を使いこなし、あの国——ベルカイム王国を守ってきた。
私の力は人を守るためにあるものだ。
私自身が戦うことは出来ないけれど、この加護を他人に付与させることによって一時的に力を強化することが出来る。
そんな聖女には、もう一つの呼び名がある。
女神の代行者——と。
「アルベルト」
ナイジェルがそいつの名を呼ぶ。
眩いまでの聖なる光が、ナイジェル——そして周囲を包んでいた。
正直驚いた。
まさかここまでとは……と。
いくら女神の加護を付与することが出来るといっても、適合しなければ意味がない。
それは『人を守るという意志』が強ければ強いほど、女神の加護の恩恵を授かるのだと聞く。
私やドグラスといった困っている人にも、迷わず手を差し伸べ——。
リンチギハムの王子として、何千・何万もの民の行く末を守る彼だからこそ、ここまで女神の加護を使いこなすことが出来る。
……といったところだろう。
「僕は僕の国——そして大切な人の敵となる者に、容赦をするつもりはない」
「ぐっ、こ、ろ……がああっ!」
「君はたった一人だ。しかし僕の後ろには聖女……そして何万もの民がいる。その人達を守る剣である僕は、君なんかに負けるわけにはいかない」
「がああああああっ!」
最早ナイジェルの言葉も届いていないのだろう。
性懲りもなく、アルベルトが彼に襲いかかる。
「君は力に溺れた。しかしエリアーヌは別だ。彼女は大いなる力を持っているが、それを人のために使った——その差はあまりにも大きい」
しかしアルベルトがいくら攻撃しようが、無駄なのだ。
もう勝敗は決しているのだから。
「はあああっっっっ!」
アルベルトの剣が届くよりも早く、ナイジェルが剣を振り上げる。
そして大きく空間を斬り裂く。
すると波動が現れ、光の一閃としてアルベルトの体を包んだ。
「があああああああああああああっ!」
より一層の大きな悲鳴。
女神の加護が与えられたナイジェルの一閃によって、アルベルト——そして彼が持つ剣にかけられた呪いが浄化されていく。
やがて光に包まれた彼の悲鳴が止み、地面に倒れ伏せた。
「やった……のか?」
私は頷く。
ナイジェルは警戒を崩さないまま、倒れているアルベルトに近付いていく。
先ほどまでの呪いが完全に消滅している。
アルベルトは目を瞑ったまま、起き上がる気配すら見せなかった。
「ええ、終わりました。これでアルベルト……そして剣にかけられていた呪いが消えましたわ」
「じゃあ森にいる魔物達も……」
「大元がなくなりましたからね。すぐにとは言えませんが、徐々に正気を取り戻していくはずですわ」
私がそう説明をすると、ナイジェルは力尽きたかのようにその場に座り込んだ。
「そ、そうか……良かった。君が無事で」
「あら。私は最初からあなたの勝利を信じていましたわよ」
なんだかおかしくなって、くすくすと笑う。
『むう……ナイジェルよ。よく頑張ったな。ラルフが褒めてやるぞ』
ラルフちゃんがナイジェルに近付き、彼の顔を舌でペロペロ舐めた。
私も頑張ったナイジェルの頭を、優しく撫でてあげるのであった。
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