33・ドラゴンとフェンリルが仲良しになりました
ドラゴンことドグラスは、ひとまず私達と同じく王宮で暮らすことになった。
ナイジェルが国王陛下に相談すると、後日ドグラスのお家も用意してくれるらしい。
しかし急なことでもあるので、一時的に王宮で預かる……という形で落ち着いたみたいだ。
そのことに対してドグラスは、
「我はどこでもよいぞ。贅沢を言うなら、人の姿のままというのも疲れるのでたまには元の姿……おいおい、エリアーヌ。そう睨むな。冗談だ。この街にいる間は、人の姿のままでいる。だからその手に持っているフライパンを下げろ」
と快く(?)納得してくれた。
「まさかあの時のドラゴンと、一緒に暮らすことになるとは思いませんでしたわ……」
中庭に続く廊下を歩きながら、私はそう溜息を吐いた。
「ドグラスも余計なことをしなければいいけど」
「誰が余計なことをするのだ?」
突如、後ろから声をかけられ「きゃっ!」と悲鳴を上げてしまう。
「ドグラス! 驚かさないでください!」
「驚かせる? そんなつもりはなかったのだがな。ただエリアーヌの反応が見たかったから、気配を消して近付いてみた」
とドグラスは快活に笑った。
もう……っ!
悪戯好きなんだから!
「どこに行くつもりだったのだ?」
「ペットのフェンリルにご飯をあげに行く途中でした」
「なぬ、フェンリルだと? フェンリルといえば魔物でありながら、神獣の一つに数えられる存在ではないか。人間はそんなものまで従魔にするのか」
「従魔ではありません、ペットです」
「どう違うのだ?」
ドグラスは首をかしげた。
「よければあなたも一緒に来ますか?」
「おお、それは良い考えではないか。フェンリルといえば、高潔な種族とも聞く。我と気が合うかもしれぬからな」
見るからにドグラスの機嫌が良くなった。
ドラグスを一人(ただしくは一人という呼び方は変なんだけど、ややこしいからこう数えることにした)にさせておくのも不安だから、手元に置いておこう。
いつの間にかドグラスの保護者みたいになってますわね……私。
頭に鈍い痛みを感じながら、私達は中庭まで移動する。
『おお、エリアーヌ。来てくれたか。今日も黄金の木片を——』
ラルフちゃんが私を見て、尻尾を振りながら近付いてこようとした瞬間であった。
『ど、どうしてドラゴンがこんなところにいる!?』
ラルフちゃんは立ち止まり、ドグラスにそう言った。
「ラルフちゃん。この方がドラゴンだということが分かるのですか?」
『分かるに決まっているだろう! ドラゴンといえば、他の者達とは比べものにならない神聖な魔力を保有しておる。たとえ人の姿に化けて、ラルフを騙そうとしてもそうはいかん!』
ラルフちゃんが「ぐるる……」と威嚇しても、ドグラスは余裕げに笑みを浮かべているだけだった。
「はっはは。なかなか好戦的なフェンリルではないか。気に入ったぞ。汝よ、我の遊び相手となるがいい」
『誰がなるか!』
警戒心を解かないラルフちゃん。
だけど私は黄金の木片……もとい鰹節をドグラスに持たせる。
「ほら、ドグラス。ラルフちゃんと仲良くしてあげてください」
「これは……?」
「ラルフちゃんはそれが大好物なのです。親愛の証としてそれをプレゼントするのです」
「こんなしょうもないプレゼントで、フェンリルほどの存在が懐くとは思えぬが」
鰹節をまじまじと見つめるドグラスは戸惑ったご様子。
『そうだ! 高潔な種族であるフェンリルは、黄金の木片ごときでは懐かぬ。今すぐそれを持って、立ち去るがよい!』
ラルフちゃんが相変わらず「ぐるる……」と敵意を飛ばしている。
だけど私は見てしまった。
鰹節を見たラルフちゃんが、尻尾を嬉しそうに左右に振っていたのを。
「ドグラス」
「なんだ?」
「その鰹節を遠くに投げてみなさい」
「ん? こうか?」
ドグラスが軽く下手投げで、鰹節を放ろうとする。
だが。
ぴゅーん。
そんな音を立てて鰹節が上空高くに舞い上がった。
そのまま鰹節が高く上がりすぎて、見えなくなってしまう。
「わおーん!」
ラルフちゃんが遠吠えを発した。
やがて鰹節がゆっくり降下していき、ラルフちゃんの目の前に落下しようとした。
しかしラルフちゃんもさすがはフェンリル。
鰹節が地面に落ちるよりも早く、素早い身のこなしでそれを口でキャッチしたのだ。
『ふむふむ。なかなか面白いことをしてくれるではないか。気に入った。そなたをラルフの鰹節係に任命してやろう』
なにくわぬ顔でラルフちゃんは鰹節をかじかじした。
意外にちょろかった。
そんなことよりも……。
「ドグラス! なにもそんなに高く放り投げなくてもいいじゃないですか!」
「はっはっは、すまぬすまぬ。力の加減が分からぬのだ。我は軽く放ったつもりだったんだがな?」
注意するが、ドグラスは全く反省の色を見せていなかった。
それから私達はしばらく、ラルフちゃんと一緒にまったり日向ぼっこをしていたが……。
「ん……あれはアビーさん?」
建物と建物を繋ぐ渡り廊下。
メイドのアビーさんが、何冊も本を抱えてその廊下を歩いているのを発見した。
「でもとても重そうですわね……」
その証拠に、何冊も積み重ねられた本がぐらぐらしている。
心配だ。
「ドグラス、行きますわよ」
「うむ。またな、フェンリルよ」
『また鰹節を持ってくるがいい』
私達はラルフちゃんに手を振り、アビーさんの元に小走りで駆け寄った。
「アビーさん、なにをしているんですか?」
「ん……この声はエリアーヌ様ですか?」
アビーさんは重そうに抱えた本のせいで、どうやら前がよく見えないらしい。
「はい。エリアーヌです」
「悪いですが、今はあまり喋りかけないでくれますか? この本をナイジェル様にお持ちする必要があるのですが、喋る余裕がなくって……」
アビーさんの言う通り、こうして立ち止まっているだけでも相当辛そうだ。
「お手伝いしますよ。何冊か私も持ちます」
「いえいえ、客人にそんなことをさせるわけには……」
そうは言うものの、こんなものを見てしまっては見過ごせるわけがない。
アビーさんから本を何冊か受け取り、一緒に運ぼうとすると……。
「なんだ、まどろっこしい。このようなもの、我一人でも抱えられるぞ?」
ひょいっとドグラスが私の隣から、アビーさんの本を奪い取ってしまった。
しかも片手……しかも人差し指でバランスよくたくさんの本を載せて!
ぐらぐらしているが、不思議なことに本は崩れない。
力もそうだけど、すごいバランス感覚だ。
「あ、ありがとうございます……」
アビーさんは礼を言うが、ドグラスの力に唖然としている様子であった。
まあそんな反応にもなりますよね。
ドグラスがドラゴンであることは、アビーさんにはまだ知らされていないと思うし……。
「よし、行くぞ。ナイジェルというと昨日出会った男のことだな? 女にこのような重いものを持たせるとは、男の風上にも置けん。我がガツンと言ってやろう」
そのままドグラスは歩き出そうとする。
これだけのことをしているのに、全く重そうにしていない。さすがドラゴン。いくらおさえられているとはいえ、人間とは比べものにならない力を持っている。
「ド、ドグラス! ちょっと待ってください。私も一緒に行きます! アビーさんも!」
「は、はい!」
そもそもドグラスだけじゃ、ナイジェルがどこにいるのかも分からないだろうに。
やっぱりどこか抜けている。
でもドグラスの言ったことには私も賛成だ。
少しナイジェルにお説教してあげよう。
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