302・ミツハの訓練
「はあっ!」
訓練所。
ナイジェルが鋭く息を吐き、木剣を振います。
お相手は──ミツハちゃん。
「ぬおっ!」
目の前まで迫った木剣に、ミツハちゃんが目を見張ります。
しかし、すぐに顔の前に木剣を持っていき、攻撃を防ぎます。
反撃を──とミツハちゃんが一歩を踏み出すと、すかさずナイジェルが彼女の頭に軽く木剣を当てました。
「勝負あり……だね」
「むぅ……」
ミツハちゃんが悔しさで、肩を落とします。
『お二人は、ミツハ姫に剣術の稽古を付けています』
あの時、シキさんが言ったこと。
シキさんと共に急いで向かいましたが、訓練所は周りに兵たちがいて、ナイジェルとミツハちゃんの模擬戦を観戦していました。
「また負けたのじゃ……」
「そう落ち込むことはないよ。その歳にしては筋がいいと思う。十年後に負けているのは、僕の方かもしれない」
「ほ、本当か!?」
「もちろんだとも」
ナイジェルが力強く胸を叩きます。
こういう場面で、彼はお世辞を言いません。
彼が言うということは、ミツハちゃんは本当に筋がいいんでしょう。
「ガハハ! 急に稽古を付けてくれと言われたから、何事かと思ったが……意外とやるではないか。もっと、子どものままごとのようだと想像していた」
「これでも、幼い頃から剣の稽古を付けられておったからな。とはいえ、母上が死んでからは、稽古も中止になったが……」
ミツハちゃんのお母様──フタバさんが亡くなって、それどころではなくなったということでしょう。
ただでさえ、赤影の一件のありますからね。
「それにしても、どうして急に稽古なんて……」
「先日の戦いに触発されたようですよ」
隣り合って模擬戦を観戦していたシキさんが、そう口にします。
「海哭蛸と戦ったのでしょう? その際、ナイジェル様とドグラス様の戦いを見て、いてもたってもいられなくなったようです」
「そうだったんですか」
シキさんの言葉に、私も頷きます。
「ナイジェルとドグラスも、すまぬな。余の稽古に付き合わせて」
「別にいいよ。調査も行き詰まっていたし、いい気分転換になるから」
「うむ。我も少しは動かないと、体が鈍るからな。助かったくらいだ。ガハハ!」
優しげな表情のナイジェルに、豪快に笑うドグラス。
特にドグラスは、海哭蛸との一戦でもミツハちゃんの護衛に回って、ろくに戦っていなかったですから。
フラストレーションも溜まっていたでしょうし、それが発散出来て楽しそうです。
「エリアーヌも来たところだし、この辺りで稽古は中断にしよう。それよりも──そこで見学してる、シキよ」
ドグラスがニヤリと笑って、こちらに近付いてきました。
「なんでしょうか?」
「一つ、汝と手合わせを願おうと思ってな。汝の剣捌きは一度しか見ていないが、大したものだった。この刀の使い方も知りたいし、丁度いい機会だ」
そう言うドグラスは、刀を右肩で背負っていました。
「……手加減は苦手ですよ?」
「手加減するつもりだったのか? それなら無用だ。手加減する隙など、与えるつもりはないからな」
くいくいっと人差し指を動かすドグラスに、シキさんはしばし無言。
やがて諦めたように溜め息を吐いて、訓練所の中央に歩いていきました。
「木剣は?」
「木剣など、生ぬるいものを使うつもりはない。我も汝も刀のままでいいだろう。それとも、怪我を怖がるほど、汝は柔なのか?」
「後悔しないでくださいね」
そう言って、シキさんは刀を抜きます。
真剣同士の戦いにハラハラしますが、ナイジェルに「大丈夫だから」と言われたのもあり、固唾を飲んで戦いを見守ります。
「ゆくぞ──」
ドグラスが刀を振います。
その動作は、初めて刀を使ったとは思えないくらい、堂に入ったものでした。
それはシキさんも感じ取ったのでしょう。
「なかなか、筋がいいようですね」
当初は面倒そうだった彼女も真剣な顔つきになり、ドグラスの一刀を防ぎました。
一進一退の攻防。
ドグラスが本気を出せば、さすがにシキさんには負けないでしょうが、現在、彼は刀を持っています。
竜の騎士モードならともかく、ドグラスが武器を使うのは珍しいこと。刀の扱いに苦戦しているのでしょうか。
やがて。
「トドメだ──」
ドグラスが両手で刀を握り、上段に構えます。
振り落とされる一撃──しかしシキさんは咄嗟に横っ飛びし、寸前で回避します。
ドグラスの空を切った刀が地面に衝突し、根本からキレイに折れてしまいました。
「ちっ……」
舌打ちをして、ドグラスが折れた刀を見つめます。
「……武器が折れたということは、我の負けか。この刀、簡単に折れよるな。リンチギハムの剣はもっと丈夫だぞ」
「それが刀ですので。丈夫さを削ぎ落とした反面、限界まで斬れ味を優先しているのです」
「そのようだな」
ニカっと気持ちよく笑うドグラス。
ドグラスとシキさんの白熱した戦いに、観戦していた他の兵たちも歓声を上げます。
「ドグラス……っ! 真剣同士の模擬戦なんて、無茶すぎますよ! 怪我をしたら、どうするつもりですか!」
「なあに、そうなる前に戦いは終わるよ。それにいざとなったら結界を張るつもりだっただろう?」
「それはそうですが……」
どちらかの剣が完全に当たりそうになった時、結界で守るつもりでしたが……ドグラスにはお見通しだったということですか。
「おおっ! ドグラス、お主も超強いのじゃな! シキと互角に戦える人間なぞ、初めて見たぞ!」
私の腑に落ちない気持ちをよそに、ミツハちゃんは目をキラキラ輝かせて、ドグラスを迎えました。
「まあ、これで訓練も終わりでいいでしょう。お腹も空いたでしょう? 実は──」
「僕も一つ、手合わせさせてもらってもいいかな?」
訓練所を後にしようとすると──意外にもナイジェルが、シキさんに模擬戦を申し出ました。
「ナ、ナイジェル!? あなたまで!?」
「ドグラスが戦っているのを見たら、なんだかじっとしていられなくなってね。それに……ちょっと気になることがあるから」
「気になること?」
首を傾げてもナイジェルは答えず、シキさんの方へと歩み寄ります。
「いいかな?」
「別に問題はありませんが……さすがに真剣は使えませんよ。さすがにリンチギハムの王子殿下を斬ったとなったら、処分は免れません」
「うん、木剣でいいよ。そっちの方が、僕も本気でやれるからさ」
止める間もなく、ナイジェルとシキさんはお互いに木剣を握り、模擬戦を始めます。
「ナイジェルにしては珍しいですね……」
ナイジェルはお強いですが、ドグラスのように好戦的というわけではありません。
なんなら平和を好み、無駄な戦いを好まない性格。
なのに、ナイジェルから戦いを申し出るなんて……気になることとは、なんなんでしょうか。
「やっぱりだ」
二人の木剣が衝突。
鍔迫り合いをしながら、ナイジェルがシキさんに話しかけます。
「この剣筋……どこかで見たことがある。どこで習ったものなのかな?」
「さあ……分かりません。なにせ記憶を失っているものですから」
「そう……だったね!」
ナイジェルが強く、シキさんの剣を弾きます。
しばらくやり合っていましたが、決着が着かず、頃合いを見て模擬戦は終わりとなりました。
「はあっ、はあっ……ありがとう。良い汗、かいたよ」
「こちらこそです」
シキさんと握手を交わすナイジェル。
肩で息をするナイジェル。
一方のシキさんは淡々としていましたが、額にはうっすらと汗が浮かんでいました。
「ナイジェル、これがあなたの確かめたいことだったんですか?」
「うん。彼女の剣捌きを見て、どこかで見たことがあると思ってね。流派が分かれば、もしかしたら彼女の出自が推測出来ると思ったけど……空振りだったみたい」
肩をすくめるナイジェル。
……それにしても、シキさんは本当に強いですね。
記憶を失ってなお、あの強さなのです。記憶を取り戻したら、彼女はどれほど強くなるのでしょう?
「…………」
一方、一緒に戦いを眺めていたミツハちゃんは、暗い顔をして俯いていました。
「ミツハちゃん? どうされましたか?」
「いや、なに……」
ミツハちゃんは無理やり笑顔を作り、頬を掻いて。
「先ほど……余がナイジェルと稽古を付けてもらった時は、随分と手加減されていたのだと思ってな。ナイジェルに褒められて、余も調子に乗っておった。ナイジェルと余とでは、一朝一夕では埋められない差がある」
「ミツハ姫もすごいと思うけどね。君くらいの歳でそれだけ剣を振るえば、十分だ」
落ち込んでいるミツハちゃんを、ナイジェルが慰めます。
「ありがとう。じゃが、これで分かった。やはり付け焼き刃で剣術を学んでも、お主の足を引っ張るのみじゃ。己の力量を知ったよ」
気丈に言うミツハちゃん。
だけど、その表情はまだどこか浮かないものでした。
「……よし!」
「ん?」
拳を握る私を、ミツハちゃんが不思議そうに見ます。
落ち込むミツハちゃん。
ならば……彼女に元気を出してもらえるよう、私も一肌脱ぎましょう!





