299・魔石の謎
「お疲れ様です」
戦いを終えて。
船の上に戻ってきたナイジェルに、労いの声をかけます。
「お怪我はありませんか?」
「怪我? 全然」
ナイジェルは無事であることを伝えるように、腕を曲げて軽く力コブを作ってみせます。
終わってみれば、ナイジェルの圧勝でした。
ですが、それもそうでしょう。
上級魔族……そして魔王に勝利した今のナイジェルに匹敵する敵など、なかなかいないのですから。
「ミツハ姫も怪我はない?」
「う、うむ!」
急に話しかけられてビックリしたのか、ミツハちゃんが高い声で返事をします。
その声は震えていました。
圧勝だったとはいえ、戦いを目の前にして恐怖が遅れてやってきたのでしょう。
「ガハハ。心配するな」
そんなミツハちゃんの頭を、ドグラスはポンポンと軽く叩きます。
「我がいたのだ。怪我など、させておらぬ。それにしても汝も、目を逸らさなかったな。少しは見直したぞ」
「……余相手に不敬なヤツだ」
ドグラスの言ったことに少し不服そうだったものの、ミツハちゃんの表情は若干緩んでいました。
「やはり……海哭蛸は、赤影に乗っ取られていたのでしょうか」
あの時、海哭蛸が激怒すると、全身に赤い煙のようなものが立ち込めました。
街中で赤影と交戦した時に見た色と似ています。
だったら、赤影に体を乗っ取られ、自分の意思とは関係なしに人を襲っていた……と。
「本来の蛸なら有り得ないほど、巨大化していましたしね」
「うん、エリアーヌの言う通りだと思う。だけど一つ……気になるものを見つけた」
頷き、ナイジェルは私の前で握った手を広げます。
そこには小さな赤い石が。
「それは……魔石?」
魔石とは魔力が溜まった、結晶のようなもの。
私はナイジェルの掌に乗った、赤い魔石を見つめてそう声を零します。
「うん、そうだと思う。海哭蛸を斬った時、体内に埋め込まれていたものなんだ。海に落ちる寸前で、なんとかキャッチ出来た」
「だとするなら、おかしいですね……確かに、魔物を倒したらたまに魔石が取れることもありますが、それとはまた違いますし……ん?」
ナイジェルから魔石を受け取り眺めていると、あることに気が付きます。
「この魔石には……人の手が加えられている……?」
魔石には大きく分けて二種類あります。
一つは自然や魔物から取れる天然もの。
二つ目は人の手によって作り出されたものです。
さらに天然ものの魔石を加工して、人間の手によって使いやすくすることもありますが……海哭蛸から取れた魔石は、そういった類のものだったのです。
「人の手が加えられた魔石が、海哭蛸に埋め込まれたと? ということは……」
ドグラスもある可能性に思い当たり、こう続けます。
「なにか? 先ほどの海哭蛸は、人為的に引き起こされたものだと?」
「今はまだ可能性に過ぎないけどね。だけどもし、ドグラスの言った通りなら……由々しき事態だ。誰かが、赤影を利用しているということなのだから」
ナイジェルも真剣な顔をして、頷きます。
「ミツハちゃんはなにか、知っていますか?」
「い、いや……初めて聞いた。この災害が人為的に引き起こされたものじゃと? 恐ろしすぎて、あまり考えたくもないのじゃ」
ミツハちゃんは体を縮こませて、ぶるぶると震えます。
先ほどの海哭蛸は私たちを殺そうとしていました。
漁に出られなくなった人たちもいますし、この魔石を埋め込んだ人はそれを知ってなお、黙っていたということなのです。
仄かな悪意を感じ取り、自然と表情も険しくなります。
「……とりあえず、今日はお城に帰りましょう。サネモリさんにも聞けば、なにか分かるかもしれませんので」
城に帰り。
私たちは早速、サネモリさんに海上で起こった出来事について話をします。
「なんと……っ! そのようなことが」
サネモリさんも赤影が人為的に引き起こされた可能性について、初めて聞いたのか、驚きで目を見張ります。
「他にも、似たような魔石は見つかったことはない?」
「いえ……そのような報告は聞いておりません。最近、漁の収穫量が減少していることは聞き及んでいましたが、まさか海哭蛸などという化け物がいたとは……」
うーん、サネモリさんもなにも知らないみたい。
サネモリさんは、この国の執政官です。
ミツハちゃんと同じく──もしくはそれ以上に情報が回ってくるでしょうし、その彼が知らないとなったら、望み薄です。
「とにかく、他の方々にも聞いて、魔石の調査をしていただけますか? なにか分かるかもしれませんので」
「しょ、承知いたしました!」
サネモリさんは海哭蛸から取れた魔石を持って、慌ただしくその場を走り去っていきました。
「あの様子だと、あまり期待出来なさそうだな」
「サネモリさんには悪いですが……おそらく、そうかと」
だけど、海哭蛸に人の手が加えられた可能性があることを知れただけでも、一歩前進です。
このまま調査を進めていけば、きっと赤影の真相に辿り着く……そう予感するのでした。





