293・かつての偽の聖女は王妃と仲良しなようです
『あっ、エリアーヌ? 聞こえる? わたしよ、レティシア』
念話機の向こうからは──レティシアの声が聞こえてきました。
「ばっちり聞こえますよ。あなたから連絡を取ってくるなんて珍しいじゃないですか、レティシア」
念話機の向こうにいるであろうレティシアに、私はそう話しかけます。
レティシア。
彼女はかつて、私を『偽の聖女』だとクロードに宣い、追放のきっかけを作った張本人です。
それだけではなく、呪いのアイテムをリンチギハムに流通させ、混乱に陥れました。
ですが、今となっては心を入れ替え、魔王との戦いでも私たちに力を貸してくれました。
今では定期的にお茶会を開くほど仲良しで、心を開ける親友でもあります。
『今頃あんた、どうしてんのかなって思ってね。ナイジェルと二人きりで、アマツに旅行中なんだっけ? 相変わらず、いちゃいちゃしてる?』
「い、いちゃいちゃだなんて……それに旅行ではありません。ドグラスもいますし」
『そういえば、そうだったわね』
あっけらかんとしたレティシアの声。
彼女は元々、ナイジェルのことが好きだったそうですが、今では私たちの恋愛を背中から押してくれます。
こうして彼女と話し合える日が来るとは、ベルカイムを追放された頃には想像出来ませんでした。
たった二年ほどで、ここまで劇的に状況が変わるとは……と、たまにちょっと不思議な気持ちになります。
「レティシアの方はどうなんですか? クロードといちゃいちゃしてますか?」
私ばかり攻められるのは少し癪なので、こちらからクロードの名前を出してみます。
するとレティシアは、瞬く間に言葉遣いが辿々しくなって。
『な、なんで、わたしがクロードといちゃいちゃしないといけないのよ。結婚して、もう随分日も経ってるしね。全然──なんなら、クロードをちょっと鬱陶しく思ってるくらい』
「本当ですかあ? 前だって、クロードの誕生日になにを贈ろうか、一生懸命考えて──」
『ああ! もう、この話は終わり! 本題に入るわよ』
強引に話を切り上げ、レティシアは声に真剣味を含ませます。
『魔王信教ってあるじゃない? 覚えてる?』
「はい、もちろんです」
魔王信教──。
今までに何度も、魔王は世界を滅ぼそうとしました。
災厄でしかなかった魔王ですが、半面、その力の大きさから魔王こそ今の世界を変える救世主として崇める集団が、ここ最近で台頭してきたのです。
ただ信仰するだけならまだしも、魔王信教の信者たちは各地で暴動を起こしています。
このまま放置していれば、さらなる脅威になるかもしれない──そう考えた私は、みんなと協力して、魔王信教を探っていました。
ですが、魔王信教は狡猾で、なかなかその中枢まで辿り着けていないのが現状なのですが。
「そうですね。王位の代替わりというだけでも忙しいのに、大変なことをしてくれるものです」
『ほんとね』
私の言ったことに、レティシアが同意します。
「それ……で、魔王信教がどうしたんですか? まさか、魔王信教の信者がまた事件を起こした……とでも?」
『いいーえ。今のところ、あんたとナイジェルの働きのおかげか、比較的おとなしいものよ。目立ったことはしてないみたい』
「よかったです」
ほっと胸を撫で下ろします。
「でしたら、どうして私に連絡を?」
『魔王信教の連中は事件を起こしてないわ。代わりに……わたしから動いてやろうと思ってね』
「へ?」
レティシアの言ったことが一瞬分からず、つい聞き返してしまいます。
「それはどういう……」
『今、わたし、魔王信教の支部に乗り込んでるのよ。ヤツらがなにを企んでいるか、突き止めてやろうと思って』
…………。
遅れて理解が追いついてきます。
思わず立ち上がり、声を大にします。
「な、なにをやっているんですか!? 魔王信教は危険な人たち。慎重に対応しようと決めたばかりですが!?」
『大丈夫よ。わたし一人だけで来てるから』
「なおさらです!」
ほんっとに、レティシアはいつも……。
溜め息を吐き、心を落ち着かせます。
「……クロードには言ってるんですか?」
『言ってないわ。一人で魔王信教の支部に乗り込むって言ったら、クロード、大反対するでしょ? それにヤツらの支部くらい、わたし一人で十分よ』
自信を持って、レティシアは啖呵を切ってみせます。
見た目は可憐なレティシアですが、彼女は一流の呪術士でもあります。
その強さは上級魔族を凌ぐほどですし、彼女がそう簡単にやられるとは思えません。
『それに、あんただって頑張ってるじゃない。アマツ?って国にいるんでしょ。あんたにばっか、負担はかけてられないわ。事前にあんたに言っても、反対されるだけだと思ってたし』
「あなたそう言うなら……分かりました。ありがとうございます」
そこまで言われては、これ以上文句も言えませんね。
「ですが、危険を感じたらすぐに逃げてください。あなたの身の安全が最優先です」
『りょーかい』
口ではそう言っているものの、レティシアの声は緊張感のないものでした。
「あっ、そうです。レティシア、あなたに聞きたいことがあったんです」
『なにかしら』
「実は──」
レティシアに、私たちが今置かれている状況。
そして赤影の正体がなんなのか掴めずにいることを伝えました。
するとレティシアは念話機の先で、声を低くして、
『なるほど……』
となにかを考え込むように、少し間を空けます。
『赤影……ね。魔王はいなくなったっていうのに、まだまだ世界平和には程遠いみたいね』
「赤影が呪いという可能性はないでしょうか? 現状、それが一番可能性が高そうな気がしますが」
問いかけますが、レティシアはこう否定します。
『実際見てみないと断定は出来ないけど……まず違うでしょうね。あんたもよく分かってると思うけど、呪いっていうのは普通黒いオーラじゃない?』
「はい」
『それに、あんたでも赤影を浄化──解呪出来なかったんでしょ? 聖女のあんたが解呪出来ない呪いなんて、そうそうあるとは思えないわ』
「そうですか……」
肩を落とします。
「教えていただいて、ありがとうございます。また他になにか分かれば、ご連絡していいですか?」
『もちろんよ。わたしがどこまで力になれるか分からないけど、じゃんじゃん相談しなさい。これでも、あんたに相談されるのって結構嬉しいんだからね?』
冗談めかした口調でレティシアが言います。
ですが、一転。
『あっ……』
とレティシアは小さく声を零します。
「どうされましたか?」
『いや……信者の連中が来やがったわ。悪いけど、念話機を切るわよ』
「だ、大丈夫なんですか。レティシアの正体がバレたら大変じゃ──」
『だーかーら、大丈夫だってば! わたしを見くびらないで。まあ、あんま気乗りしないことをするけど』
「気乗りしない?」
『切るわよ』
問いかけますが、レティシアからその答えは返ってこず、念話機が一方的に切れました。
「本当に大丈夫でしょうか?」
そもそもレティシアは目立つ女性ですし、潜入捜査には向いていないんじゃ……?
そう心配になりかけますが、彼女のことです。なにか考えがあるんでしょう。
少しまだ彼女のことが気にかかりながらも、私はナイジェルたちと合流するために、部屋を後にするのでした。





