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291・【断章1】シキのいつか見た風景

 目覚めてから、一週間が経とうとしている。

 その間、私は現状の把握に努めた。


 どうやら今、私がいるところはアマツという国らしい。小さな島国で、独自の進化を遂げてきたと。

 海辺で拾った観光案内のような紙切れには、『四季が豊かな国で、素敵な観光ライフを!』と書かれていた。

 私はここの住民だったんだろうか……? 必死に思い出そうとするが、まだ記憶は戻らなかった。


 しばらく街外れの森の中で暮らしていたが、さすがにそろそろ限界がある。体中が気持ち悪くて、湯で体を洗いたい。


 ゆえに私は、素性も分からないまま、働き口を探すことにした。街で暮らしていくためには、お金が必要だからだ。


 だが、身分不詳の私を雇ってくれるところは、なかなかない。

 途方に暮れていると、親切な街の住民からある話を聞いた。



『だったら、お城に行ってみたらどうだ? 今、お城では腕っぷしの強い人間を探してるらしいんだ。お嬢ちゃん、運動神経はいいみたいだし、フタバ様のお眼鏡にかなえば、雇ってもらえるかもしれねえぜ』



 明らかに怪しい私を、雇ってくれるのだろうか……? 不安だったが、行動してみなければ始まらないと思い、街のお城に向かった。


『え? 入城試験を受けたいって?』


 城の門番らしき男の問いに、私は黙って頷く。


『それは別にいいが……お嬢ちゃん、この街ではあまり見かけない人間だな。名前はなんていうんだ?』


 名前……か。

 そういえば、決めていなかった。


 なんと言おうか迷っていると、不意に海辺で見つけた紙切れのことを思い出した。


『シキ……シキと申します』

『シキか。やっぱり、聞いたことねえな。まあ、入城試験を受けるだけなら自由だから、やってみな。もっとも、男でもなかなか受からないんだ。女のお前さんが受かるとは思えないがな』


 そう言って、門番は中に入るように促す。


 よし、まずはクリア。

 あとは入城試験に受かるだけだ。


『女のお前が受かるとは思えない』とは言われたが、不思議と不合格になる気はしなかった。




 入城試験はアマツ兵との模擬戦だった。

 模擬戦が始まって一分程が経った後。試験官役のアマツ兵は私の前で尻餅を付き、わなわなと震えた。


『つ、強すぎる……っ!』


 模擬戦を眺めていた他のアマツ兵も、口々にこう喋り始める。



『女のくせに、なんであんなに強えんだ? あんなに強い女、アマツにいたか?』

『いや……見たことも聞いたこともない。島の外からやってきたんじゃ?』

『なんにせよ、あれは使える。さっさと合格にしちまいな』



 どうやらみんな、私の強さに驚いているらしい。


『騒がしいな』

『サ、サネモリ様!?』


 居心地が悪い中でぼーっと突っ立っていると、一際豪華な服に身を包んだ、初老の男が訓練所にやってきた。


『うむ……一瞬で城内の兵に勝ったか。ここまで強い女は、他に見たことがない……と』


 サネモリと呼ばれた男が他の兵から事情を聞くと、次に彼は私に視線を移した。


『名をなんという?』

『シキです』

『シキ。そなたは合格だ。城の兵になることを許可しよう』


 城の兵……?

 そういえば、お城に雇用先があると聞いてやってきたが、具体的な職種は知らなかった。

 城の兵だと聞いていれば、最初からやってこなかったのに。


『……いえ』

『ん?』


 首を横に振った私の顔を、サネモリは不思議そうに覗き込む。


『私は……戦いたくありません』

『なぬ?』


 ますます、サネモリは私を不審がる。


 自分の名前すら分からない私だが、これだけは分かるのだ。


 私は災いの種なんだ、と。


 その言葉が、なにを意味するのか分からない。

 しかし、災いの種は世界に終焉をもたらす者。戦えば、きっと私はこの国に災いを呼ぶだろう。


 無論、自分の身を守るためなら仕方ない部分もあるが……わざわざ戦う機会の多い、城の兵にはなりたくなかった。


『城の兵になりたくないと?』

『はい。出来れば、他の仕事を紹介してください。なんでもやります』


 そう言って、頭を下げる。


 しかし、周りの反応は冷ややかなものであった。

『戦いたくないのに、なんで来たんだ?』『冷やかしか?』『そもそもやっぱ、素性もよく分からない人間を、城で雇うのはダメなんじゃ?』『しかし、この強さは惜しい』……などなど。


 サネモリの表情も好ましいものではなかった。変なことを言う私を、完全に怪しんでいる。


 ああ……ここもダメだったか。

 試験の不合格を告げられると思い、踵を返そうとすると、



『──お待ちなさい』



 清廉な声。

 声の方に目を向けると、美しい女の人がいた。


『フタバ様……っ!』


 サネモリはその女性──フタバ? を見るなり、先ほどまでの偉そうな態度を引っ込めて目を見開く。


『外から、戦いの様子を眺めていました。その者に城で働く許可を出します。丁度、ミツハのお世話を重点的にやる侍女が欲しかったしね』

『なっ……! いけませんぞ、フタバ様。城の侍女は、代々家柄がしっかりした女性が勤めてきたもの。ましてやミツハ様の世話など……私は反対です』

『あら、たまたま今までがそうだっただけじゃないの。別にそうじゃないといけない決まりはないわ』


 そう言って、フタバと呼ばれた女性は私の前で立ち止まる。


『……っていうわけだけど、シキは侍女が嫌?』

『侍女……ですか。どのような仕事かあまり分かりませんが、それは戦う必要のある仕事ですか?』

『ないわ。もっとも、私とかミツハに危険が迫ったら、戦ってもらう必要はあるかもしれないけどね。でも、そうならないように兵がいるんだし、滅多に起こらないはずよ』


 だったら、問題ない。

 フタバが私に手を差し出す。一瞬なんのことか分からなかったが、どうやら握手をしたいらしい。戸惑いながら、フタバの手を握った。


『温かい手。まるで包み込まれるような……』


 私と握手をし、フタバの表情が柔らかくなる。


『……どうして、私を雇ってくれるんでしょうか? 強かったからですか?』

『そうねえ。護衛っていう面を全く期待していないかと言われると嘘になるけど、一番はあなたの目ね』

『目?』

『ええ。みんなに幸せになってもらいたいと願っている目だわ。使い所には迷っているみたいだけど、その力もある。そんなあなたなら、フタバを正しい道に導いてくれると思って』


 幸せになってもらいたい……どうだろう。

 今の私は、自分のことで精一杯だ。他人のことを考えている余裕なんて、ありゃしない。


 だが、これだけは分かる。


『……ありがとうございます。このご恩、必ずや返しましょう』


 ──みんな、私のことを怪しんでいる中、フタバだけがそんな優しい目を向けてきたんだから。

 ならば、私はフタバを守ろう。みんな、というのは私にはまだ荷が重い。まずはフタバにだけ幸せになってもらいたい。


『ふふふ、そう気張らなくても十分よ。あなたがお世話をすることになるミツハはちょっと泣き虫だけど、よろしくね──シキ』


 彼女に微笑みかけられると、凍った心が一気に溶けていくようであった──。

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