290・聖女のやるべきこと
「エリアーヌ、ナイジェル……! よくぞ、やってくれた。お主らの働きのおかげで、街の被害も最小限と聞いておる」
城に戻ると。
最初に通された大部屋で、ミツハちゃんが私たちに労いの言葉をかけました。
「シキもよくやった。褒めてつかわす」
「……大したことはしていませんよ」
彼女の右隣には、先ほどの侍女──シキさんが。
左隣には執政官のサネモリさんもいます。後処理に動き回っていたのでしょうか、彼の顔には濃く疲労の色が浮かんでいました。
「あの……シキさんは侍女だと聞きました。本当ですか?」
「本当じゃ。特に余の世話をしてもらっている」
早速問いかけると、ミツハちゃんはすぐに首を縦に振ります。
「そうだったんですね。ですが、侍女にしては強すぎるんじゃないかと思って──」
「詳しくは私から説明いたしましょうか」
サネモリさんが一歩前に出て、ミツハちゃんの代わりに答えます。
「シキは、記憶喪失なんですよ」
「記憶喪失?」
「はい。元々はその強さを見込んで、城の兵になってもらう予定でしたが……本人の希望と先代姫様の意向もあって、姫の侍女をしてもらっています」
「希望? 不思議なことを言う。あれほど強いのだ。どうしてシキとやらは、己の強さを活かそうとしない」
ドグラスがそう言うのは珍しいこと。
なにせ、ドグラスが相手の強さを認めることは、滅多にないのですから。
それほど赤影での戦いで神速の剣を振るうシキさんに、興味が出たのでしょう。
ドグラスの質問に、シキさんは少し迷う素ぶりを見せてから、
「私は……戦ってはいけないんです」
と囁くように言いました。
「理由は分かりません。ですが……私が本気を出せば、とんでもないことが起こる。理屈はありません。ただ、それだけが分かるんです」
「ふむ……? 不思議な話だね。君が失ってしまった記憶に、なにか秘密が隠されているのかもしれないね」
シキさんの話を聞き、ナイジェルも不可解そうな表情を作ります。
「まあ、すぐに記憶喪失が戻るとも思えないし、今は街で見た赤影について話そうか。赤影は──」
気を取り直して、ナイジェルが語り始めます。
赤影は剣や槍で攻撃すれば、形を保てなくなり、赤い煙を出しながら消滅する。
だけど、赤影にはエリアーヌ(私)の力が通じない。赤影によって負った傷もエリアーヌ(私)の治癒魔法で治りにくく、多量に魔力を消費する。
原因は不明で、今すぐには特定出来ない──と。
「……ということなんだ。だから仮にこの島全体に結界魔法を張っても、赤影を防げないかもしれない」
「とはいえ、治癒魔法も魔力を多量に含めば、効き目がありましたけれどね。結界も同様かもしれませんが……あまり頼りすぎるのも、危険だと思います」
「そ、そうじゃったのか……」
ミツハちゃんの顔が、僅かな落胆の色を帯びます。
いえ──彼女だけではありません。
サネモリさん、そして彼女の傍に控えている兵のみんなも、一様に肩を落とします。
顔色を一切変えないのは、シキさんくらいでしょうか。
「ならば、やはり神勾玉の正体を早急に探るべきでしょう」
重苦しい空気が広がり始めていると、サネモリさんがこう口を動かします。
「うん、そうだね。サネモリもなにも知らないんだよね?」
「残念ながら……。神勾玉の所在は、フタバ様しか知りませんでした。執政官の──当時は大臣の一人ですが、私にも知らされなかったのです」
「はい、あなたの言う通りです。神勾玉の捜索をやめるわけにはいきません」
サネモリさんが答えると、ミツハちゃんは暗い表情をして俯きます。
ミツハちゃんがフタバさんから神勾玉の所在を聞いていれば、このような事態を招かなかったのかもしれない。
そう罪悪感を抱いているかもしれません。
しかし、ミツハちゃんは勢いよく顔を上げ、縋るように私を見ます。
「頼む……! アマツはもう、お主らに頼るしかないのじゃ! 今回のことを解決してくれれば、アマツはリンチギハムと友好同盟を結ぶことを約束しよう。報酬としては不十分かもしれぬが……余らに差し出せるものは少ないのじゃ。じゃから……!」
「え? もう協力する気でいましたよ」
懇願するミツハちゃんに、私はこう言います。
「リンチギハムには、『困っている人には手を差し伸べよ』という言葉もあります。この国を見捨てるわけにはいきません。ナイジェルとドグラスも、それでいいですよね?」
「うん、もちろんだ。世界平和実現のためにも、このままリンチギハムに帰るわけにはいかない」
「我もだ。街に出た赤影が全てではないのだろう? ならば敵が残っているのに逃げ帰るなど、我の流儀にも反する。汝らに手を貸してやろうではないか」
二人も迷わずに首を縦に振ります。
「お、おお……! 断られてもおかしくはなかったのに、さすがは聖女様だ……!」
「お優しい……噂通りの方々だ」
「リンチギハムにとって、アマツという小国は取るに足らない存在だというのに……聖女様が力を貸してくれるなら、心強い」
私たちの言ったことに、他の方々も次々と安堵の息を吐いていきます。
「ありがとう……! 余も、お主らの力になる。アマツの姫じゃからと遠慮する必要はないがゆえ、存分に余を使いっ走りにでもするがいい」
「私からも礼を言います。エリアーヌ様、ナイジェル陛下、ドグラス様、本当にありがとうございます」
ミツハちゃんとサネモリさんも表情を明るくします。
赤影──まだ謎は多い。
ですが、これも世界平和実現のための一歩。そう簡単に実現出来るほど、簡単な目標ではないと思っていますから。
必ず、この国に降りかかっている災いを解決してみせます。
新たな戦いの始まりに、私は強く決意しました。
◆ ◆
夜。
その人間は一人、夜空を見上げていた。
「神勾玉……神勾玉はどこにある。あの忌まわしき、あの神器」
静かな夜だった。
日中の騒ぎが嘘のように静まり返っている。
──魔王は死に、世界には平和が訪れた。
世界中の人々は穏やかな日々を享受し、明日への希望に胸を膨らませる。
だが、人々は知らない。
今はまだ、束の間の平和なのだと。
アマツの地に赤影が現れたのが、その証拠だ。赤影の脅威はやがて、世界中に牙を剥き、平和に終焉をもたらす。
「魔王という災いの種は失敗した。だが、私は同じ轍は踏まない。聖女の力は、私への対抗策にはなり得ないのだから」
そう呟き、その場から立ち去る。
「そのための真の聖女だ。聖女よ、せいぜい私の掌の上で踊るがいい。貴様がどれだけ足掻こうとも、この世界は滅びの運命から逃れられないのだから」





