288・赤影と謎の女性
城を出て、少し走ったところでしょうか──。
「こちらです!」
ここまで案内してくれた兵が足を止め、前方を指差します。
そこには──全身真っ赤の獣の形をした化け物が、人々を襲っていました。
「あれが赤影か……!」
ナイジェルの目にも緊張が走ります。
猛威を振るう赤影と、それと必死に戦っているのはアマツの兵らしき人たち。
一人──兵が赤影に剣を振るいます。
リンチギハムやベルカイムではあまり見ない、刀身が細い剣です。
確か、刀という名前の武器だったでしょうか……?
しかし、刀は赤影の体に弾かれてしまい、兵は尻餅をつきます。
「く、くそっ……」
「待ってください! すぐに治癒します!」
私はすかさず彼の元へ駆け寄り、屈んで治癒魔法を発動します。
……ですが、おかしい。
いつもならすぐに完治するはずですが、治癒魔法の効きが思った以上に悪く、彼の腕からなかなか血が引きませんでした。
「これは……」
理由は分かりますが、一筋縄ではいかないようですね。
普通の治癒魔法が効かないなら、戦況は思った以上に悪い。
こうしている間にも人々は傷つき、周囲には悲鳴が飛び交います。
しかし。
「普通の治癒魔法でなかったら、いいということでしょう」
──私はさらに魔力を込めて、治癒魔法を発動します。
すると、今度は効果があり、彼の傷はたちまち完治したのでした。
「これでもう大丈夫ですか?」
「はい、すっかり痛みも引きました。ありがとうございます!」
「元気になったようでなによりです」
立ち上がり、戦況を見つめます。
「次は赤影の討伐です」
「そうだね! エリアーヌ、僕に聖女の加護を!」
「はい!」
私はナイジェルに聖女の加護を付与します。
元々私──聖女は女神の代行者でした。この世に顕現出来ない女神の代わりに、人々を助けるため、力を行使するのです。
ですが、魔王との戦いによって、私は女神と切っても切れない深い絆で結び合いました。
それにより、女神の加護は聖女の加護となります。
光に包まれたナイジェルが駆け出し、颯爽と赤影に斬りかかっていきます。
「ほほお……何度見ても、見事な剣捌きだな。魔王との戦いによって、ナイジェルはさらに上の領域へと至った。我も出し惜しみをしているようでは、ヤツに置いていかれる!」
そう楽しそうに笑って、ドグラスは手を天高く上げます。
次の瞬間、ドグラスは竜の力強さを模した鎧を身に纏い、右手には槍を握っていました。
これが、ドグラスの『竜の騎士』モード。
人と竜の力を兼ね備えた今のドグラスは、絶大なる力を誇ります。
ですが、反面──長時間、この形態を保てないというデメリットもあるのですが。
速攻で片を付けるつもりなのでしょう。ドグラスが暴風のごとく槍を振るい、赤影を殲滅していきます。
「なんだ!? この二人は……強すぎる!」
「アマツにこんな人はいたか?」
「どちらにせよ……これで勝てるぞ!」
ナイジェルとドグラスの戦いっぷりは、まさに圧巻。
劣勢だったアマツ兵たちの表情が、徐々に明るくなっていきます。
「私も、二人にばかり頑張らせるわけにはいきませんね」
二人にばかりいいとこを見せていられないと思い、私も結界や浄化の魔法で、みんなのサポートに回ろうと努めます。
ですが、その異変にすぐに気が付きます。
「魔法が……効かない?」
今まで、幾多もの敵や魔物の攻撃を退けてきた力。
ですが、赤影を前にして、通用しているようには思えなかったのです。
浄化の力は弾かれ、赤影の攻撃は結界をまるで存在しないかのようにすり抜けます。
戦いの余波によって生じる、瓦礫や暴風からは身を防ぐことが出来ますが……赤影本体を前にしては、無力でした。
「だったら……」
今度は赤影に浄化の光──解呪を施します。
ですが、赤影には全く変化が生じませんでした。
「むぅ、おかしいな」
その異変には、ドグラスも気が付いたのでしょう。
槍を振るいながら、私に視線を向けます。
「我がこの姿を維持するためには、ドラゴンとしての魔力が使われる。ゆえに、魔法だけが通じないのなら、我の攻撃も無効化されるはずだが……そうではないようだ。エリアーヌ──汝の力だけが、赤影に弾かれる」
ドグラスの分析にもある通り、アマツの兵の中には魔法を使う者も多くいますが、私のように通用していないわけではありませんでした。
「でも……聖女の加護は通用するようだ。見てごらん、僕が振るった剣は赤影を斬れる」
そう言って、ナイジェルはまた目の前の赤影を一閃しました。
先ほどの治癒魔法も魔力を多く含めば効きましたし、どうやら私の聖女としての力が全く通用しないとうわけではなさそうです。
でも、どうして……。
「あ、危ないっ!」
──思考していると突如、兵の一人の叫び声が周囲に響き渡ります。
悲鳴の方へ顔を向けると──逃げ遅れた、住民の女性らしき姿が。
赤影の一つが攻撃の矛先を女性に向け、襲いかかります。
「いけません!」
咄嗟に手を伸ばします。
女性の前に幾重もの結界を張りますが、赤影はそれらをすり抜けていきます。
ナイジェルとドグラスも──今いる位置からでは、救助に間に合いません!
赤影は巨大な獣の爪を模した影を作り出し、女性を斬り裂こうと──。
「はあ……仕方がありませんね」
突如──女性は抜刀。
一瞬、女性の手元が煌めいたかと思うと、赤影は上下に分断されていました。
形をなくした赤影は赤い煙を発しながら、消滅していきます。
女性は持っている紙包を近くのベンチに置き、両手で剣を構えます。
「こっちが城への近道だというのに……これでは通れないじゃないですか。あまり戦いたくはありませんが、やむを得ません。助太刀いたします」
女性が億劫そうに言うと、次の瞬間には彼女はまだ残っている赤影に斬りかかっていきます。
神速──。
そんな言葉が脳裏に浮かびます。
速さだけなら、ドグラスやナイジェルにも引けを取りません。女性の登場によって、戦況は完全に私たち有利へと傾いていきました。
「あなたは……」
「自己紹介は後ほどです。今は赤影を討伐しましょう」
女性が何者か聞こうとすると、そのような答えが返ってきました。
彼女の言う通りです。
結界で赤影の攻撃は防げないものの、二次被害を防ぐことは可能。
彼女の戦いに見惚れているだけではいけません。
私も自分がなすべきことをやらなければ。
意識を女性から、赤影に戻し、みなさんの戦いのサポートに集中するのでした。





